59.初夏(後編)

 領地の話をもう少し。


 養鶏は順調に進んでいる。ガイアを始めとするワーウルフたちが、非常によく面倒を見てくれているお陰で、生まれた雛も大きくなり、そろそろ食卓に鶏肉料理が並びそうだ。


 余談だが、参考までに、こちらの世界では鶏肉を使った料理はどういったものがあるのかガイアに尋ねたところ、


「そうですな。一番のご馳走は、胸肉の香草焼きですかな」

「胸肉? もも肉じゃなくて?」

「何を仰いますか、タスク殿。高タンパク質、低カロリー! マッチョ道を極めんとする我らにとって、これほどまでにうってつけの食材は他にありませんな!」


 ……と、キッパリ言われてしまった。しかもサイドチェストのポージング付き。ワーウルフたちとの付き合いも長いので、ボディビルのポージング名まで覚えてしまうな。


 うーむ、しかし、相変わらずのブレなさというかなんというか。一夫多妻の先輩でもあるので、何かしらアドバイスはないか相談してみようと思ったけど、全部、「筋肉で解決する」とか言われそうなので止めておく。この手のことはゲオルクあたりに聞いた方が正解だろう。


 おっと、話が逸れた。次に養蜂だ。


 北西部の家畜地域と、西部の作物地域の境目辺りに場所を決めて、いくつかの養蜂箱を設置した。ロルフによると、花粉を集めやすい環境がいいので、なるべく畑の近くに用意したいとのことだったのだが。


 オレとしては収穫作業中、誤って蜂に刺されないかどうかが心配である。その懸念を伝えたところ、それは問題ありませんと、ロルフは笑った。


「飼育しようとしている種類の蜂は、性格も大人しく、滅多なことでは人を襲いませんので」

「本当に?」

「ええ。昔から我々と共存してきた種類で、『家畜蜂』というあだ名が付いているほどです。こちらが乱暴なことをしなければ、極上の蜂蜜を分けてくれますよ」


 こちらの世界の蜂は、夏の終わりから秋にかけて住まいを探すそうだ。というわけで、養蜂箱はこのまま放置。住まいを探しにきた蜂たちが、この環境を気に入ってくれることを願うばかりである。


***


 ソフィアとグレイスによる、魔法石の研究は相変わらず進んでいない。


 媒体の試作品作りは難航していて、様々な素材を構築ビルドするものの、これといったものが出来上がらないのだ。


 しかしながら、本人たちは元々長期戦を覚悟していたようで、結果に一喜一憂することなく、日々、淡々と研究のレポートをまとめている。


 気味の悪い素材を素手で触ることから解放されるため、オレとしては一日も早く出来上がった方がいいのだが……。まあ、それは心の中だけに留めておく。


 ちなみに、この一ヶ月間は二人からの要望で、魔法石の研究は休みにしている。ソフィアの言葉をそのまま引用すると、


「ネームすらできてなくてピンチなのっ! 夏のイベントまで、創作に集中しなきゃ!!」


 ……と。どうやら原稿がヤバイらしい。


 世界が変わったところで、締め切りは変わらないものなんだなあとしみじみしていたものの、あれ? そういえばこっちの世界に印刷所なんかないはずだよなということに気付き。


 そのことをグレイスに尋ねたところ、知的な顔に疲労の色を浮かべてながらも答えてくれた。


「模写術士という存在がおりまして」

「模写術士……、魔道士の仲間なのか?」

「魔法を使うという点では同じですね。異なるのは、模写だけに特化した専門業ということでしょうか」


 模写術士は以前見たメッセージボールのコピーを作る他、貴重な書籍などを複製をする商売を営んでいるとのこと。


「本とか模写できるんだろ? 大量にコピーを作って売りさばいたら、儲かるんじゃないか?」

「書籍の複製はギルドで細かく冊数が決められているので、一冊でも多く作ったことが露見すると重罪が課されるのです。いわば知的財産を勝手に売りさばくようなことですし」

「なるほどねえ」

「そういったわけで、それだけではあまり儲からず。我々のような同人作家の作品を大量に複製することで、収入を得ていると」


 むしろ、今ではそっちの方がメインの商売になっているようで、夏と冬のイベント時に一年分の収入を稼ぎ出すそうだ。


「ところでさ。紙の本があるなら、同人誌もそっちで作ったらどうなんだ?」

「紙の同人誌はコスト面が非常に高いのですよ。魔力を使って書き上げるメッセージボールなら、修正も簡単ですし、値段も手頃です」


 それと、これが一番肝心な理由なのですがと前置きして、グレイスは続けた。


「本になった時点で、ギルドへの登録申請が必須になりますし。その……、我々が作る同人誌は、一応、発禁の内容を含むものですので……」

「ああ……。そうね……、そりゃ、本にはできないわな……」


 自分の性癖を詰め込んだエロ同人誌をギルドに申請するとか、考えただけで地獄だもんな。一見しただけでは内容がわからない、メッセージボールでやり取りするのが妥当だろう。


