62.水路工事

 不可抗力ながら配下を持つことが決まって数日。オレとアルフレッドは領地の財政面について協議を重ねた。


 現状、領地から出荷している収穫物を金銭で換算すると、月に金貨十八枚程度の収入があり、アルフレッドに依頼した商品の数々や税金を差し引いたとしても、相当の黒字になっているとのことだった。


「ただ、現状のままですと、これからは台所事情が厳しくなります」

「みんなへの給金分だろ? 配下はいいけど、そういった職業の給金ってどのぐらいなんだ?」

「皆さんをどのような役職へ就けるかにもよりますが……」


 そう前置きした上で、アルフレッドは文官や武官といった職業の相場を教えてくれた。平均すると銀貨五十枚、将軍や大臣といった要職になれば、金貨一枚以上が妥当のようだ。


「とはいえ、同じような高給を与えるとなると、すぐに財政が破綻してしまいます」

「当然だな。オレとしては、引き続き、衣食住という福祉厚生を提供することプラス、ある程度の給金を与えるってことで雇用契約をまとめたいんだけど」

「それがよろしいかと。幸いにもこの領地の収穫物は一級品ですから、皆さんも喜ばれると思いますよ」


 当面、特定の役職は設けず、一ヶ月分の給金として、グループの代表者には銀貨三十枚、それ以外には銀貨二十五枚を与えるのがいいのではないか。アルフレッドはそう提案した。


「話に出てきた文官、武官クラスより相当低い給金設定だけど……」

「これでも十分すぎるほどですよ。専門職より多い上、食料を購入する費用も掛からないのですから」

「そんなもんかねえ?」

「そのようなものですよ」


 それでもみんなへの報酬だけで、合計金貨十六枚分が必要になる計算で、……あれ? 財政面詰みそうじゃね、これ?


「はい。破綻しますね」

「破綻しますね……って。そんないい笑顔で言われても」

「今までの黒字分で二ヶ月ぐらいは持つでしょう。ですが、作物面積を増やし、出荷する品目と量を増やす必要が」

「それは問題ないけど、そんなに作ったところで売れるのか?」

「『遙麦』と『七色糖』に関しては、顧客からの紹介で新たな販路が拡張されました。出荷すれば出荷した分、問題なくさばけるかと」

「それならいいけど」

「それともうひとつ収入面に関してご提案があるのですが」

「?」

「以前、返事を保留されたイチゴの出荷ですよ。そろそろ卸してみませんか?」


***


 散々、相談に乗って貰った上、面倒ごとの処理まで任せっきりという状況下では、イチゴの出荷に対してノーとは言えず。


 毎月、一定量のイチゴを卸すことを約束すると、上機嫌でアルフレッドは帰って行った。『遙麦』『七色糖』と併せて、イチゴも畑の面積を広げないとな。


 あ、余談なのだが。日頃、労働に従事している奥さんたちにも、給金が必要だと考えたオレは、その日の夕飯の際、アイラとベル、エリーゼへ相談を持ちかけることに。


「いらんぞ」

「ウン☆ いらなーい♪」

「わ、ワタシも結構です……」


 一蹴された。すがすがしいほどの即答である。


「なんで?」

「なんでもなにも、欲しいものはタスクに頼めば揃えて貰えるしのぉ?」

「そだねー☆ その上、ウチはアルっちから頼まれた洋服を作ったりとか、少しだけどお金稼いでるし♪」

「そうですね、ワタシも、どうじ」


 同人誌と声に出そうとしていることに気付いたのか、エリーゼは慌てて口をつぐみ、誤魔化すように笑ってみせた。


「いえ! その! ここで暮らしている分にはお金も必要としないですしっ! ハイ!!」


 赤面するエリーゼに訝しげな眼差しを向ける二人。……それとなく助け船を出すとするか。


「あー……。とにかくだ。とりあえず、みんな金銭が必要ないということはわかったけど。遠慮はするなよ?」

「遠慮?」

「欲しいものがあれば引き続きいってもらえれば揃えるし、何かの拍子にお金が必要だったら、ちゃんと申し出ろってこと。三人ともオレの奥さんなんだから、ちゃんと甘える時は甘えて良いんだぞ?」


