57.もうひとりの花嫁候補

「……は?」


 結婚についての話がまとまって早々、もうひとり相手を増やそうとか、ちょっと何言ってるかわかんないんですけど。


「難しく考える必要はないのだ。三人が四人に増えたところで、たいして問題などなかろう」

「ありまくりですよ! いきなり何言ってるんですかっ!」

「そうじゃ! いくらジークとはいえ、人の夫に妻をあてがうとか、そんな勝手は許さんぞ!」


 オレと一緒に身を乗り出したのはアイラで、尻尾をピンと伸ばし、抗議の声を上げている。……抗議の内容がややこしいことはこの際、目を瞑っておこう。


 ベルもエリーゼも声には出さないものの、その場に立ち上がり、不満げな顔を浮かべている。その様子を眺めていたゲオルクは、額に手を当て、軽くかぶりを振った。


「ジーク。話を切り出すのは慎重にしてくれと、あれほど言っておいただろう」

「う、うむ。スマン」

「君たちも落ち着いて聞いて欲しい。決して悪い話ではないんだ」


 着席を促したゲオルクは、皆が腰を落ち着けたのを見届けてから話を続けた。


「実はね、タスク君。我々の近しい女性が、君に好意を抱いていてね」

「……心当たりはまったくないんですが」

「それはそうだろう。会ったことはないからな」


 会ったことがないのに好意を寄せられるとは、不思議なこともあったもんだ。どこかに監視カメラかなんか仕込まれていて、観察でもされているんじゃないだろうか、なんて、下手な想像をかき立てるものの、その疑問はすぐに解消された。


「その女性というのが、ジークの娘でね」

「王様の娘? っていうと、王女様……?」

「そうだね。下位になるものの、王位継承権所有者ではある」


 ……開いた口が塞がらない。一体、オレはいま、何を聞かされているのだろうか? 混乱が収まらない中、ジークフリートは切り出した。


「ワシの末娘なのだが。幼少期からハヤトとの冒険譚を聞いて育ったせいか、異邦人に深い好奇心を持っていてな」

「二千年前の戦いは、おとぎ話や読み物として広く出回っていてね。彼女もそれらを愛読しているんだよ」

「いずれ、白馬に乗った異邦人が、自分を嫁として迎えに来てくれると信じるほどだ」


 白馬に乗ってやってくるのは、王子様と古来から相場が決まっているもんだと思っていたけど、どうやらこっちの世界は違うらしい。なんだよ、白馬に乗った異邦人って。そもそも、オレ、馬乗れないし。


「そんなわけでだ。黒の樹海を開拓している異邦人にも、当然、興味が沸くわけだ」

「そんな単純な理由で好意を寄せられても……」

「いやいや。単に異邦人ということだけで、彼女は君に好意を抱いたわけではないよ」

「うむ。あやつはそなたの知識と能力に惚れ込んでおってな」


 何でも、日本食やエビの養殖、さらには龍人国の秘密とされている水道についての知識があること。さらに、構築ビルド再構築リビルドの能力、それらを駆使した開拓技術や、『遙麦』と『七色糖』の作成などなど……。


 ここでの出来事を土産話としてジークフリートが話していく内に、好意を募らせていったそうだ。


「ダメ押しは、そなたが寄越したイチゴだったな」

「イチゴ、ですか?」

「うむ。曰く、『こんなに美味しいものを作り出せるなんて。本当に素敵な人』と。あやつめ、イチゴを手に取りながら、ぽーっと上気しておったわ」


 ガハハハと、豪快な思い出し笑いをするジークフリートだが。オレとしてはまたしても厄介なことになったなと、乾いた笑いを禁じ得ない。

 こうなると、問題が起こるのを回避するため、アルフレッドの頼みを断って、イチゴを売らずにいたのも意味をなさないな……。


「ともかく」


 ピタッと笑うのを止めたジークフリートは、真剣な顔つきでオレに向き直った。


「末娘もそろそろ婚約相手を決めていい年頃でな。どうせなら、好きな相手と結婚させてやりたいというのが親心なのだ」

「待ってください。お話は光栄ですけど、会ったことのない相手といきなり結婚というのは……」


 好意を抱かれるというのは、男として正直嬉しい。それが立場の違う王女様なら尚更……なんだけど。

 こっちはこっちでアイラたちと結婚する決意を固めたばかりなのだ。とにかく、話が急展開過ぎる!


 第一、これ以上、オレに奥さんが増えることになったら、この三人だって面白くないだろう。そう思って、アイラたちを見やるものの、その反応は予想外のものだった。


「最初は何を言っておるのかと思ったが……。いい縁談じゃのう」

「いいじゃん☆ タックン、その王女様もお嫁さんにしようよっ!」

「ワ、ワタシも賛成ですっ! 是非是非、お迎えしましょう!」


 ……えーっと……。キミタチ、自分が何を言っているかわかっているのかな?


「後継争いと縁のない、下位の王位継承者というのがいいの」

「王女様っしょ? 絶対カワイイに決まってるし! ウチが作ったお洋服、いっぱい着てもらえそう!」

「それに王族と婚姻を結ぶことで、龍人国から手厚く庇護してもらえますしっ!」


 これ以上ないほど乗り気で話を進めている三人。ちょっと、感覚が違いすぎて理解が追いつかないッス……。


「言ったであろう? 一夫多妻も、一妻多夫も珍しい話ではないと」

「こちらの世界では出会ったことのない相手と結婚するというのも、特に不思議な話ではないのだよ。……とはいえ、彼女らに反対されるようなことがあれば、ジークに変わって私が説得をと思ったが。特に問題もなさそうだな」


 三人を満足げに眺めるゲオルク。……オレとしては問題ありまくりですけどね!!