「ところでタスク様。私もお伺いしたいことがあるのですが……」

「どうしたグレイス?」

「タスク様がいらした世界では、眠らずとも創作作業が続けられるような魔法はなかったのでしょうか?」

「はい?」

「もしくは薬でもかまいません……! 五日後までにどうしても仕上げなければいけないものが……!」


 血走った目を見開き、くまの目立つ顔で訴えかけるグレイス。日本でも、コミケが近くなると、脱稿したとか間に合わないとか、色々騒がしくなるからなあ。目の前で、ふらついているグレイスも恐らく修羅場なんだろう。


「……グレイス」

「は、はい……」

「残念ながら、そんなものはないっ!」

「そ……、そんな……。私は、どうしたら……」

「とりあえず、仮眠取った方がいいよ……。徹夜はホント良くないから……」


 すごすごとその場を後にするグレイスの後ろ姿を優しく見送る。異世界の作家さんたちも大変だなあとか、そんなことを考えていると、そういやネームに困っていたというソフィアが、オレとロルフが雑談しているところを遠くからじーっと眺めていたことを思い出した。


 ……まさかとは思うが、アイツ、ナマモノのBLを作る気じゃないだろうな。あとでそれとなく釘を刺しておこう。


***


 そうだ。肝心なことを忘れていた。ジークフリートの娘さんとの結婚話だ。


 次は娘を連れて遊びに来ると言われていたので、緊張しながら待ち構えていたものの、王女様とやらはいつまで経っても姿を見せず、ジークフリートはいつものようにゲオルクを連れて遊びに来るのだった。


「あやつめ、結婚の話を進めようとした途端、恥ずかしがりおってな」


 将棋盤と向かい合いながら、龍人族の王様はため息をついた。


「いざタスクに会わせようと誘っても、受け入れてもらえる自信がないと部屋に閉じこもるのだ」

「オレと会うのが嫌なのでは?」

「とんでもない。帰る度にそなたの話をせがまれるのだぞ? まったく、他の男の話をしなければならない、父の心境も察して欲しいものだ」


 ジークフリートの気持ちを考えると、オレとしては苦笑せざるを得ない。そりゃそうだよな、さぞかし、父親としては面白くないだろう。


「そうすると、じゃ」


 尻尾を揺らしながら、隣で観戦しているアイラが口を挟む。


「当面、タスクと王女の婚姻はないと考えた方がいいのかえ?」

「娘の気持ち次第だが……。時間は掛かりそうだな」

「そうかそうか」


 焼き菓子を頬張るアイラの返事はどことなく嬉しそうだ。ジークフリートもそれを感じ取ったらしい。


「ま、ワシとしても、そなたらの新婚生活を邪魔するような野暮な真似はしないさ。しばらくは新妻気分を堪能してくれ」

「わ、私はそんなつもりでは……!」

「照れるな照れるな」


 図星を突かれたアイラは頬を膨らませ、それを見やった王様はガハハハハと愉快そうに笑っている。


 奥さんの小さな嫉妬心を可愛らしく思いながら、オレはいつもは部屋にいるであろう存在が、今日に限って、姿を見せないことに気がついた。


「あれ? そういえばゲオルクさんはどうしたんですか? 一緒でしたよね?」

「あいつなら翼人族たちの所へ行っておるよ」

「何かあったんですか?」

「いや、大したことではない。給金を渡しに行っているだけだからな」

「給金、ですか?」

「うむ。ここを開拓するのにタダでやってもらうわけにもいくまい。ああ、安心しろ。翼人たちへの支払いを、そなたから別途徴収はせぬのでな」


 ジークフリートの言葉にオレはハッとした。そうだよ、開拓作業やってもらっているんだから、みんなに給与渡さないと!!


 というか。半年近く経って今さらなんだけど、この世界のお金のことをまったく理解していないという事実な。いやはや、まいったね、これは。


 アイラたちだけじゃなくて、ワーウルフや魔道士たちから何も言われなかったので、報酬のことがすっかり頭から抜けていたけど……。いや、ダメだダメだ! 誰に何も言われなくても、労働の対価はキチンと払わなければっ!



 ――というわけで、その翌日。アルフレッドの訪問に合わせ、それぞれのグループの代表たちを集めた話し合いがオレの家で行われることになった。

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