 当然のことをいったまでなのだが、その言葉に三人は感激したらしい。それぞれに頬を緩ませて声を上げる。


「エヘヘヘヘー☆ 奥さんかー♪ タックンから改めて言われると、ちょっとハズいねー☆」

「うむ。それじゃあ遠慮なく甘えさせて貰おうかの……っと」

「ああっ! アイラさん、いきなりタスクさんに抱きつくとかズルいですよ!」

「ぬふふふふ~。恨むでない、早い者勝ちじゃ」

「あ、じゃあ、ウチもウチも!!」

「わ、ワタシだって!!」

「夕飯っ! まだ夕飯だから!! 落ち着けお前ら!」


 ……はい、こんな調子で、何だかんだと毎日賑やかに過ごしております。あんまり話しているとバカップル扱いされそうなので割愛しますが。


 ま、なんだな。ますます大変になりつつある開拓作業でも、楽しく暮らせていけるのは本当にありがたいことだ。幸せな結婚生活を送るためにも、畑の拡張をしっかりこなして、収入面を安定させなければ。


 同時に、前々から考えていた大工事へ取り掛かることにする。水路の確保と水道の設置だ。


***


 領地から遙か遠く、北東に位置する樹海の滝から水路を延ばしていく大工事は、ワーウルフと翼人族を中心に作業を進めることとなった。


 相変わらず締め切りに追われている魔道士たちには、畑作業を中心に任せ、開拓の役割を分担していく。


 水路を作るにあたって心配したのは、その土地に対して住民の信仰があるかどうかという点である。

 日本では山岳信仰や地主神など珍しくない。あれほど立派な滝なのだ。信仰の対象となっていたら手を出すわけにいかないので、アイラとベル、エリーゼにそのことを尋ねることにしたのだが。


 こちらの世界では猫人族もダークエルフも、ハイエルフもそういった信仰はないらしい。精霊の加護と寵愛を得るのは普通だが、それも著しく環境を破壊するようなことがなければ問題ないだろうというのが共通の見解だ。


 それなら安心と、早速、計画を進めていくことにする。まず取り掛かるのは、領地の北東部へ、間隔を開けつつ、巨大な池を三つ作ることである。


 三つ作るのには理由がある。領地の近くから、それぞれ浄水池、濾過池、沈殿池を用意するのだ。


 最初は大きな溜め池と濾過池だけで十分かと思っていたものの、以前、水路造りに携わったことがあるというロルフから、最低でも三つは用意した方がいいと言われたのである。ノウハウがあるのは大変に心強い。


 というわけで、領地近くの土地で穴を掘ることから始まった水路造りなのだが。これが予想以上に地味で大変な作業になった。


 平行して畑の拡張作業もこなさなければならないため、ゲームと同様、簡単に穴を掘るというオレの特殊能力を池造りへ集中させるわけにもいかず。


 深さ五メートル、縦三十メートル、横三十メートルの穴を掘るだけで十日ほどを要すことに。さらに、穴を掘れば完了というわけではなく、ここから隙間なく石材を敷き詰めていく工程と、余計なゴミなどが入らないよう屋根を設置する工程をこなさなければならない。


 やれやれ、大工事なるとは思っていたが、実際にやるとなると本当に大変だな、コレは。経験者である翼人族も額に汗を流しているし。

 唯一例外なのは、ガイアたちワーウルフかな……。作業が大変になればなるほど、


「効いてる! 筋肉に効いてる!」

「輝いてる! 筋肉が輝いてるよ!」


 なんて、歓喜の声を上げるぐらいだし。最初、それにドン引きしていた翼人族たちも、いまじゃ気にしてない様子だし、慣れって怖いなあ。


 その時である。ふと、誰かに見られているような気がしたのだ。しかしながら、辺りをキョロキョロ見回したところで、誰もいない。


(気のせいかな……?)


 首を傾げつつ、作業に戻ろうとしたオレに、ロルフが声を掛けてくる。


「タスク様。そろそろ畑の作業へ戻られた方が。こちらは我々で進めておきますので」

「あ、うん、そうだな。それじゃ悪いけど、あとは頼むよ」


 穴をよじ登り、井戸で手を洗っていると、やはりどこからか見られているような気がしてならない。……何だろうなあ?


 再び、辺りを見回してみる。すると、樹海手前の木陰に小さな人影を見ることができた。


 じ~~~~~~~~~~~。


 ……明らかに観察されてますな、これは。えー、誰だろ? こんな場所で隠れるような知り合いなんかいないぞ?


 このままでは埒が明かないと悟ったオレは、思い切って声を掛けることに。悪人なら困るしな。


「おーい。そこのお前、ここで何してるんだ?」


 声を掛けられたことで明らかに動揺したらしい。人影は挙動不審を体現するようにアワアワと動き、それでもなお身を隠す場所を探そうとしている。


「いや、そんなに慌てる必要も……。隠れなきゃいけない理由でもあるのか?」


 ゆっくり近付いていくオレに、逃げられないと観念したのか、人影は隠れていた木からその姿を現した。そしてはっきりと瞳に捉えた人物を見て、オレは目を丸くする。


 そこに立ちすくんでいたのは、十歳もいかないであろう、幼い女の子だったからだ。

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