53.牛違い、それから区画整理

 酪農と養蜂に関しては、オレだけでなく、他のみんなも知識がないことで二の足を踏んでいたのだが、翼人族には、どちらもノウハウがあるそうだ。

 飼育と収穫の両方を任せてもらいたいというロルフたちの言葉に甘え、必要な資材などを別途アルフレッドへ頼むことにした……のだが。


 ここで問題、というか、オレとロルフたちとで見解の相違が発覚した。以下、その時の会話である。


「いやー、でも楽しみだなあ。酪農を始めたら、絞りたての牛乳が味わえるってことだもんな」

「……は? 牛乳、ですか?」

「……え? いやいや。酪農だったら牛だろう? もしかして、こっちは牛乳飲む文化がないのか?」

「いえ、その……。こちらではヤクのミルクが一般的でして」

「ヤク?」

「ご存じないですか? 全身、黒い毛で覆われた動物なのですが」


 そう言われてもピンとこないので、ヤクを知っているというエリーゼにイラストを描いてもらったところ、頭からツノが二本生えている、全身は毛むくじゃらの牛の一種だと判明。


 ……あー。これ、アレだ。チベットとかネパールとか、海外のドキュメンタリー映像で見たヤツに似てるな。そうか、こっちの種類の牛が一般的なのか。


 以前からアルフレッドへ頼んでおいたバターとチーズに、なんか独特の風味があるなあとは思っていたんだよ。ミルクに関しては、ちゃんと「牛乳」って注文していたから、味に違和感はなかったんだけど。


