51.翼人族のロルフと願い事

 翼人族よくじんぞくは、背中から生えている真っ白な翼以外に身体的特徴がなく、正面だけなら普通の人間となんら変わらないようにも思える。


「祖先はもっと大きな翼を持っていたそうですが、代を重ねるごとに、少しずつ小さくなっていったみたいですね」


 天使を思わせる純白の美しい翼を物珍しく眺めているオレに語りかけたのは、男女三十名の翼人族を束ねるリーダーで、モスグリーンのショートヘアをしている、ロルフという二十歳の若い男だった。


 自己紹介をする前に、観察するような視線を送ってしまったことを慌てて詫び、改めて名乗るオレへ、ロルフは気にしてませんよと応じてくれた。


我々翼人族と初めて会う方は、皆、同じ反応をされますので。慣れております」

「こちらこそすまなかった。言い訳がましいと思われるかも知れないが、見事な翼だったので、つい見惚れてしまって」

「ありがとうございます。初対面の方にそういってもらえると嬉しいですよ。翼人族にとって、翼を褒められることは、何よりも誇らしいことですから」

「そうなのか?」

「ええ。伝承によると、我々の遠い祖先は天上界で暮らしていたという天使の一族でして……」


 その中でも、より大きく、より白く、より美しい翼を持つ者だけが、神に近い職につくことを許されていたらしい。

 そういったわけで、当時から翼を褒めることは最上の賞賛で、それは現在でも同じだそうだ。何でも異性を口説く際にも、まず翼を褒める、と。


 へー、なるほどねえ。異文化というのは面白いなあ。……いや、それはさておきだ。オレとしては、こんなに大勢の翼人族がくるのは予想外だったんだけど。


「ゲオルク様から、『黒の樹海』を開拓されている方がおられるという話を伺いまして。働き手を募集されているということでしたので、我々が立候補した次第なのです」

「そうだったのか……。勉強不足で申し訳ないが、龍人族の国に翼人族が暮らしているのを知らなくてね」

「その疑問はごもっともです。多様性を受け入れる自由な国ではありますが、国民の七割方は龍人族、残りの三割がそれ以外の民族という構成ですので。ご存じなくても不思議ではありません」


 多民族国家、ということか。開明的な考えのジークフリートなら、少数民族も受け入れるような体制を整えるだろうし、不思議じゃないな。


 それにしても、だ。大きな疑問がひとつあってだね。


「しかし、いいのか?」

「何がでしょう?」

「見ての通り、発展途上の不便なところだぞ? 開拓を手伝ってくれるのはありがたいけど、住み込みで働くとなっては不自由な場所だと思うんだけど」


 懸念材料は最初に伝えておいた方がいい。働く上でのモチベーションにも繋がるし、ここで実際に生活を送り始めて、話が違うって言われても困るしな。


「ご心配なく。過酷な土地だということは伺っておりますし、そのことは我々も知っていましたから」

「知っていた?」

「ええ。何を隠そう、この『黒の樹海』は、我々の先祖が開拓しようとして出来なかった、因縁の土地なのですよ」


***


 以前、ゲオルクも言っていたが、ここ『黒の樹海』一帯は、他国との国境に面した土地として知られ、昔から何度となく交易都市建設の案が立ち上がっていたそうだ。


 他国との貿易拠点を作り出すべく開拓に名乗りを上げたのが、ロルフたちの曾祖父母にあたる翼人族だったらしい。


「しかしながら、開拓に訪れる者すべてが、天災に見舞われまして……」


 集中豪雨に森林火災、狙い澄ましたようにやってくる大型の台風、百年に一度あるかないかという大地震……などなど。ありとあらゆる災害に直面し、諦めざるを得なかったと。


「以来、何度となく翼人族が名乗りを上げては、ここを開拓すべく、意気揚々と乗り込んできたのですが……」

「その度に、同じような目に遭った、とか?」

「その通りです。そのような理由から、ここは『呪われた大地』と言い伝えられておりまして」


 マジか、おい……。過酷な土地だというのは何となく知っていたけど、そんなにハードモードな環境だったとは。

 災害が怒濤のように襲いかかってくるとか、そりゃ『呪われた大地』って言われてもおかしくないよなあ。


「というわけで、この土地を開拓するのは翼人族の悲願といっても良いのですよ」

「因縁の土地か。……しかしなあ、そんな話を聞いちゃうと、オレがそんな目に一度も遭っていないことが不思議なんだよな」

「ええ。一族の老人たちも言っていましたよ。昔、自分たちをあれだけ酷い目に遭わせたというのに、神はどういう気まぐれを起こしたのかと、ね」

「それは……。何というか、申し訳ない……」


 どんな言葉を返していいのか迷っているオレに、ロルフは苦笑してみせる。


「いえいえ。もしかするとタスク様に神のご加護があるのかも知れませんしね」

「ご加護?」

「ええ。タスク様は異邦人と伺っております。我々の想像もつかないような、人知を超越した力を持ってらっしゃるのではないかと」

「うーん……、考えたこともない」


 何せこっちは無神論者。神様なんぞ信じないしなあ。むしろ、信じてないのにそんな加護をもらっていたとなっては、かえって申し訳ない気がするし。

 面倒なことに巻き込まれず、ここを自由に開拓して、気楽に暮らしていいだけなんだけどな、なんて考えを巡らせていると、目の前に差し出される手がひとつ。


「ともあれです。我々、翼人族一同、微力なれど開拓のお力添えをさせていただきます。何なりとご用命いただければ」

「ありがとう、助かるよ。こちらこそよろしく頼む。不便なことや要望があれば、遠慮なく言ってもらえれば……」


 握手を交わし、今後について話そうとした矢先だった。オレの言葉尻を遮るように、ロルフは身を乗り出し、真剣な表情に変わっている、それだけではない。残りの翼人族もずいっと身体を寄せてくる。……な、なんだ?


「ど、どうしたの?」

「……タスク様。早速なのですが、我々のお願いを聞いていただけますでしょうか?」

「な、なんだろう?」

「我々一同、この願い事を叶えていただければ、身命を賭してもタスク様へお仕えする所存……」


 ……え゛っ? なに、そんなシリアスなお願い事なんスか? 事と次第によっては、オレも色々と考えをまとめないといけないのですが……。


 というか、身命を賭して仕えるとか、そういうヘビーなの嫌なんですけど! 領主とは言え名ばかりだし! オレはここでのんびりスローライフを送りたいだけなのっ!


 何を言われるのだろうかと心臓をドキドキさせながら、相手の出方を待っていると、ロルフは期待を込めた瞳でオレを見据え、そして、力強く言い放った。


「我々にお菓子作りを教えていただけないでしょうかっ!!」

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