78.冬の鳥

「あれは『オレンジウォームバード』ですね」

「オレンジ……? 見たところ全身真っ黒だけど」


 大挙して飛来する鳥たちを眺めながらも、微塵も動揺することのないアルフレッドへ視線を向ける。


「ええ。ちょっとその時期ではないといいますか……。“ヤクドリ”という通称もついているのですけれど」

「なるほど、“厄鳥”か。その名前だったら納得するよ。不吉な色合いだもんな」

「いえいえ、そうではないのです。実際に近くでご覧になった方が早いかと」


 そう言ってブツブツと魔法の詠唱を呟き始める龍人族の商人だったが、そんな彼の前に立ちはだかったのは二人の魔道士だった。


「アタシに任せてください。アルフレッドさん、タスクさん。あの程度、無詠唱の魔法で打ち落として見せますよぅ?」

「ここはソフィア様に任せていただけないでしょうか?」


 今日もバッチリとフルメイクを決め込んだツインテールの魔道士が、自信満々な様子で胸に手を当てた。隣に佇むグレイスはオレたちに頭を下げると、片目が隠れた紫髪のロングヘアを軽くかき上げ、ソフィアに忠告した。


「ソフィア様。油断されてはダメですよ?」

「誰に言ってるのよ、グレイス。あんな鳥の群れ、あっという間に打ち落としてみせるわっ!」


 ソフィアは空に向かって右手をかざし、そして狙いを定めてから魔法を唱える。


「貫けっ!! ライトニングアロー!!」


 無数の光がソフィアの右手から解き放たれ、見る見るうちに矢の形へ姿を変えたかと思いきや、猛烈な速度で鳥の大群目掛けて飛んでいく。


 二十や三十ではきかないほど大量に放たれた光の矢は、閃光と見間違うような鋭さを保ち、鳥たちの羽を貫いて、次々に“ヤクドリ”を地面へ落としていった。


「す、スゴイな……」


 開拓作業でエリーゼなどの魔法は見たことがあったものの、こういった攻撃魔法の類いを実際に目にするのは始めてだ。


 その威力に圧倒されている最中、グレイスはドヤ顔を浮かべているソフィアへ、ため息交じりに呟いた。


「……半分しか打ち落とせてないですよ、ソフィア様」

「う、ウルサイわねぇ! 光魔法はニガテなのよぅ! 無詠唱で威力を拡散させたらアレが限界なのっ!」


 空には取り残された鳥の群れが、パニック状態になっているようで右往左往している。二人とも口論している間に、次の魔法を放った方がいいんじゃないかなんて思っていると、今度は後方から声が掛かった。


「次は我々の番ですね」

「ですな。残りはお任せいただきましょうか」


 ロルフを始めとする翼人族が五名、それにガイア・オルテガ・マッシュという、ワーウルフの『黒い三連星』が姿を現わしたのだ。


「では我々から……」


 手にしていた弓矢をロルフが構え始め、残りの翼人族も同じように弓矢を空へ向ける。一瞬の間があってから、「放て!」という号令と共に、矢は一斉に放たれた。


 驚いたことに一本目が放たれたかと思いきや、二本目、三本目と、翼人族たちは間髪入れず、続けて矢を何本も連射していったのだ。


 そしてその正確性たるや、飛び惑う鳥たちを次々に打ち落としていく。弓矢を打ち終えたあと、空に残るのは二十羽程度の鳥の群れだけとなっていた。


「では、最後は我ら『黒い三連星』が」


 一歩前に進んだガイア・オルテガ・マッシュは、丸太と見間違うような巨大な棍棒を両手に抱え、思い思いに構え始める。


(……まさかぶん投げるんじゃないだろうな?)


