52.甘味狂と工房作り

「お、お菓子作り?」


 子供のように目をキラキラと輝かせながら、翼人族は鼻息荒くオレを取り囲んでいる。


「はい! お菓子作りです!」


 迷いのない真っ直ぐな声でロルフは繰り返す。どうやら、聞き間違いでも勘違いでもないらしい。


「なんでまたお菓子作りを?」

「実は我々、翼人族一同、揃いも揃って大の甘党でして」

「はあ」

「それでこそ、大陸中を飛び回っては、甘味との新しい出会いを求めている日々なのですよ」


 ロルフ曰く、古来から翼人族は神への捧げ物にお菓子を用意していたそうだ。神に少しでも喜んでもらうため、選び抜かれた甘味を用意しようと試食を惜しまなかった結果、翼人族は根っからの甘党になり、その名残が今でも残っているらしい。


 何となくだけど、ロルフたちの祖先が甘党ということを正当化するために、後付けで理由を考えた気がしないでもない。……まあ、それはとりあえず置いておこう。


「でもさ、オレ、プロじゃないし。教えられることなんてないと思うよ?」

「何を仰いますかっ! タスク様が料理好き、さらにその腕前もプロ級だということは伺っておりますっ!」

「って言われても、趣味の範囲でしかやってなかったしなあ?」

「それにタスク様は異邦人。我々が知らない調理法や甘味のレシピをきっとご存じだろうと。賢龍王様も太鼓判を押されましたし!」


 ……あー、ジークフリートにラーメンとかエビフライご馳走しちゃったもんな。ハヤトさんは料理がからっきしだったっていうし、ちょっとした日本食を作った程度でも太鼓判押されちゃうか。


「我々は甘味を食べることだけでなく、作ることにも情熱を捧げているのです。知っている範囲内で構いません! タスク様のお菓子に関する知識を教えていただけないかとっ!」


 代表してロルフが頭を下げたと思いきや、残りの翼人族がお願いしますと声に出しながら、次々に頭を下げていく。いやはや参ったね、こりゃ……。


 振り返って考えてみると、こっちの世界に来てから口にしたお菓子のバリエーションって確かに少ないよなあ。


 料理上手なエリーゼが作るお菓子は、ビスケットやクッキーみたいな焼き菓子だし。それも材料が揃ってないからかと思っていたけど、ジークフリートがお土産で持ってくるお菓子も焼き菓子ばっかりだったしな。よくてもメレンゲを焼いたヤツとか。


 元の世界でも甘味のレシピが発展したのは、贅沢品だったバターや砂糖などが一般に出回った十六世紀以降だって聞いたことあるし。こちらの世界はまだまだバリエーションが少ないのかも知れない。


「わかった。オレの知っている範囲内で良ければ教えるよ」

「本当ですかっ!?」

「うん、オレも手軽にお菓子が食べられるようになれば嬉しいしね」


 労働で疲れた時に甘いものがあると嬉しいし、材料次第では洋菓子だけでなく、和菓子が食べられるようになるかもしれない。食生活が豊かになれば、その分気持ちにも余裕ができるというものだ。


 こんなことでも喜んでくれるなら教え甲斐があるなと、わぁっと歓声を上げる翼人族を眺めやりながら、オレは伝え忘れていた大事なことを思い出した。


「そうだ、肝心なことを忘れてた」

「何でしょうか?」

「みんなの家を用意したことはしたんだけど、寝室が二十人分でさ。残りの人たちは別の家が出来るまで、来賓邸で暮らしてもらっていいかな?」

「構いませんよ。住居がなければテントで暮らそうとも考えていましたので」

「仲間になる人たちに、そんな辛い思いをさせないよ。今から案内するから」


 お菓子のレシピを教えてもらうのがよほど嬉しかったのか、翼人族は上機嫌でオレの後についてくる。うーむ、あまり期待されてもな。すでに知ってるもので、ガッカリされても困るし……。


「なあ、ロルフ。お菓子作りもするって言ってたけど、どんなものを作るんだ?」


 案内する道すがら、雑談のつもりで話を振ったが、ロルフの食いつきは予想以上だった。


「そうですね! やはり定番は焼き菓子でしょうかっ。材料としては細麦の粉と砂糖、ミルクにバター、蜂蜜あたりをよく使いますね。あとは木の実などを混ぜることもあります」

「そうか、日持ちのするもの中心なんだな。クリームを使った生菓子とかは?」

「クリーム、ですか?」

「うん。カスタードクリームとか」


 オレのその一言に、翼人族全員が足を止める。……あれ? なんか気に障ることをいったかな?


「タスク様……」

「は、はい?」

「その。カスタード、クリームというのは、どのようなお菓子で……?」

「ああ。卵黄と砂糖、ミルクとバターを鍋に入れて熱しながら混ぜ合わせたクリー」

「タスク様っ!!」

「は、はいっ!?」

「今から、その、カスタードクリームというのを、作っていただけないでしょうかっ!?」


 気がつくと、翼人族全員が興奮している。……えっと、ですね。


「あの……。とりあえず、みんなの家を案内し」

「住むところとか、本当、どうでもいいですからっ!! まずはそのお菓子をっ!!」

「……どうでもよくないし、一旦みんな落ち着こうか」


 かくして、甘味狂……じゃなかった、大の甘いもの好きである、ロルフたち翼人族三十名が、新たな領民として加わることになったとさ。


 ちなみに。カスタードクリームは材料のミルクがないということで、この日は諦めてもらったものの、みんなの落胆っぷりが半端ではなく。


 翼人族のテンションを上げていくことに苦労したのはここだけのヒミツだ。


***


 さてさて。翼人族のために用意した住居が足りず、もう一軒、家を建てることになったのだが。


 せっかくなら実際に暮らす人の意見を参考にしようと、色々話を聞いた結果、製菓工房を作ることになりました。……ええ、何を言ってるのかわからないでしょう? でも、仕方ないんスよ……。


 雑談のつもりで話を振ったら、テンションだだ下がりしちゃったもんで、せめてここでのこれからの暮らしがよりよいものになるよう希望を募ったところ、お菓子作り専用のスペースが欲しいと。しかも翼人族全員一致で。そりゃあ、こっちも飲まざるを得ないわけですよ。


 そんなわけで来賓邸の向かいに、住居兼工房を建てることになりまして。石材で三階建てという、来賓邸より広くなっちゃってるんですが、そこはそれ、ご愛敬です。


 一階部分は工房、二階から上が住居スペースを設けることで、内装も実用的なものになっているし、豪華さでいうなら、まだまだ来賓邸の方が上なのですわ。


 そうそう。この住居兼工房作りから、早速ロルフたち翼人族に手伝ってもらうことにしたんだけど、開拓に名乗りを上げるだけあって、戦力としては非常に頼もしく。


 こちらが指示を出さなくてもテキパキ働いてくれるので、非常に助かるな、と。それこそ、甘いもので我を忘れるという、ウィークポイントも些細なことに思えるほどに。


 ……で。住居兼工房作りと併せて、ロルフたちから追加の要望があったんだけど。その内容はオレも考えていたことだったので、迷わず賛成し、近日中に用意することを決めた。


 酪農と養蜂の導入。すなわち、ミルクと蜂蜜を生産するのだ。

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