79.挙式前夜

 結婚式前日。


 東から西へ、夕暮れの空を飛んでいくオレンジウォームバードの群れを眺めながら、オレは小さなため息なんぞついていたわけです。


(まったく……。オレにも手伝わせてくれたっていいだろうに……)


 挙式を明日に控えたことで、領地のみんなは準備に忙しいようで。目に見えて大変なのがわかるので、オレも手伝いを申し出たんだけど、


「新郎は働かないで」

「ジャマです」

「主役は隅っこで大人しくしておくように」


 ……と、大事にされているのか、粗雑にされているのかわからない扱いを受けまして……。一応、ここの領主なんだけどなあと小言を漏らしつつ、自宅のリビングで待機しようと思ったんですよ。


 で。じっとしているのも何だし、お茶でも飲もうかなんてキッチンへ向かおうとしたところ、穏やかな声で呼び止められたのがわかり、振り返るとそこには笑顔を浮かべるエリーゼが立っているじゃないですか、


 お、これは何かしら手伝うことがあるのかなあなんて、少しばかり期待したのも束の間。


「タスクさん」

「お、どうしたんだ、エリーゼ?」

「家から出てってもらえますか?」


 いやあ、みなさん。普段、笑顔を絶やさない心優しい女性から、そんなこと言われたらどうなると思います?


 マジで膝から崩れ落ちたからね、ショックもショック。大ショックですわ。


「ふ……ふふ……、エリーゼから、そんなことを言われるとは……。オレ何かやっちゃったのかな……」

「……? ……あっ!? ち、違うんです、タスクさん! そういう意味ではなくて!」


 慌てた様子のエリーゼは事情を説明してくれたんだけど……。何でも、結婚式前日は新郎と新婦が離れて生活しなければいけないという風習があるそうで。


 それを守るため、今日一日だけは別の場所で過ごして欲しいと。それにしても、なかなか変わった風習だなあ。


「話はわかった。とりあえず来賓邸にでもいくよ」

「す、スミマセン……。お食事などはあとでお持ちしますので……」


 ……と、まあ、こんな感じで、来賓邸の応接室でぼけーっと窓の外を眺めて過ごしていると。そんな感じなんですわ。


 ちなみに、領地のみんなが揃って大わらわなので、今日一日は開拓作業もお休み。先日、美味しくいただいたオレンジウォームバードも、一昨日に二回、今日は三回ほど群れで飛んでいったけど、誰も獲ろうなんて言わないところで、みんなの忙しさがわかると思う。


「む? タスク、そんなところで何をしておる?」


 低音の声に視線を向けると、龍人族の国の王と家令のふたりが揃って歩いてくるのがわかった。


「新郎はジャマだからと、みんなに追い出されまして……」

「ガハハハハ! 挙式の前日だしな、仕方あるまい」

「風習についてご存じなんですか?」

「『精霊婚』であろう? ワシも同じだったからな」


 話によると、精霊からの祝福を受ける結婚式のことをそう呼んでいるらしく、前もっての準備が大切な儀式だそうで。


「新郎は何もやることがない割に、新婦側の準備が大変なのだ。終わったら労ってやれよ?」

「はあ……。そういうものなんですね……」

「心配はいらないよタスク君。挙式の立会人は私が務めるからね。儀式の所作などは、その都度教えよう」


 赤髪の長髪が似合う家令はそう言うと、穏やかな笑顔を見せる。結婚式を十八回執り行っているゲオルクに任せておけば、オレとしても非常に心強い。


「立ち話も何だし、ジャマするぞ。男三人、むさ苦しく過ごそうではないか」


 再び豪快に笑ってから、ジークフリートとゲオルクは来賓邸の中へと足を運んだ。


***


「しかし、国王が外泊とかいいんですか?」


 末娘の結婚式に出席するとはいえ、ジークフリートにも立場がある。ましてや『賢龍王』なんて異名がつくほどの名君だ。もっとも、ここでは『将棋おじさん』としてのイメージしかないけど。


