86.探索隊

 様々な素材が眠っているという北の洞窟について、このタイミングで尋ねたのにはいくつか理由がある。


 理由その一。ソフィアとグレイスによる魔法石の研究だ。アルフレッドから購入できる素材を使った媒体作りは行き詰まっていて、限界がきているように思われる。


 新たな素材を手に入れることで、この状況を打破し、少しでも媒体作りを進めたいところなのだ。


 理由その二。媒体作りが進み、魔法石が容易に作れるようになったら、それを交易品として出荷できないだろうかと考えたのである。


 話を聞くところ、この世界で争いごとが起きる理由の大半が、民族間の対立ではなく、餓えや低い生活水準からの脱却を図りたいという願望からくるものらしい。


 人々が安定した暮らしを送れるよう、サツマイモやスパゲティコーンといった新たな食料のほか、日常生活が豊かになる物を一般へ普及させれば、貧しさを理由に、自分たちから争いごとを起こすなんてことはなくなるはずである。


 ま、国家間の戦争については他にも理由はあるんだろうけどさ。そんな難しいことは知ったこっちゃない。オレとしては、村同士の小競り合いとか資源の奪い合いとか、そういった小規模の争いごとがなくなるのを期待しているわけだ。


 さらに領地内で消費する燃料の問題もある。樹海の中の領地で樹木が大量にあるとはいえ、調理も風呂も照明器具も、燃料が薪一択という状況なのはなかなかに厳しい。


 これから冬を迎え、暖房も用意しなければならなくなる。将来的なことを考えると、無用な森林伐採は避けたいところだ。


 魔法石を作り出し、その中へ光の魔法を閉じ込めれば、照明器具になるだろうし、炎の魔法を閉じ込めれば、新たな熱源として調理や風呂、暖房に取って代われるだろう。


 ……と、そんなことを踏まえた上でアルフレッドへ相談を持ちかけたんだけど。オレの話に耳を傾けながら、龍神族の商人は声を抑えて笑い始めた。


「な……、なんだよ。ヘンなこと言ったか?」

「いえいえ、申し訳ありません。いつものんびりされているタスクさんが、すっかり領主の顔つきになられていたものですから。その変化が嬉しくて」


 褒められている……のか? イマイチ判断がつかないけど、のんびりしていることは否定できないしなあ。


「最近は精力的に仕事へ取り組んでおられますし。ご結婚されたことで、ようやく領主としての自覚が芽生えられたのかと」


 あー、うん、褒められてないな、コレ。バカにされてるわ。


「悪かったな、領主の自覚がなくて」

「ご気分を害されましたか?」

「いーや、事実だから否定のしようがないっ」

「アッハッハ、ですよねえ?」


 フォローしてくれるのかと思いきや、素直に声を上げて笑い始めるアルフレッド。付き合いが長くなってきてからというもの、遠慮がなくなってきたじゃないか、おい。


「しかしな、アルフレッド。お前はひとつ勘違いをしているぞ?」

「何がですか?」

「オレはあくまで、のんびりまったりと生活を送りたいんだ。面倒なことは早めに片付けたいだけなのさ」

「交易も、魔法石の媒体作りも、今後の生活のためだと?」

「その通りっ! 後々、平和な日常を勝ち取るための布石だよ、布石」

「僕としてはタスクさんのご希望通り、事が進むことを祈るばかりですが……」


 随分と歯切れの悪い返事を聞かされたもんだな。不吉な予感しかしないじゃないか。回避しようのない、強制イベントのフラグが立った音すら感じ取ってしまうな。


 いやいや、そういった思い込みは良くない。誰がなんと言おうと、オレはのんびりまったりとした異世界生活を満喫してやるのだ。


 前の世界では毎日のように終電前帰宅が当たり前、休日出勤どんとこいという、ブラック企業のサラリーマンだったのである。異世界転移した先でも働き詰めとか、本気でカンベンしていただきたい。


 それに何より、オレにはもったいないぐらいのカワイイ奥さんが四人もいるのだ。こちらも健全な男子であるからして、正直ものすごくイチャイチャしたい。


 ……とまあ、不退転の決意を抱きつつ、近い将来のスローライフ計画をキャッキャウフフと脳内へ描いていたワケ……なんだけど。


 まあ、何ていうのかな。この後に起こることの結論から言ってしまうと、やっぱり何かしらのフラグは立っていたようで……。


 本人の願いは空しく、領主としての忙しい日々はまだまだ続いてしまうのだった。


***


 洞窟への探索隊が出発したのは、それから二週間経ってからである。


 戦争の状況を注視しつつ、ダークエルフの国と最初の交易が終わり、落ち着いた頃に出発しようという結論に達していたので、ある程度の時間が掛かってしまったのだ。


 探索隊のリーダーは樹海に精通するアイラが務める。副官的な役割はソフィアとグレイスへ任せることに。


 ワーウルフからはマッシュとオルテガが同行し、他にも翼人族が六人、魔道士が四人という、総勢十五人のパーティが結成された。


 結構な大人数だけど、あくまで今回は様子見程度だ。本格的な探索は、内部を確認してから進めたい。


 余談だが、オレも同行したいと伝えたところ、即座に全員一致で却下されることに。デスヨネー。領主はうかつに外へ出ちゃいけないんだもんな……。わかってたさ……、言ってみただけだしっ……!


