58.初夏(前編)

 日を追うごとに二つの太陽は日差しを強め、季節は夏の様相を呈し始めた。


 オレがこの世界へ転移してから五ヶ月と少し、色々あった結婚の話からは一ヶ月が経とうとしている。まったく、時間の流れというのは早いものだ。


 さてさて、三人の奥さんを迎えることになってからの一ヶ月間は、ほぼほぼ区画整理で終わってしまったのだが、それ以外にも様々なことが起きた。


 小さなことでは寝室のベッドが大きくなり、ひとりで眠る夜がなくなったのだが。……恐らくノロケに聞こえてしまうので、この話題は止めておこう、うん。


 とにかく、大きな出来事を順を追って話をしていこうと思う。


***


 まずはロングテールシュリンプの養殖だ。


 溜め池で育て始めたエビたちは、めでたく産卵を始め、池の中には孵化した無数の稚エビたちが姿を見せ始めた。


 ワーウルフのガイアたちと一緒に、小さくても懸命に泳ぐ稚エビの光景をほのぼのと見守っていたのも束の間、オレはハッとあることを思い出したのである。


「……そういや、稚エビって、親エビに食べられるって話を聞いたような……」


 昔、熱帯魚を飼育していた友人から、水槽でエビが生まれたら、共食いを防ぐため、別の水槽に入れて育てるという話を、ぼんやりと思い出したのだ。


 そんなわけで、大慌てで溜め池近くに小さな池を作り、そこへ水と一緒に水草、苔の付いた石を移動してから、稚エビの引っ越し作業に移った。


 溜め池と小さな池は水の行き来が出来るよう、細い水路を作ったが、エビたちは行き来できないよう、細かい網目の仕切りを少しの間隔を開けつつ、二重で作り、水路の間へ張っておく。


 ちなみにエビの餌なのだが、色々試した結果、川魚と麦を細かく混ぜて、小さな団子状にしたものが食いつきがよく、これを与えることにしている。稚エビは当面プランクトンで問題ないだろうから、成長度合いを確認しつつ、餌の準備をしていきたい。


***


 次に酪農である。


 翼人族のロルフたちの要望通り、北西部へ牛舎と放牧地を用意し終えてから、ジークフリートへ乳牛を届けてもらうよう依頼したのだが。


 大型の生き物は、例の空中に出現する魔法のカバンには入らないそうだ。ムリに押し込めると命の危険があるらしい。そりゃまあ、そうだよなあ。


 ではどうするかというと、『転送屋』というものを使うらしい。「なんじゃそら?」と思っているのも束の間、アルフレッドが連れてきた『転送屋』だという男は、何も無い放牧地へ突然、巨大な扉を出現させた。


 そしてゆっくりと開かれた扉の中から、「モー」という鳴き声と共に、ゆっくりした足取りで闊歩してくる牛の群れ。やがて十頭ほどが放牧地へ集まると、『転送屋』の男は扉を消し去った。


「異なる地点同士を魔法の門で繋いで、物質を転送するのです。なので、転送屋と」

「なるほど。便利だなあ」

「それが万能というわけでもなくてですね……」


 アルフレッドの説明によると、転送には熟練の魔道士がそれぞれの地点に最低ひとりずつ必要な上、互いの魔力の連携も密にしないとダメだそうだ。


 おまけに時間制限もあり、その上、利用料金もお高め、と。利便性は確かなんですけどねえ、とはアルフレッドの弁である。


 ともあれ、無事に牛十頭が運び込まれ、ロルフたち翼人族によって飼育が始まった。見知らぬ場所で牛にストレスが掛かり、搾乳できるかどうか不安だったものの、翌日から新鮮な絞りたてミルクを味わうことが出来たのは幸いだ。


 同時に、翼人族の要望で菓子工房の隣へもうひとつ工房を建てることになった。こちらは乳製品加工用の工房である。


 ソフィアたち魔道士たちの助けもあり、魔法による加熱、冷却、分離ができるようになったので、生クリームや脱脂粉乳、チーズ類を製造するのだ。これらは翼人族と魔道士たちの共同作業で行われている。