 恐らく、バターとチーズはヤクのミルクから作ったものが届いていたんだな。なるほど、道理で味が違うはずだわ。


「ん? すると、こっちの世界では、牛はあんまり育てないのか?」

「そうですね。大陸の中でも、牛を育てている地域は少ないかと。龍人族の国以外だと、エルフの国だけでしょうか」


 そんな理由で飼育されている頭数も少なく、牛肉は高級品扱いらしい。ま、あれだけ美味しければ高級でも仕方ないかと思わなくもない……けど。


 できればこの領地内では牛乳と牛肉を生産したいなあ。牛革も使えるし、優秀な家畜なんだけどね。


 ヤクを飼うことに相当ためらっていたのか、牛が相当に恋しかったのかわからないが、自分でも気付かないうちに、苦悶の表情を浮かべていたらしい。

 ロルフとエリーゼはオレの顔を見て苦笑いし、それから、どちらともなく「大丈夫ですよ」と続けた。


「我々翼人族は、ヤクだけでなく、牛も飼育経験がありますので。どうぞご安心ください」

「ワ、ワタシも牛さんのことなら、ちょっとはわかりますので! 乳搾りも出来ますしっ!」

「ふ、ふたりとも……。ありがとう!」


 ……我ながら、食べ物に対する執着が恐ろしいなとは思いつつ。とにもかくにも、牛で酪農を始めることに決定。


 あとは準備を整えていくだけ! ……なのだが、どうせならやっておきたいことがあるので、この際、まとめて一気に片付けてしまおうと思う。


***


 やっておきたいこと。それは区画整理だ。


 広い草原の中心へ「豆腐ハウス」を作って以来、用途に合わせて、敷地の拡張や住居の建築、畑を作ったりなど、色々やってきたわけなのだが。

 持ち前の性格が災いしてか、行き当たりばったりで進めてきたため、かなり雑多になっていたのが気がかりだったのだ。


 翼人族が加わったことで人手が増えたこともあり、今後のことを考えて、住宅地や田畑などは区画ごとに分けてしまうことに。

 とはいえ、あまり大事業になっても他の作業に支障をきたしてしまう。とりあえず、現状作ってある施設や建物はそのままに、こんな感じで進めていくことにした。


***


・中心地……オレの家がある場所。ここが基点。


・東部……住宅地。ワーウルフの家と翼人族の家が並び立ち、その向かいには、ソフィアとグレイスたち、魔道士の家が建っている。


・北東部……水路予定地。貯水池などはここへ設置する。


・北西部……家畜地域。エビの養殖に使っているため池から西側に鶏小屋がある。酪農と養蜂もここで行う予定。


・西部……作物地域。区画ごとに作物の種類を分ける。一番大きいのは主食である『遙麦はるかむぎ』の畑だ。縦十メートル、横六十メートルの畑が合計八列ある。

 同じ大きさの畑を他にも十二列作って、その内の四列ずつを『七色糖ななしょくとう』と綿花の畑に、残りの四列は野菜類の畑にする。果樹園は野菜畑の南側へ用意した。


・南部……来賓邸と製菓工房(兼、翼人族の住宅)がある。海に面しているので、近日中に本格的な漁業を始めたい。


***


 ……とまあ、計画を立ててみたところで思ったね。気の遠くなる作業だな、これ。いや、いくら今ある建物とかはそのままにしておくっていったところで、やること多過ぎだろ……。


 とはいえ、あちこちに作物の畑が散らかっているのも、なんか嫌なんだよなあ。ゲーム中でも、整地や区画整理、それに伴う引っ越し作業は時間を掛けてキチンとやっていたしね。

 いや、思い出すんだ、オレよ。どんなに面倒なことでも、「LaBO《ラボ》」のゲーム中なら喜んでやってたじゃないかっ……! 区画整理、何するものぞっ!


 ほら! 早速、区画整理の作業を開始したガイアたちを見るんだ! 重労働にも関わらず、ものすごくいい表情かおしてるじゃないかっ!


「いいですぞ! 筋肉切れてますぞー!」

「ナイス! ナイスバルク!」

「大胸筋が喜んでる!」

「上腕三頭筋が輝いてるよ!!」


 ……うん。あそこまでハイになられても、ちょっと困るな。意味もなくポージングしたり、必要以上に筋肉を誇示してるし……。


 なんにせよ、幸い、オレには構築ビルド再構築リビルドの能力がある。せめて、みんなの負担が少しでも軽くなるよう率先して作業に取りかかろう!


「やる気を出しているところ、ジャマして悪いんだけどぉ」


 闘志をたぎらせる最中、けだるそうな声に振り返ると、そこにはメイクをバッチリ決め込んだソフィアの姿が。


「……アレ? どうしたんだ、ソフィア。珍しくフル装備じゃんか」

「もぅ、相変わらずダメダメさんだなぁ、たぁくんは。翼人族の人も暮らし始めたじゃない。待望のオトコの住民がきたのよ?」

「はあ」

「将来のダンナ様候補がいるかもしれないしぃ? めかし込んでおいたら、向こうから声をかけてくるかも知れないでしょ? オシャレはしておかないとねえ」

「それはそれは感心だな」


 翼人族の間でソフィアを奪い合うような、血みどろの争いが繰り広げられないことを願うばかりだ。狭い領地内でサークルの姫的存在になられても厄介なだけだし。


「で? 唐突にどうしたんだ?」

「あのねえ……。唐突も何も無いのよ、たぁくん。約束、ちゃんと守ってもらわないと」

「約束?」

「媒体の試作! もぅ、やっぱり忘れてるじゃない」

「……あ。ああ、そうだったな。あれ? でも今日じゃないよな?」


 魔法石の媒体の代替品を作るための研究。一週間に一度のペースでやっていくって話していたけど……。


「つい今し方、アルフレッドさんが頼んでいた物を持ってきてくれたのよ。グレイスが確認してるトコ。……でね?」


 穢れを知らない少女のような笑顔を浮かべ、ソフィアは言葉を続ける。


「アルフレッドさんが試作する様子を見たいって言ってたから、じゃあ、たぁくん連れてきて今日やっちゃおうってなったワケ」

「何だ、やっぱり今日じゃなかったのか」

「いいのよぅ予定なんて。大事なのは、アタシがアルフレッドさんの前で良いところを見せるってことなんだから」


 ムチャクチャ不純な動機で予定を変えられてもなあ。意中の異性に、付与魔術師として格好いいところを見せたいという気持ちはわからんでもないが……。


「ほらぁ、早くきて!」

「お、おい! 引っ張るなよっ!」


 返事を待たず、オレの腕をつかんでソフィアは駆けだした。ま、区画整理は時間が掛かるし、その前に研究の手伝いを予め終わらせておくのもいいかな。


 そんなことを考えて、アルフレッドとグレイスの待つ場所へと足を運んだオレだったのだが。


 ――結果として、『アレ』を作り出すことになるなんて、この時は思いもしなかったのである。

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