61.通貨と給金(後編)
「そうですよぉ、タスクさん。アタシたち全員、衣食住の面倒を見ていただいているわけですしぃ」
「左様。必要な物があれば、別途揃えていただいておりますし。この上、金銭までいただくとなっては立つ瀬がないというもの」
畳みかけるように続く発言の数々は予想外の言葉ばかりで、オレとしては疑問を抱かざるを得ない。
「ここで暮らしている以上、そういったことは配慮して当然だろ? 一緒に暮らしている仲間なんだし」
「ですから、我々にはそれだけで十分過ぎるのです。ここでは税を納めることもなく、餓える心配もありません」
「ですな。すでに労働の対価はいただいております。これ以上のご配慮は無用です」
……あれ? こうも頑なに反論されるとオレの提案が間違っているように思えるんだけど……。間違ってないよな?
助けを求めるべくアルフレッドを見やると、龍人族の商人は軽く肩をすくめ、ずれ落ちそうになるメガネを手で直しながら、話に割って入った。
「つまりはこういうことです。ここにいる皆さんは開拓の労働条件として、金銭の代わりに衣食住を要求され、タスクさんはそれに応えておられる」
「いやいや。要求されたことなんて一度もないし、こっちとしてはそんなつもりは一切ないんだけど」
「タスクさんはそうお考えかも知れませんが、皆さんはそう思わないでしょう。暗黙の内に取引が成立し、ここでの生活の権利を得たとご理解しているものかと」
「そ、そうなのか?」
力強く三人は頷く。マジですか……。
「これ以上の報酬を貰うからには、労働とは別の何かを差し出さなければならない。故に、タスクさんからの申し出を、皆さん固辞しておられるのです」
「そんなつもりは一切ないんだけど……」
「はい。そのお気持ちは素晴らしいものです。しかしながら、この世界はタスクさんの暮らしていた世界とは、労働に対しての意識や感覚が異なるので……」
やんわりと指摘してくれるものの、言葉の端々からはアルフレッドからの忠告めいたものを感じる。
そうだよな。どんなに嫌がっていても、名ばかりだとしても、オレはこの領地の領主だっていうことに変わりないわけで……。多少なりとも、それなりの知識や教養を身につけておかないとダメだよなあ。
そういった面倒ごとを放置して、開拓作業ばかりしていたのだ。正直、耳が痛い。……だがしかし、反省するのはもう少し後である。
こちらの世界の労働の常識とやらが、どのようなものかはまだ理解できない。……が! 労働に対しての見合った給金がないとか、大っ嫌いなブラック企業そのものだ。
何としてでも、今の労働環境のままで金銭を受け取って貰うぞ! そんな決意を胸に秘めている最中、アルフレッドは三人に向き直った。
「さて、皆さん。先程のお言葉通り、タスクさんは皆さんに、これ以上何かを望まれるお考えはありません」
「とは仰るものの……。それではなぜ突然、報酬の話になったのか、我々には理解できませんな」
ガイアの発言にソフィアとグレイスが同意している。ゲオルクと翼人族とのやり取りを見て、お金のことを思い出したとか、口が裂けても言える状況ではなさそうだ。
オレの困惑を意に介することなく、アルフレッドは更に続ける。
「その疑問はごもっともです。タスクさんは、皆さんとの労働条件を見直したいとお考えなのですよ」
「労働条件の見直し?」
「はい。領主に任命されてしばらく経ち、ようやく環境も落ち着いてきました。そのため、皆さんによりよい暮らしを送っていただくためにはどうしたらいいか、私が相談を受けていたのです」
アルフレッドの笑顔がオレに向かう。次から次に、よくそんな言葉が口から出てくるなと、商人の
「あ、ああ。その通りなんだ。開拓に貢献して貰っていることだし、それに報いるだけの条件を整えたいと思ってさ」
「ええ。タスクさん曰く、皆さんを領地で暮らす住民ではなく、直属の配下として迎えたいと」
興味深げな三人の眼差しとは違い、オレはキョトンとした顔でアルフレッドを見やった。……は? 配下ってなんスか……?