「なに、別に今すぐ娘と結婚しろというわけではないのだ」

「はあ……」

「そなたも娘がどんな人物か知りたいであろう?」

「それはそうですけど」

「そういうわけで、今後、ここには娘と一緒に遊びに来ようと思っておる。そこで親睦を重ねてからでも遅くはあるまい」


 結婚はその後でもよかろうと続けて、ジークフリートは豪快に笑った。あ、やっぱりそこの結論は変わらないんですね……。


 モテないよりモテた方が良いと、三十年生きてきて、常にそう思っていたけど。恋人ナシの状況から、一気に三人と結婚することになり、さらにそこへ王女様が加わろうとしている現状は、流石にくらっとめまいを覚えてしまうのだ。


 動揺はその後も収まることはなく。思考がまとまらない中で行われた王様との対局は、二戦やって二戦とも、一方的に攻め込まれ、負けてしまうのだった。


***


 ジークフリートとゲオルクが帰宅した後。上機嫌のエリーゼが作った、とても豪勢な夕飯(理由はお察しの通り)を終え、オレは話があると三人に切り出した。


 美しく長い栗色の髪と、透き通るような白い肌が印象的な猫人族、灰色のサイドポニーと紅の瞳、瑞々しく健康的な褐色の肌にギャルメイクが映えるダークエルフ、ブロンド色の三つ編みにふくよかな体型、とても温かく優しい印象を受けるハイエルフ。


 それぞれ種族の異なる“新妻たち”は、期待を込めた視線で、オレの話を今や遅しと待っている。


「結婚のことなんだけど」

「なんじゃ? 今さらなかったことにしてくれとか、そんなこと言うのではなかろうな?」

「違うって。そんなこと言うわけないだろ」

「そんじゃ、何かなー♪」

「えっと、挙式とかの話なんだけど」

「そうですね。準備を進めていかないといけませんね」

「うん。その準備、少し待ってもらいたいんだ」


 その一言に、三人の表情が曇る。……いやいや、そうじゃないんだ!


「みんなをお嫁さんにもらうことは変わりないし、それはすごく嬉しいんだよ。でも、おれとしてはけじめを付けてから、ちゃんと式を挙げたいというか」

「けじめ?」

「うん。樹海の開拓はまだ始まったばかりだろ? やっぱり、ある程度の道筋は立てたいんだ」

「ある程度って……。具体的には、どのぐらいを考えておるのじゃ?」

「そうだな。今やってる区画整理が終わって、水路を作ったら、かな」


 あまり先延ばしにしても三人を不安がらせるだろうし、具体的な計画を話して、期日をはっきりさせた方がいい。


 それでも多少なりの文句は言われるだろうと覚悟していたのだが。互いの顔を見合わせた三人は、暗黙のうちに意思を確認したのか、すんなりと意見を聞き入れてくれた。


「仕方ないの……。タスクも言い出したら聞かぬ男じゃからな」

「アハッ☆ でもでも、そんなところも好きになっちゃったし、しょーがないっしょ?」

「そうですね、結婚することには変わりありませんし。その日を早く迎えられるよう、私たちもがんばりましょう!」


 それぞれの言葉に、オレはほっと胸をなで下ろした。同時に、出会って間もないが、オレのことを理解してくれる相手が、こんなにたくさん出来たことへ感謝したい気持ちで一杯になる。


 そうだ、肝心なことを伝え忘れてた。結婚指輪の話もしないといけないんだった。こっちの世界でも、指輪を贈るのは決まっているらしいし、三人を安心させるためにもそのことを話さないと。


「……それでさ。結婚の証についての話なんだけど」


 オレがそう切り出した瞬間、三人の動きがピタリと止まった。……どうしたんだ?


「式はまだ先になるけどさ、夫婦のカタチは表しておきたいんだよね」

「みなまで言うな、タスク。私もわかっておる」

「おお、そうか。それはよかった」

「その……、なんというか、の。は……、初めてなので、う、上手くできるかどうか、わからんが……」

「……どうして顔を赤くして……。いや、待て。なんで服を脱ぎだしているんだ?」


 そこまで言って気がついた。アイラだけじゃなくて、ベルも、エリーゼもいそいそと服を脱ぎだしている。


「ちょ、ちょっと! ど、どうしたんだよ!?」

「どっ、どーしたも、こーしたもないっしょ! タックンのエッチ!!」

「はあ!?」

「そ、その……。タスクさんの言う、結婚の証、夫婦のカタチと、いうのは……。す、すなわち、しょ、初夜のことでしょうから……」

「いや、ちがっ。指輪のサイズを聞」

「なんじゃ、もしかして、おぬし……。服は自分で脱がせるのが好みじゃったか?」

「ちがっ! 話を聞け!」

「メッチャ恥ずいケド……。アイラっちやエリちゃんに負けないよう、ウチ、一生懸命頑張るし!」

「何をだ!!」

「さ、三人一緒ですけど……! みんな同じように愛してくださいね?」

「ちょ、何で腕を掴むっ? おい、ちょっ、そっちは寝室で、どこいく……」


 ……ええ、全裸の三人に抱えられ、そのまま寝室へ直行となったわけですが。この後のことは、割愛させていただければ幸いでございます、はい……。

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