56.結婚話
いつものように手土産持参でやってきたジークフリートは、アイラとベル、エリーゼの三人と談笑しながら、慣れた様子で来賓邸へ足を運んでいく。
田舎からやってきたおじいちゃんを出迎える、孫のような光景にほのぼのしている最中、ふと、誰かかがオレを見つめているような気がした。
振り返った先には、シワひとつない執事服に身を包んだ、赤い長髪のたくましい男性が。王様と一緒にやってきたゲオルクである。
オレと目の合ったゲオルクは、わざとらしく視線をそらし、あちこちをキョロキョロと見回した後、新設した翼人族の菓子工房へ視線を留めた。
「新たな施設のようだが、翼人族の要望で建てたのかな?」
「ええ。お菓子作りの研究をしたいということだったので。それなら、思い切って専用の工房を作ろうかと」
「彼らは甘味に目がないからね。生産系の知識もある、君の力になってくれると思って送り出したのだが」
「十分すぎるほどです。いつも頼りにしていますよ。今日は翼人族の様子を見にこられたんですか?」
「ああ、それもあるんだが……」
そこまで言うとゲオルグは口をつぐんだ。……何だろうか?
「……いや、私が話すことではないな。中でジークが待ちぼうけているだろう。悪いが今日も将棋の相手をしてやってくれ」
「はあ……」
何だか要領を得ないけど。何かしらの問題が起きたとか、悪いことじゃなければいいなと思いながら、オレたちは賑やかな声が聞こえる来賓邸へと足を向けた。
***
「おう、タスク! この前、アルフレッドからもらった果物! ものすごく旨かったぞ!」
「あ、イチゴですね。それはよかった」
「ワシの娘も大層喜んでな。また食べたいとせがんでくるのだ」
「喜んでもらえたなら何よりです。今日もお土産でお渡ししますよ」
「そうかそうか! ガハハハ! それは助かる!」
雑談を交わしながら将棋盤に向かい合うオレとジークフリート。隣で見学しているアイラは猫耳と尻尾をぴょこぴょこさせながら、焼き菓子を口元へ運んでいる。
エリーゼがお茶を運び、ベルはデッサンに夢中という、将棋を指す時にはすっかりお馴染みとなった光景なのだが、王様の付き添いでやってきたであろうゲオルクはどうにも落ち着かないらしい。
チラチラと、アイラたち三人を交互に眺め、何やら思案顔を浮かべている。ま、そりゃそうか、王様を前に寛いでいる庶民とか、考えてみれば違和感しかないよな。
振り駒が終わり、オレの先手となって、歩兵をひとつ前にパチリと進める。お互い、そんなに強いわけでもないが、序盤は陣の構築という暗黙の了解があるのだ。
後手のジークフリートが慣れた手つきで歩兵を手に取る。そして盤面を見つめながら呟いた。
「タスクよ。言っておきたいことがあるのだが……」
「なんです?」
「そなた、そろそろ結婚してもいいのではないか?」
パチリ、と盤面へ打たれる歩兵。オレは思わずジークフリートの顔を覗き込んだ。表情ひとつ変えず、盤面を睨んでいる。
「わっ、わっ!」
視線を横に向けると、アイラが落としそうになっていた焼き菓子を必死にキャッチしようとしていた。そりゃビックリするよな、オレもビックリしたし。
周りを見渡すと、エリーゼもベルも、口をポカンと開けて王様を見やっている。ただひとり、ゲオルクだけが平静を保っているようだが……。
「どうした? そなたの番だぞ?」
「いや、番だぞって言われても……」
驚いてしまって将棋どころじゃない。雑談にしてはかなり重い話題だと思うんスけど……?