「領主になられたとはいえ、タスクさんには頼りにする人材がおりません。皆さんにはその役目を担っていただければ」
「アイラさんやベルさん、エリーゼさんがいらっしゃるのでは?」
「あのお三方は奥方になられます。公私の分別は付けておいた方がよろしいかと」
「なるほどねぇ」
「それに、万が一のことを考慮した場合、タスクさんをお守りする兵力も必要となります」
「我らにその役目を担って欲しい、そう仰るわけですな」
何か……、とんでもなく話が物騒になっていくような……。戸惑いの中、リビングへ響き渡ったのは、ガイアの高らかな笑い声だった。
「はっはっはっは! なるほど、合点がいきましたぞ! 有事の際には、我々ワーウルフがタスク殿の剣となり、盾となればよいのですな!」
「いや、そんな物騒な」
「承知いたしました。『黒い三連星』を含めた、我らワーウルフ一族、今までのご恩義に報いるべく、領主としてのタスク殿へ忠誠を誓いましょうぞ!」
うやうやと頭を垂れるガイアに続き、魔道士の二人が口を開く。
「まぁ、魔道国から逃げてきた時点で覚悟は決めていましたしぃ。タスクさんが領主なら、配下になっても悪くはないっていうかぁ」
「ソフィア様、素直にタスク様の力量をお認めになればよろしいですのに」
「力量って。オレ何もやってないけど」
「いえいえ。素性もわからぬ我々を迎え入れる判断の速さ、不足なく衣食住を提供する度量、それだけでも領主としてふさわしいかと」
そう言ってソフィアとグレイスは頭を下げる。
「我々も喜んでタスク様へお仕えいたします」
「魔道士総勢二十人、ちゃんと面倒見てくれないと反乱起こしちゃうんだからねぇ?」
「え? えーっと……」
急すぎて、どう返事をしていいものか悩んでいるオレに、アルフレッドは軽く肩を叩いた。
「良かったですね、タスクさん。報酬面での話し合いも出来ますし、これで万事上手くいきますよ」
……うわー、すげえいい顔するじゃんか、アルフレッド。何か、上手いこと言いくるめられているような気がするけど……。
問題なく、金銭を受け取ってもらえることになっただけでも良かった……のか?
***
その後、アルフレッド主体で進められた話し合いでは、オレの発言する出番も少なく、具体的な役職を決めた上、給金などの待遇面は、後日改めて協議の席を設けることで解散となった。
三人が帰った後、すっかり疲れ果てたオレは、椅子に深く寄りかかり天井を仰いだ。
「タスクさん、お疲れ様でした」
「……助かったと礼を言うべきかどうか、オレはいま、ものすごく悩んでいるよ、アルフレッド」
「差し出がましいことをして申し訳ありません。しかし、ああでも言わなければ、皆さんお金を受け取るということを納得しないでしょうし」
「納得、ねえ……」
それにしてはオレを守るだなんだ、物騒な話が飛び交っていたような。
「領主というお立場なのですから。防衛についてのことは考慮していただかないと」
「かといって戦争は飛躍しすぎじゃ?」
「とんでもない。いまは僻地かもしれませんが、土地が豊かになればなるほど、付け狙う輩というものは出てくるものですよ。ここは国境に面していますし」
突飛な話ではないようだ。その証拠にアルフレッドは真剣な顔を浮かべている。
「それに、場所を考えますと、魔獣や野盗対策にも自衛手段は必要です。役割は明確にしておいた方が」
「平和ボケはできないってことだな……。肝に銘じておくよ」
まったりスローライフを守り通すためにも手は講じた方がいい、か。スローライフからかけ離れてきたような気もするけど……。いや、気にした時点で負けだな、うん!
その後、翼人族のロルフを呼び出して事情を説明。給金についての参考に、話を聞こうと思ったわけなのだが……。
「――そんなわけで、ジークフリートとの雇用条件とか、ロルフに聞ければいいなと思ってさ」
「なるほど……。お話はわかりました。タスク様も色々と大変ですね」
「そうなんだよ……。急に配下って言われても、ピンとこないっていうかさ」
「いやいや、領主たるもの、配下は多いに越したことはありませんよ」
「そういうもんかねえ?」
「ええ。それで、我々翼人族は、いつからタスク様の配下としてお仕えすればよろしいのですか?」
「……はい?」
給金のことを聞けるものだと考えていたオレに、ロルフは微笑む。
「タスク様の知識と技術、それはそれは見事なものです。お許しいただけるのであれば、我ら翼人族も、タスク様の手足となって働きたく……」
「待て待て! ロルフたちはジークフリートに雇われているんだろう? そっちはどうする!?」
「ジークフリート様とゲオルク様には、すでにご相談を済ませてあります」
思わず、くらっとなった。話が早すぎやしないか、おい……。
「そ、それで?」
「はい。お二人とも、タスク様がその気になられたら、我らがお仕えするということを喜んでお認めに」
「いや、オレがその気になったらっていう話だろ、それ」
「よもやワーウルフと魔道士たちを配下として迎えられたのに、我ら翼人族だけ蚊帳の外、ということではありませんよね?」
「……う」
隣でアルフレッドが諦めろと言わんばかりにかぶりを振っている。……そっかー、諦めるしかないのかー……。
こうして給金の話をするはずだけだったのに、めでたく総勢六十人の配下を持つこととなりましたとさ。……はあ。ま、何とかなる……か?
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