 ちなみに、領地から北にある洞窟までは片道三日掛かるそうで、探索も含めて八日程度で帰還の予定らしい。ソフィアとグレイスが一緒だから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも安全第一でお願いしたいところだ。


「それでは行ってくるぞ。お土産楽しみにしておれよ?」


 まるで旅行にいくような口ぶりのアイラを先頭に、出発していった一行を見送り、残された面々で開拓を頑張りましょうかねなんて思っていた、その四日後のこと。


 西の空から、すっかり見慣れた二頭のドラゴンが飛んでくるのがわかった。言わずと知れた、ジークフリートとゲオルクの二人である。


***


「戦争騒動がようやく落ち着いてな。息抜きにきたというわけだ」


 久しぶりに指す将棋を相当楽しみにしていたのか、人間に姿を変えたジークフリートは足早に来賓邸へ足を運び、将棋盤を出しながら、早く来いとオレを急かすのだった。


「落ち着いたって……、戦争が終わったわけではないんでしょう?」

「帝国も連合王国も遠いしな。第一、国交も結んでおらん。できることなど、たかが知れておる」


 ジークフリート曰く、帝国と連合王国に面した国家と、龍人族の国に面した国家、それぞれとの首脳会談ぐらいしかやれることがないらしい。


 この戦争に乗じて他国を侵犯することがないこと、帝国と連合王国が他国を脅かすような事態になった場合、速やかに援軍や救援物資を送る……などなど、約束事を交わして終了だそうだ。


「現状、帝国の侵攻が途切れ、連合王国が反攻に転じている。どちらが勝つにせよ、隣国に攻め入るような余裕はなかろう」

「結局、戦争が起きた理由は何なんですか?」

「作物の不良だとか、大干ばつだとか、他にも捨て置けない噂をチラホラ耳にするが……」


 ジークフリートは顎に手をやり、思慮を巡らせるような表情を浮かべる。


「いつだったかハヤトに教わった言葉がある。隣の芝生は青い、だったかな?」

「ああ、日本のことわざですね」

「うむ。どこの世界でも、得てして自分より他人の方がよく見えてしまうものだ。それが権力者だった場合、戦争の引き金になることもありうる」

「今回の戦争も、そういうことだと?」

「さて、どうだろう。当事者ではないからな、正直よくわからん。第一、人間族は争いごとを好むのがイカン!」


 そういえば。ダークエルフの国も、人間族と大なり小なり争いが起きているって言ってたな。他の国は違うのだろうか。


「他国でも同じ種族で争いごとは起きるし、多種族を差別することもある。しかしだ、人間族はそれがとりわけ酷いっ! 自らを優越した存在とでも思っているのか、排他意識も極めて強いからな!」

「はあ……」

「まったく……。二千年前にハヤトと出会ってなければ、今頃ワシが滅ぼしておったところだぞ……」


 ブツブツと文句をこぼすジークフリートに、ゲオルクは呆れた眼差しを向けている。


「おい、ジーク。お前の目の前に座るタスク君も、異邦人とはいえ人間なんだぞ? 多少は言動を慎め」

「何を言うか。人間とはいえ、タスクはワシの自慢の息子だぞ!? 息子に本音をぶつけることの何が悪い!」


 額に手を当て、ダメだこれはと言わんばかりに首を振るゲオルク。……色々お察しします。


「……ん? そういえば」


 首を振ったことで視界に捉えたのか、応接室の片隅へ飾られた瓶を眺めつつ、ゲオルクは続ける。


「ジークが持ってきたワインがあるが……。結局、飲まなかったのかい?」

「ええ。楽しみにされてましたし、せっかくだからみんなが揃った時に飲もうかと」


 リアが生まれた年と同じ年に作られた、八十年物の赤ワインを眺めやると、ジークフリートは豪快に笑いながら、オレの肩をバシバシと叩いた。


「ガハハハハ! そうかそうか、流石はワシの息子だっ! 親に対する心遣いが違う!」

「いえ、そんな……。あと、肩痛いっス……」

「のう、ゲオルク? ワシの目に狂いはなかったであろう? リアも良い夫を持って幸せだろうて!」

「タスク君……。こいつの幼なじみとして忠告しておくが、適度にあしらっておくのが一番だぞ?」

「いやいや、そんな……。あとホント、肩痛いんで止めてもらえますか?」


 終わることのない痛みを肩に感じていた、ちょうどその時。応接室の扉が勢いよく開き、息を切らしながら、リアが部屋の中へと飛び込んでくるのだった。


「た、タスクさんっ! 大変ですっ!」

「どうしたんだリア、そんなに慌てて……」

「いま、アイラさんたちが戻ってこられたんですが……!」


 ……は? 洞窟へ出発してからまだ四日しか経ってないじゃないか。帰ってくるのは、あと四日後のはずじゃ?


「と、とにかくすぐに来て下さいっ! お父様もっ! ゲオルクおじ様もっ!」


 今までに無い動揺した様子のリアに、ただ事ではない事態が起こったことだけは理解できる。オレたち三人は勢いよく席を立ち、リアの案内する場所へと付いていった。


***


 案内された先にはアイラを始めとする探索隊が待ち構えていたのだが。問題はその背後の異様な光景だった。


「……これは、一体……」

「見ての通りじゃ」


 疲労混じりのアイラの声を聞きながら、改めて探索隊の背後へ目をやった。そこには百人以上の、いわゆるハーフフットと呼ばれる種族の集団が、身を寄せ合うようにして控えていたのだ。

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