55.新種の作物?
それは区画整理の休憩中、家のリビングで寛ぐオレが、何気なくエリーゼに聞いた一言が事の始まりだった。
「悪いな、畑の収穫作業、途中で抜けちゃって」
「いえいえ。アイラさんやベルさんだけでなく、他の皆さんも手伝ってくれてますので、どうぞお気になさらず」
領地で暮らす人数が増えたことで、オレ自身、やらなければいけないことが増えてしまい、作物を全て収穫するまでは手が回らないのだった。
そんなわけで、主食である『遙麦』と、特産品となりつつある『七色糖』だけは収穫に立ち会い、それ以外の物は農作物の知識が深いエリーゼをリーダーとして収穫を任せることにしたのだ。
椅子に深く腰掛けたアイラは、頭上の猫耳をピンと伸ばし、胸を張る。
「ま、私の手に掛かれば、作物の収穫など造作もないがの。狩りと違って相手が動くこともなし……」
「でもアイラさん。先程、トマトを潰されてましたけど……」
「あ、あれは完熟しすぎだったのじゃ! 決して力加減を間違えたワケではないぞ!!」
そして、誤魔化すように焼き菓子を口いっぱいに頬張るアイラ。悪気があったわけじゃなさそうだし、何も言わないでおこう。
その様子を楽しげに眺めるベルは、釣られて焼き菓子をひとつつまみながら、何かを思い出したように呟いた。
「あ、そーだ☆ アレ、どーすんの?」
「アレ? アレってなんだ?」
「ああ、そうでした。タスクさんにご報告することがあったんです」
口を挟むエリーゼの表情はなぜか暗い。何があったんだ?
「先日、タスクさんが植えた、新種の作物だという種なのですが……」
「ああ。そういやあったな、区画整理ですっかり忘れてたけど。もう収穫できてもおかしくないよな?」
「それが……」
言いにくそうなエリーゼに変わり、ベルが続ける。
「植えたタックンの前で、こんなことあんまりいいたくなんだけどサー……。何ていうか、めっちゃキモいの」
「キモい? 育った作物が?」
「うむ、私も見たことがないの。野生でもあんな気味の悪い作物はないと思うぞ?」
ベルだけじゃなく、アイラまで……。えー……、なんだよそれ、見に行くの怖いんだけど。
「気味が悪いっていうけど、具体的にどんな色で、どんな形してるんだ?」
「その、恐らく実の部分だと思うのですが。全て赤い実なのですけれど、それぞれ丸っぽかったり、いびつな形でして……」
「うんうん」
「赤い実全体に、数え切れないほどの白い粒がこびりついているんです……」
「白い粒、ねえ?」
「はい……。あまりに気味が悪いので、燃やしてしまおうかと考えたのですが、その前にタスクさんへご相談しようかと」
思い出したことで身体が震えそうになったのか、エリーゼは両腕で自分自身を抱きしめている。そこまで気味が悪いとなると、かえって見たくなるけどね。
……ん? ちょっと待て。赤い実に、白い粒がいくつもこびりついている? それって、もしかして……。
「それ、ひょっとするとオレの知ってる作物かも知れないな」
「……本当ですか?」
「うん。とにかく今から見に行ってみよう」
***
家の南西に位置する田畑の一角。野菜畑の隅までオレたちは足を運んだ。目の前には三人が言っていたであろう、無数の赤い実を付けた作物が育っている。
「えーっと、話してたヤツってこれのこと?」
「そうじゃ。……おぬし、不気味に思わぬのか?」
「いや……。思うも何も……」
若干形はいびつだが、このフォルム、そして完熟した見事な赤色の実と、その周りについている白い粒。見間違うこともなく、日本で人気の果物に他ならない。
「やっぱりな。これ、イチゴじゃないか」
「イチ、ゴ?」
「え? イチゴ知らないのか? ストロベリーのことだよ」
「ストロベリー?」
……え、マジで? こっちの世界ってイチゴないの? 三人ともキョトンとした顔してるけど……。
「似たような名前で、ワイルドベリー、レッドベリー、ブラックベリーという果物は知ってるのですが……」
「あー……、やっぱりそうか。こっちの世界にはないのか、コレ……」
どうりでソフィアとグレイスが新種の作物だって鑑定するはずだよ。確かに初めて見るなら、不気味と思うような形をしてなくもない。特に、この白い粒々はビックリするよな。
実際に食べてもらった方が話は早いし、オレもここで育ったイチゴの味は気になる。適当に育ったイチゴをいくつか収穫していくと、三人は驚きの面持ちでオレを見やった。
「えっ! タスクさん、そんな不用心に!」
「不用心って……。大丈夫、美味しい果物だよ」
「ホントぉ? そんなこといって、タックン、ウチらのこと騙そうとしてんじゃない?」
「ウソじゃないって! ほら、すっごく甘い匂いするじゃんか! 嗅いでみ?」
言うと同時に一歩後ずさる三人。……仕方ない、これは目の前で大丈夫だと言うことを証明しなければ。
そんなわけで、早速、収穫した内の一個を口へ放り込む。いただきまーす!