 ちなみに、乳製品が使えるようになったので、前に約束した通り、ロルフたちにカスタードクリームの作り方を教えたところ、信じられないほど大喜びされた。


 ついでに、シュークリームの作り方も教えたところ、これも大ウケ。領地内のおやつが、一時期、翼人族による創作シュークリームだらけになったほどである。


 ロルフによると、生菓子は保存が利かないこともあり、あまりレシピがないそうだ。うーん、そうかあ、冷蔵環境がないと生菓子は難しいよなあ。


 とはいえ、クリーム類の恩恵は大きく、今後もレシピを教えて欲しいと懇願された。食生活が豊かになるのはオレとしても嬉しい。イチゴもあるし、今度はケーキ類を教えることにしよう。


***


 アルフレッドの事を少し話したい。


 結婚話がまとまった直後、ベルから要望があった。領地内の人が増えたことで、衣類や日用品の製造量が増え、保管も兼ねた作業スペースが欲しいという内容だ。


 三人の奥さんを迎えたことで、オレの寝室も広くする必要があり(理由は言わなくても察して欲しい)、それならばと、浴室横に階段を設け、二階部分を増築することにした。


 その増築作業中、いつものようにやってきたアルフレッドは、着々と出来上がりつつある二階を見上げながら、また誰かが引っ越してくるのかと思ったらしい。


「今度はどんな人がやってくるのですか?」

「へ? ……ああ。違う違う。単に増築してるだけだよ。部屋が手狭になってな」

「手狭、ですか?」

「ベルの作業部屋と、その、なんだ。オレの部屋を広くする必要があってだな……」


 しどろもどろになっているオレを見て、アルフレッドは察したらしい。微笑みをたたえながら、穏やかな声で祝辞を述べた。


「それはそれは! おめでとうございます。いよいよ身を固める決意をされましたか」

「うん、まあ……」

「それで? お相手は三毛猫姫ですか? それともベルさん? もしくはエリーゼさん?」


 ……三人とも、と言ったら呆れられるだろうか。とはいえ、三人と結婚することは事実なので、正直に白状したところ、アルフレッドは目を丸くした後、愉快そうに腹を抱えて笑った。


「アッハッハッハ! 流石はタスクさん! 器が違いますね!」

「笑い事じゃないよ、アルフレッド。三人と結婚するって決めたのも、考え抜いてのことなんだからさ」

「いやいや、それは失礼しました。でも、この世界では、一夫多妻も一妻多夫も普通のことですから……」

「それは何度も聞いた」


 言葉尻を遮って、オレは気になっていたことを、散々ためらった末に尋ねることにした。


「……なあ、アルフレッド。お前はこれでよかったのか?」

「何がですか?」

「その……。アイラとオレが結婚することについて、だよ」


 かつて、アルフレッドは忌み子であるアイラのことを、実の妹のように思っていると言っていた。アイラに対する態度も振る舞いも、親愛のそれに間違いなく、もしかしたらアルフレッドはアイラのことを……なんてことを考えてしまったのだ。


 いや、だからといって、アルフレッドがダメだと言ったところで、オレとしてはアイラを手放したくないし、手放すつもりもないんだけど……。なんていうか、その、心のモヤモヤを晴らしておきたいというか、そういう自分勝手なことを思ったワケで。


 そんなオレの思考を見透かしたのか、それとも思い悩んでいたことが顔に出てしまっていたのか。アルフレッドは掛けているメガネを指で直してから、首を横へ振り、オレに向き直る。


「言ったでしょう? 妹のように思っていると。彼女に対して親愛の情は確かにありますが、それはあくまで兄としてですよ。それ以上の感情はありません」

「そうか……」

「兄としては、妹の幸せをただただ願うばかりですよ」

「うん。わかってる。必ず幸せにするさ」

「ええ、よろしくお願いします。もし、彼女を辛い目に遭わせるようなことがあったら……」


 そこまで言い終えると、アルフレッドは紺色のボサボサ頭をボリボリとかきつつ、アイラばりの悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。


「ドラゴンに姿を変えて、この領地全体を炎のブレスで焼き尽くしてやりますので」

「……そうならないように努力します」


 龍人族の青年商人と握手を交わし、オレたちはアイラたちが待っている家へと足を向けた。オレと、アイラ、ベル、エリーゼ、四人分の結婚指輪を作るため、サイズを測ってもらうことにしたのだ。


 和気あいあいとした雰囲気の中、指輪のデザインなどを話し合う三人と、その要望を書き留めるアルフレッドの姿を眺めながら、祝福してくれる人たちのためにも、今まで以上に頑張ろうと決意を固めたのだった。

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