 応接室のいつもの席に腰掛けながら、ジークフリートは口を開いた。


「なに、問題ない。主立った執務は片してあるし、火急の用があれば伝令を飛ばすよう伝えておる」

「それならいいんですが」

「妻の分まで娘の晴れ姿をこの目に焼き付けておかんとな。何を言われるかわからんし」

「あ。そういえばリアのお母さんはお見えにならないんですか?」

「む? 言っておらんかったか。リアの母は他界しておるのだ」

「……初耳です。それは、なんというか……」

「気にするな。昔の話だ。あやつが産まれて間もなく病にかかってな」


 なんでも、お母さんが亡くなったことがキッカケとなり、リアは薬学の道を志すと決めたらしい。

 そして、子供たちの中で、唯一母親のいないリアのことを、ジークフリートは大層可愛がっていたそうだ。


「どこにいくにもあやつを連れて行っていたんだが……。そのせいか、幼少期からやんちゃでな」

「男勝りとか言ってましたもんね。今じゃ全然想像できないですけど」

「なぁに、猫を被っているだけかもしれんぞ?」


 ニヤリと笑いつつ、ジークフリートは続けた。


「ともあれ、これでワシの子供たち全員が無事に籍を入れることが出来た。めでたい話だ。感謝するぞ、我が息子よ」

「……なかなか慣れませんね。そういう風に言われるのも」

「ま、次第に慣れるさ。ワシのことも、遠慮無く父と呼んでくれて構わないのだぞ?」

「努力します」


 ガハハハハと笑ったジークフリートは、そうかそうかと頷きつつ、一本のボトルを差し出した。


「リアが産まれた年のワインだ。八十年物の赤だな。あやつが籍を入れた日に、これで乾杯をしようと決めておったのだ」

「それはいいですね」

「そうであろう? 明日を楽しみに待っているがいい。……しかしなんだな」


 義理の父親となる龍人族の国王はお茶をひとすすりしてから、隣に座るゲオルクを見やった。


「お前のところのクラーラ。あれもいい年頃であろう? いい縁談はないのか?」


 どうやらジークフリートはリアに対するクラーラの態度を、仲のいい幼なじみとして捉えているようだ。

 一方のゲオルクはゆっくりと考えをまとめるように目を瞑り、三秒ほどの間を開けてから呟いた。


「……サキュバス族の血を引いているということで、あいつには幼少期から苦労を掛けたからな。できるだけ自由にさせてやりたいのだ」

「そんなことを言っているうちに婚期を逃したらどうする?」

「それならそれで一向に構わん。結婚だけが人生の全てではないだろう。結婚以上に自分が夢中になれる物があり、幸せに暮らしてくれたなら、私はそれで十分だ」


 もしかしたら……。ゲオルクはクラーラが同性愛者だということを気付いているのかも知れない。この世界ではタブーのようだけど、父親として黙認しているのだろう。


「タスク君。クラーラはどうしているかな?」


 考え事をしていると、不意にゲオルクから声が掛かる。


「えーっと、そうですねえ。いつも通りといいますか……。あっ、研究は熱心に取り組んでいるみたいですけど」

「そうか……」


 ゲオルクは一言だけ発し、満足げな顔を浮かべて小さく頷いてみせた。それから表情を改め、厳しい口調でジークフリートに迫る。


「さあ、ジーク。明日は朝早くから挙式なんだ。今日は将棋をガマンして、早い時間に就寝するんだな」

「な、なんだとっ!? ……い、一局、一局ぐらいはいいだろう!?」

「ダメだ。そう言っておきながら、何局も指すんだろ?」

「父と息子、親子の交流ではないか! 大目に見ろ!」

「せめてカードにしろ。それなら時間も掛からん!」


 なんというか……。人生の節目となる一大行事が明日に控えているというのに、こんなに緊張感がなくていいんだろうかな?


 ……あ、もしかすると、オレが緊張しないように気を遣って、わざとふざけたふりをしてくれているのかも知れない。


「まったく、お前は……。それでもハヤトと一緒に冒険をした戦友なのか!? 血も涙もないヤツめ!」

「だーかーらー! お前がいっつもそんな感じだから、こっちが苦労するんだろうが!! いい加減理解しろよ、バカ国王!」

「はいー、バカっていった方がバカなんですぅ!」

「うっわ、頭悪っ!! それでも賢龍王かっ!?」


 確信した。絶対に違うな、こりゃマジだわ。


 まったく、何が悲しくて、挙式前日に義理の父親とその幼なじみの口げんかを仲裁せにゃならんのだ……。


 せめて穏やかに過ごさせてくれないかなあという願いも空しく、騒がしいまま結婚式前日の夜は更けていくのだった……。

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