 そんな考えが一瞬思ったものの、その予想はものの見事に斜め上方向へ裏切られた。次の瞬間、ガイアたちはゴルフのスイングのように、空中へ向けて思いっきり巨大な棍棒を振り抜いたのだ。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅん!!! 我らのマッスルスイングぅぅぅぅ!! とくとご覧あれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 勢いよく振り抜かれた三本の棍棒の先から、衝撃波が発生し、空に向かって飛んでいく。……冗談だと思うだろ? オレもそう思ったんだけど、実際に見ちゃったからなあ、衝撃波。


 まるで『ストリー○ファイター』に出てくるソニックムーブみたいだな、とか、そんなことを考えている間に、衝撃波は残された鳥たちへ命中し、地上へ落下させていく。


 繰り出される桁外れの攻撃を、オレはただただポカンと眺めていることしか出来ない。今さらながらに気付いたけど、すごい仲間たちがこの領地で暮らしているんだな……。


***


「タスクさん、これを見て下さい」


 呆気にとられているオレを気に留めず、アルフレッドは衝撃波によって気を失っている鳥を一羽捕まえ、そして全身を覆っている黒い羽をめくって見せた。


「ほら、鮮やかなオレンジ色の羽が少し見えるでしょう? これがオレンジウォームバードという名前の由来なんです」


 冬が近づくにつれ、黒い羽から鮮やかなオレンジ色の羽に生え替わるのが特徴で、季節に合わせ、暖かい地域に移動して生活を送る鳥だそうだ。


「それはわかったけど、じゃあ何で“厄鳥”なんて不吉な通称がついてるんだ?」

「いえいえ、それは誤解です。“ヤクドリ”というのは、この鳥の肉の味から取ったもので」

「肉の味?」

「ええ。オレンジウォームバードは鳥なのですが、肉質と味がウシ科の一種であるヤクと非常に似ておりまして」

「あー。なるほど、ヤクはヤクでも、動物のヤクってことなのか」

「その通りです。この辺りでは冬のご馳走として親しまれる食材ですよ」


 ……冬のご馳走? 今って秋のはずだろう? 何でこの鳥がここに来たんだ?


「わかりませんね……。本来であれば、今頃、大陸の東側にいるべきはずの鳥なのですが」

「というかさ、飛んでた鳥全部打ち落としちゃったけど、問題ないの?」

「例年ですと、二千を超す集団が何回かやってきますので、それは問題ないかと。むしろこんな小規模で飛来するのが珍しいと言いますか……」


 そこまで言い終えると、アルフレッドは思案顔で何かを考え始めた。商人としての直感が働いたのかも知れない。


「あまり気にすることはないのでは?」


 話に割って入ったのはロルフだった。


「オレンジウォームバードは吉兆を呼び込む鳥とも言われています。タスク様の結婚式の前なのですから、縁起が良いではないですか」

「その通り。我らが主の前祝いとして、天が授けて下さった贈り物かも知れませぬぞ? ありがたく頂戴しようではないですか」


 ガイアが賛同を示すと、ソフィアとグレイスも同意する。


「魔道国でもぉ、この鳥は結構なご馳走でしたしぃ。いい機会だから、みんなで食べちゃえばいいんじゃないですかぁ?」

「そうですね。これだけの数があれば、領地の皆さん全員が堪能できそうです。それにヤクドリの羽は、黒魔法の素材としても貴重ですし」


 うんうんと頷くみんなの顔に視線を走らせてから、オレはわかったよと言葉を返した。


「頑張って捕まえてくれたんだ。自然の恵みに感謝して、ありがたくいただこうじゃないか」

「はいっ!」


 元気のいい返事と共に、一同は駆けだしていく。オレンジウォームバードを回収するため走って行く背中を眺めながら、オレはアルフレッドに向き直った。


「せっかくだ。お前も食べていくだろ?」

「……え? ええ。そうですね……。それではお言葉に甘えて」


 難しい表情を切り替えるように、アルフレッドはメガネを指で直してから、微笑みを浮かべた。考え事はお腹を満たしてからでも遅くないだろう。


 その日の昼食は、オレンジウォームバード尽くしの豪華なものとなり、一足早く味わえた冬のご馳走にみんな満足している様子だった。


 オレはオレで、鳥とも牛ともつかない不思議な味わいと肉質を堪能しつつ、季節外れに飛来してきた“ヤクドリ”に思いを馳せ、こういう不思議な現象もあるもんなんだなあとか、そんなことを考えていた。


 ――そして、この時はまだ、オレンジウォームバードが領地へもたらしていた予兆に、誰ひとり気付くことはできなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る