もぐもぐもぐ……。
「う……」
「……う?」
「旨いっ!! うわ、日本で食べるイチゴよりメッチャ甘いぞ!!」
「……え?」
「すごいな、これ! 無茶苦茶美味しいっ! イチゴってこんなに甘かったっけ!?」
試食のつもりだったのだが、あまりの美味しさに、収穫したイチゴを次々に口へと放り込む。いや、ホント、こんなに美味しいイチゴ、日本でもなかなかお目にかかれないと思うんだけど!
興奮気味にイチゴを食べ進めている最中、オレの袖を引っ張る三本の手が。
「「「じ~……」」」
言うまでもなく、アイラ・ベル・エリーゼの三人である。わかったわかった、みんなの分もちゃんと残しておくから。まったく、大丈夫だとわかった瞬間に現金だな、君たち……。
その後、生まれて初めて味わうイチゴの美味しさに感動した三人が、育っているイチゴを全て食べ尽くそうとしていたのを、何とか止めたのは言うまでもない。また育てるから、ガマンしような! な!?
***
それからさらに数日後、今度はまとまった数のイチゴを収穫できたので、他のみんなにもお披露目を兼ねた試食会を開くことにした。
やはりワーウルフも翼人族も、イチゴについては知らなかったようで、博学で知られる魔道士たちもアイラたちと同じ反応を示していた。ま、初めて見る知らない食べ物は、誰でも不思議に思うよな。
とはいえ、違和感は一瞬で解消されることとなった。実際に口へ運んだ直後の、みんなの揃いも揃って輝いた瞳と、我先に二個目のイチゴを奪い合う手のスピードたるや。いやはや、スゴかったね。
ちなみにその場にはアルフレッドもいたのだが、やはりというか予想通りというか、イチゴも商品として卸して欲しいと熱望された。
「こんなに美味しい果物は食べたことがありません!! すぐに人気が出ますよ!」
熱弁を振るう龍人族の商人だったが、思うことがあって、返事は保留にさせてもらった。
理由はいくつかあるのだが、『遙麦』や『七色糖』を取引してからというもの、それがキッカケとなって起きた出来事が多いことに、オレは引っかかるものを感じていたのだ。
この上、新種の作物としてイチゴが出来たとなっては、またこれをキッカケに、何かしらのイベントが襲いかかってくるかもしれない。
オレの願いはここで穏やかにスローライフを送りたいだけなのだ。……若干、手遅れな気がしないでもないが、これ以上の面倒ごとはゴメンである。
そんなわけで、残念がるアルフレッドには申し訳ないが、この場での明確な返事は避けることに。
ただ、個人で楽しむ分には良いだろうと、アルフレッドへのお土産分と、それとは別にジークフリートとゲオルクへお裾分けするため、結構な量のイチゴを持たせることにした。
そして少し肩を落とした様子のアルフレッドを見送った、その二日後。今度はジークフリートとゲオルクが揃って領地へやってきたのだった。
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