54.媒体の試作と種子の構築

 魔道士たちが生活を送る家のリビングでは、アルフレッドとグレイスが待ち構えており、二人の前には頼んでおいた素材の数々が並んでいる。


「お待ちしていましたよ、タスクさん。実際に魔法石作りを見せていただけるということで楽しみにしていたんです」

「アルフレッド……。何をソフィアに吹き込まれたのかわからんけど、あくまで魔法石の媒体を試作するだけだぞ? あまり期待されても困るんだが」

「もぅ、タスクさんたら謙遜しちゃってぇ。媒体の代替品作りができるだけでも、相当スゴイのになぁ」


 猫なで声で話し出すソフィアは、余所行きの笑顔を浮かべ、さりげなくアルフレッドへ近寄っている。……オレはお前のその隙のなさがホントに怖いよ……。


 対するアルフレッドは、今日もボサボサ頭にメガネとスーツという、いつもと変わらない出で立ちである。今のところ、ソフィアのことは何とも思っていないようだけど、王様の前でも同じ格好を貫き通すほどの男なので、意中の女性がいたところで身だしなみに気を遣うのかどうかは怪しいところだ。


「突然で申し訳ありません、タスク様。ソフィア様がどうしてもと……」


 二人の様子を眺めながら、そっと耳打ちするグレイス。言い出したら聞かなそうだしな、仕方ないと思おう。


 しかし……。相変わらずというか、何というか。


「今回も怪しげな素材が揃いに揃ってるな……」

「ええ。アルフレッド様が一級品の物を取り揃えてくれまして」


 目の前に広がる様々な素材を前にして、満足げなグレイスの表情と対極的に、オレはウンザリとした思いに浸っていた。

 魔法石の媒体の代替品を作る。それはいい。研究の手伝いをするということも約束した。……したんだけど。


 こう、見るからにモザイクが掛かってそうなエグい素材とかが一杯あってですね。


「……あの、うにょうにょ動いてる、カラフルな尻尾みたいなのはなんなの?」

「アレは発光ミミズですね」

「……マジで? ミミズなの? 三十センチぐらいの長さがあるけど……」

「ええ。あそこまで大きくて鮮度のいい物はなかなかお目にかかれません! 流石はアルフレッド様です!」


 ソウデスカー、ソレハヨカッタデスネー(棒読み)。


 えー……、なぜオレがこんな気乗りしないのか、皆さんにご説明しようと思うのですが、致命的な問題が試作の方法なんですわ。


 順を追って、そのやり方を説明するとですね。


・ソフィアとグレイスが、これと思った素材を選抜。

・それらの素材を、オレが直接素手に持って構築ビルドする。

・構築した物が媒体の代替品になりうるか、ソフィアとグレイスが鑑定。

・結果をまとめて、上手くいかなければ、最初から。


 ……と、こんな感じになるワケでしてね。もう、見るからに怪しい黒魔術の素材を、素手で触る時点でハードル高過ぎなんですよ。


 アレです。子供の頃に昆虫採集とかで、セミとかクワガタを素手で触っても大丈夫だったのに、大人になるとバッタを触ることすらビビっちゃう、みたいな? 感覚的には同じなんだけど、難易度はそれの百倍以上っていうか……。


 もう、メチャクチャ元気にうにょうにょ動いてるあのミミズを素手で触るとか、マジで精神が死ねるんですが……。グレイスたちは普通だし、オレがおかしいだけなのか……?


 流石に気乗りしない様子に気付いたらしい。グレイスはおかしそうにクスクス笑ってから、オレに向き直った。


「大丈夫ですよ、タスク様。流石にあの発光ミミズを、そのまま触れていただくなんてことはありませんから」

「だ、だよなー。いやあ、流石にビックリしたわ。アレを素手で掴むってなかなか厳しいっていうか」

「ええ、ご安心ください。私が直接ミミズを切って、手頃なサイズにしてからお渡ししますので」

「……は?」

「切り立てなら鮮度も変わりませんし、構築には影響もないでしょう」

「……へ?」

「そうそう。切ってしまうと、ミミズの動きが激しくなってしまいますが、特に害はないのでご心配なく」


 はーいっ! ものすっごく嫌なんですけどー! うわー、すげえいい顔してるじゃん、グレイス。どこから持ち出したのさ、その鋭利な刃物は!


 アルフレッドも興味津々って顔でこっちを見てるし、ソフィアは笑顔だけど、目だけ笑わずこっち見てるし。逃げられないんだろうなあ、今回も……。


 はあ……。約束してしまったからには仕方ないよな……。代替品が出来ることで、魔法石が作れて、みんなの暮らしが良くなることに繋がるなら、オレが嫌な思いをすることなんて些細なことだもんな、うん!


 明るい未来のために、今日もいっちょ覚悟を決めて、試作に取り掛かるとしよう!