「なんだ? 何を驚いておる。身を固めろと、ただ単にそれだけの話ではないか」
「それだけの話って言われても、急すぎますよ」
「そなた、三十歳といっておったろ? こちらの世界の人間族で三十歳独身というのは珍しいのだぞ?」
「オレが暮らしていた国では晩婚化が進んでましてですね……」
「それだ! ハヤトのヤツもそんなことをいって、のらりくらりと家庭を持つことを避けておったわ! まったく、アイツは、その気もないのに、言い寄らせるのだけは一方的に許しおって……」
お。何だか矛先がハヤトさんに向かっていくような……。上手く話を運べば、このまま結婚話もうやむやに。
「……だからな。そなたも領主という立場になったのだから、家庭を持ったらどうかと言っておるのだよ、ワシは」
……はい、ダメでした。うーむ、どうやら逃げられそうにないなあ。本音で話すしかないか……。
「そうですねえ。領地の開拓が進めば、いずれは」
「この土地の発展を待つ必要もあるまい。苦楽を共にしていくというのも、夫婦の醍醐味だぞ?」
「随分と家庭を持つことを勧めてきますね……?」
「なあに、ここに来ると、娘同然の可愛い三人が気がかりになってな」
ジークフリートは笑いながら、アイラとベル、エリーゼを交互に眺めやった。
「娘の意中の相手がのらりくらり暮らしているとなっては、父として心配するのも当然だろう?」
「誰が父ですか、誰が」
「冗談はさておき。どうなんだ? そなたも朴念仁というわけではなかろう?」
「……う」
気がつけば、アイラ・ベル・エリーゼの三人が期待を込めた瞳でオレを見つめている……。まいったな……。
「その……。正直、知り合って間もないですし……」
「なんじゃ、タスク! 今さら時間なんぞ、関係なかろうっ!」
そう言って勢いよく立ち上がったのはアイラだった。尻尾をピンと伸ばし、至って真剣な眼差しでオレを見据えている。
「そうだよ☆ 好きになったら時間なんか関係ないっしょ? それにウチら、ずっと一緒に暮らしてきたじゃん♪」
「わ、ワタシも、お二人と一緒で……。お互い好意を抱いていれば、そんなことは些細な問題だと……」
ベルにエリーゼも……。いや、その気持ちは嬉しいんだけどさ。
「それに、結婚するにしても、相手をひとり選ぶっていうのも」
「そなた、何を言っているんだ? こちらの世界では一夫多妻も、一妻多夫も常識だぞ?」
「確かに聞いたことはありますけど……」
「かくいうワシも妻は十人おるしな」
「……そんなに奥さんいたら大変じゃないんですか?」
ジークフリートはさらっと言っているが、オレとしては、正直、それは王様だからだろと思わなくもないのである。
不服そうなオレの態度を察したのか、ジークフリートはニヤリと笑い、ゲオルクをチラリと見やってから言葉を続けた。
「ちなみに、ゲオルクには十六人の妻がいるぞ」
「……は?」
くるりと視線を向けると、ゲオルクはひとつ咳払いをして、たしなめるように訂正した。
「ジーク、発言は正しくしてもらおう。正確には十八人だ」
「増えてるじゃないですか!!」
「ハヤト以上にモテてたからな、ゲオルクのヤツは……」
過去に何かあったのか、忌々しげに何かを口の中で呟いてから、ジークフリートは茶を一口すすった。
「それにだ。この大陸には
「何ですそれ?」
「要は、第一夫人や第二夫人といった区別をせず、配偶者は全て同等の存在とするというものだな」
「はあ」
「簡単に言えば、妻は実の姉妹のように、夫は実の兄弟のように、結婚した相手を支えていこうということだ」
なるほど。なかなか面白い習慣だな。後継を巡る正妻や側室の争いは、古来から当たり前のように存在していたし、それを無くすための習慣なのだろう。……じゃなくって!
「だ、だからといって、今すぐ結婚っていうのも……」
「これだけ言っても頷かんか。そなたに想いを寄せる、こんな美人たちがおるのだぞ? 何がそんなに不満なんだ?」
「そうじゃそうじゃ! もっと言ってやってくれ、ジーク!」
「このままだと、タックンのせいで、ウチら行き遅れちゃうかもねえ……」
「わ、ワタシ、このまま独り身で過ごすとか、すごく悲しいです……」
気がつけば、三人とも身を乗り出してるし……。……ああ、もうっ! わかったよ! みんなの気持ちも十分わかってるし、あとはオレの覚悟だけだって事もわかってたさ!
「……まったく。オレと一緒になって後悔しても知らないからな?」
この一言に、三人は瞬時に顔を輝かせていく。
「するわけなかろう? そもそもじゃ。私と一緒に暮らしたいと言っておったのは、おぬしであろうに」
「アハッ☆ ウチもウチも! タックンと一緒に暮らすのチョー楽しいモン! 後悔なんかするはずないっしょ?」
「わ、ワタシもっ! お二人に比べて日は浅いですが、誰よりもタスクさんのことをお慕いしていますので!!」
顔を上気させ、キラキラとした瞳で、真っ直ぐにオレを見つめる、アイラ・ベル・エリーゼ。ここで暮らしていくと決めた以上、遅かれ早かれこうなることは決まっていたようなもんだしな。
「うむうむ。無事に話がまとまったようで何よりだ」
ジークフリートは満足げにうんうんと頷いている。急な話題で、いささか強引だったとは思うが、踏ん切りが付いたという点で、ジークフリートには感謝しないといけないな。
まったく、恋人が出来るより前に結婚相手ができるとか、数ヶ月前じゃ考えられない事態だな。相手にも恵まれすぎているし、夢みたいな話にも思える。
何はともあれ、結婚の準備とかも進めていかないといけなくなるだろう。これからますます大変になるなとか、そんなことをぼんやりと考え始めていると、微笑みをたたえたジークフリートがとんでもないことを言い出した。
「ところでな、タスク」
「はい?」
「もうひとり、妻を娶る気はないか?」
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