92.炭焼き窯と小さな仲間

 海ぶどうの苗が育つまで、他にも手がけていたことがあるので報告したい。


 領地の南西部、下水関連施設の近くに作った炭焼き窯がそれだ。読んで字の如く、木炭を作るために用意したものなんだけど。


 正確に言えば、夏頃に炭焼き窯はすでに作っていたのだ。濾過装置にも木炭は使うし、冬場の燃料問題を考えて用意しようと、ノウハウのある翼人族から教わりながら炭焼き窯を建てたものの。


 火入れをする際、見学にアルフレッドとソフィアが訪れたのが悲劇の始まりだった。


 龍人族の商人へ良いところを見せたかったのか、「火の魔法は得意だから、アタシに任せてっ!」と胸を張るソフィアに着火を任せたんだけど。多分、張り切っていたんだろうな。


 魔道国の中でもエリートの家系で、魔道士として非常に優れた力量を持つ彼女は、短い詠唱の後、凄まじい威力の爆炎魔法をぶっ放してくれまして……。


 ええ、皆さんの想像通り、炭焼き窯は見る影もなく塵と化したわけですわ。いやー、あんなに引きつった顔のアルフレッドとロルフ、初めて見たもんな。


 ちなみに当の本人は、ウインクしながら舌を出す、いわゆるテヘペロをしたままで、「いっけなーい! ちょっと威力強過ぎちゃったぁ!」と呟いておりました。


 ……こいつの神経マジで図太いなと妙な感心を覚えつつも、今すぐ炭焼き窯を作り直す気にはどうしてもなれず。結局、先延ばし先延ばしにしてきたわけですわ。


 で、どうして今回作り直す気になったかというと、ハーフフットたちにも炭作りのノウハウがあるということを聞き、それなら翼人族の知識と合わせ、よりよいものが作れるのではと考えたのだ。


 そんなわけで、すっかり地面が黒焦げとなった初代炭焼き窯があった場所に、二代目炭焼き窯が完成。ロルフからの強い要望で、ソフィアには内緒にしたまま火入れが行われ、良質な木炭が出来上がったのだった。


 そうこうしているうちに、例の海ぶどうは順調に育ち、予定よりも早く一週間ほどで苗木程度にまでは無事成長。


 ハーフフットのダリルが言うには、


「こんなに早く成長するのは見たことねえなあ。環境が合ってるのかも知れないっスよ?」


 とのことで、それなら再構築リビルドで種子に変えても、ちゃんと育ってくれるのではと期待が高まる。


 早速、海ぶどうの苗木を再構築し、種子に変えてから埋め直す。作物のように三日間で収穫できれば言うことなし……だったんだけど。


 現実はそう上手くはいかず。三日目を迎えても樹木はやや細いままで、実が付いている気配もない。


 やっぱり作物とは違うよなあと軽くため息を吐いている最中、驚愕の眼差しで海ぶどうの木を見つめる人物がふたり。アレックスとダリルだ。


「信じられません……。こんな生育速度は驚異的ですよ……」

「ああ……。種子からここまで育つには、最低でも十年はかかるっていうのに……」


 ……え? 本当? 成功してるの、コレ?