***


 二時間後、そこには魔法の進歩に寄与した男の、精根尽き果てた姿があったのだった――。


「だ、大丈夫ですか、タスクさん?」

「へへ……。おやっさん、燃えたよ……燃え尽きた……真っ白にな……」

「は? おやっさん?」


 我に返ると、そこには心配そうな顔をしているアルフレッドが。代替品の試作をしすぎて疲れ切ってしまったらしい。知らないうちに、椅子へ腰掛けて脱力していたようだ。


「ああ。悪い悪い、アルフレッド。いつの間にかぼーっとしてた」

「それはいいのですが……。構築ビルドのしすぎでお身体に負担が掛かったのでは?」

「いや、それは特にないんだけど……。どっちかっていうと、精神的な負担かな……」


 目の前では構築の結果で出来上がった物を前に、ソフィアとグレイスが真剣な眼差しで検証をしている。くっそぅ、ソフィアのヤツ……、アルフレッドがいるから張り切りやがって。


 いつもは一時間ぐらいで終わる試作が、今回は倍の二時間だぞ? 気味の悪い物を触る俺の気持ちも考えて欲しい。


 しかも、だ。うにょうにょとか、ブニブニとか、グニャグニャとか、多種多様な未知の生物やら素材をだね、素手で触ることに堪えて構築した結果、物体も何も作れずに、ただ黒い塵となって消えていくことも多々あるわけだ、これが。


 魔法に精通しているソフィアたちにしてみたら、そういう現象は特に不思議なことではないらしいのだが、いろいろなことにガマンしながら構築しているオレとしてみたら、結果が出ないことへの心理的ダメージが大きいわけで。


 ようやく出来上がった物体も、黒っぽいやら茶色っぽいやらで、形も妙にいびつだし、明らかに失敗作だと思うんだよな……。


 やれやれ、この分だと代替品の研究はしばらく終わりそうにないな。深くため息をついていると、一通りの作業を見学していたアルフレッドが口を開いた。


「しかし、タスクさん、お話は伺っていましたが、なかなかに興味深い能力をお持ちですね。構築ビルドでしたか。異邦人は皆、同じ能力を使えるのですか?」

「さあ、どうだろうな? ハヤトさんが同じ能力使ってるなら、王様がとっくの昔に話してくれているだろうし」


 ま、ジークフリートも秘密にしておきたいことはあるだろうし、よくはわからんけどさ。


「実際に拝見させていただいたわけですが、正直に言って驚きですよ。既存の物から、見たこともないものを生み出してしまうわけですからね」

「言われてみれば確かになあ。『七色糖』も、色んな種を混ぜ合わせて構築した偶然の産物だし」

「次に作られたいと話されていたのは、確か『コメ』でしたか」

「そうそう。『七色糖』みたいにできたらいいなってさ」

「本日も様々な作物の種子や苗をお持ちしましたが。お疲れでしたら、それらの構築は別の日にされますか?」

「いや、ついでだし、いまやっちゃおう。領地の区画整理を始めちゃってさ、時間を作らないと種子の構築できなそうなんだよな」


 立ち上がって背伸びをするオレに、アルフレッドは頷いて応じる。そして空中にいつもの鞄を出現させ、中からいくつかの苗と種を取り出してみせた。


「こちらが野菜類、こちらが果物類、それぞれ苗と種子をご用意しました。何がどの作物かご説明しましょうか?」

「いや。狙って出来るような物でもなさそうだしな、適当に選んで構築してみるよ」


 差し出された種子の中からいくつかを手に取り、オレは両手を併せて、いつものように呟いた。


構築ビルド


 そしてゆっくりと手を開く。この時点で何かしらの物体が出来上がっていれば成功なのだが……。

 手のひらの種子は無事に変化したようだ。白い小さな粒状の種が五粒生み出されている。


 で。問題はここから。構築の結果、見事出来上がった種子だけど、これが新種の作物かどうかはまた別の話になるのだ。


 具体的にいうと、ソフィアとグレイスに種子の鑑定をしてもらい、既存の作物の物であるかどうかを確認してもらう手順が待っているわけで。

 ちなみに、過去に構築してきた種子は、すべてが現存する何かの作物という鑑定結果で、その度に新種の作物を生み出す難しさを痛感するのだった。


 こうなってくると『七色糖』は偶然ではなく、奇跡の産物なんだなって思えてくるよ。今回のこの種子だって、見た目普通だし、既存の作物の可能性が高そうだよなあ。


 そんなことを思いながら、ソフィアとグレイスに鑑定を頼んだ結果。なんとビックリ、予想外の反応が。


「これは……。アタシの知識では鑑定できない作物の種子ね……」

「ええ、私の知識でも鑑定できません。恐らく新種の作物だと思うのですが……」

「……マジで?」


 え? ウソ? 適当に選んだ種子の組み合わせであっさり新種が出来ちゃうモノなの?


「新種の作物っていってたけど、穀物か野菜か果物か、その判別も難しい?」

「そうですね……。何かしらの作物ってことでしか、現時点では何とも申し上げにくいですね……」


 そうなってくると、それはそれで何か怖くなってくるな……。米が出来てくれるのが一番嬉しいんだけど、何か毒になりそうな不気味なモノが育っても困るし……。


「仮に、そんな恐ろしい作物が育つとしても、私とソフィア様にお任せください」


 不安げに種子を眺めやっているオレに、グレイスはそう前置きして、さらに続けた。


「私もソフィア様も爆炎魔法を得意としております。塵ひとつ残さず、作物ごと燃やし尽くしますのでご安心を」


 胸を張るグレイスを見ながらオレは思ったね。できれば、もう少し安全な方法でお願いしたいと。


 まあ、結局のところ、育ててみないことにはわからないもんな。『七色糖』みたいな奇跡が起きてくれればいいんだけど。


 そんな淡い期待を込めて、種子を畑に植えたのだが……。数日後にオレを待っていたのは、落胆したエリーゼからの報告だった。

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