 何だろうね、今まで三日で収穫できるのが当たり前って思ってたから、育ちきらないと不安になるんだよね。まあ、三日で育ちきる感覚の方が狂ってるんだけどさ。


 ふたりの話では、このままで問題ないだろうということで、とりあえず当面は様子を見ることに。順調に育ってワインが楽しめればいいんだけどなあ。


 そんなことを考えながら浜辺から戻ると、オレ宛に来客が。ベルの弟で、ダークエルフのイヴァンがやってきたのだ。


***


「タスク様、お邪魔しております」


 うやうやしく頭を下げる長身のダークエルフ。オレはポリポリと頬をかきながら、義理の弟でもあるイヴァンへ向き直った。


「様付けは止めてくれって。ベルの弟って事はオレの弟にもなるんだし。公の場でなければ、呼び捨てでもいいって言っているだろ?」

「そういうわけには参りません。今回は二回目の交易を兼ねて伺ったわけですし。公私の分別はつけませんと」


 イヴァンの後方では取引を終えたのか、領地のみんなとダークエルフたちが慌ただしく品物を持ち運んでいく。


「見たところ今回の交易は終わってるんだろ? それじゃあもうプライベートのはずだ」

「それは……、そうなのですが」

「そうだろそうだろ? それなら身内に他人行儀な態度は失礼なんじゃないのかね、イヴァン君」

「やれやれ、お義兄さんにはかないませんね。……わかりました、タスクさん」


 うんうんと満足そうに頷いたオレへ、イヴァンは苦笑しながら軽く肩をすくめた。


「そういや、ベルには会ったのか?」

「いえ。今日はタスクさんに用があったので」

「オレに?」

「はい。以前お話したでしょう? 結婚祝いをお持ちする、と」

「あ~……。わざわざ良かったのに」


 ……いや、それならベルも呼んだ方がいいんじゃないかと思うよりも早く、イヴァンは服の中へ手を突っ込みながらゴソゴソと動かし、そして何かを取り出した。


「こちらです。まだ寒さに弱いので、失礼ながら服の中で暖めてきたのですが……」


 そういって差し出されたイヴァンの両手のひらには、ふたつの毛玉のような生き物が。


 白色と黒色をした、ヒヨコ程度の大きさのそれは、愛らしい声でみゅーみゅーと鳴いている。


「先日ご覧になったミュコランの子供ですよ。生まれてまだ二週間程度ですが」

「うわわわわ、ムチャクチャカワイイじゃん! ふわあ、もこもこだあ……」

「はい。こちらをお義兄さんに差し上げようと」


 ……は? いやいやいや、ちょっと待って!


「生まれて間もないんだろ? まだ親についていた方がが良くないか?」

「ミュコランは生まれて一週間で親から離し、人に慣れさせる必要があるのです。その中でも特に人懐っこい子たちですので、安心してください」


 説明しながらミュコランの子供を預けてくるイヴァン。オレに抱えられた白と黒の小さな毛玉は、みゅーみゅーと鳴きながら甘えるように胸元へすり寄っている。


 く、くそっ……! これが父性としての本能なのかっ……! 庇護欲がムクムクと芽生えてくるじゃないかっ!


「餌は一緒に用意してありますし、わた……、いや、俺もちょくちょく伺いますので体調管理もお任せ下さい。飼育に関しては姉さんも知識はありますので……」

「それならますます、ベルも同席してた方がよかったんじゃないか? 結婚祝いなんだろ?」

「ああ、それも考えたのですが……」


 言いにくそうにイヴァンは続けた。


「なんと言いますか、姉さんに見せるとですね、生き物というより、服の素材として見られそうな気がしまして……」

「いやあ、流石のベルもこんな小さくてカワイイ生き物を素材としては見ないだろ?」


 ワーウルフたちが死んだら、毛皮を削いで服にしてもいいという約束を取り交わした、という話を無邪気な様子で聞かされた時は若干引いたものの、まだまだ小さいミュコランには手を出さないと思うんだけど。


「それが……。村にいる時、怪しい眼差しでミュコランを見つめる姉さんの姿を、何度か見たことがありまして……」

「……うん。まずオレに話すのが正解だな、それは」


 ご理解いただけたようで何よりですとイヴァンは微笑みを浮かべ、せっかくなので名前を付けてあげて下さいと続ける。名前、名前かあ。


 いきなり言われても何にも思いつかないけど、そうだなあ……。こちらの世界に暮らす人たちとは被らないような、和風な名前がいいんじゃないだろうか。


 胸元で愛らしい声で鳴くミュコランの子供を眺めながら、見た目通りの可愛らしい名前を付けてあげたいと思い、オレは決心した。


「うん、それじゃあこっちの白い子は『しらたま』、黒い子は『あんこ』って名前にしよう」


 どちらもオレの好物だ。食べ物の名前を付けるには抵抗があったけど、響きがカワイイからヨシとしよう。


 そんなこんなで、ハーフフットたちに続き、領地にふたつの小さい仲間が加わったのだった。

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