50.ゲオルクの閃きと人手の増加

 王が自分の統治下である領地へ視察に訪れるという行為、これには問題がない。しかしながら、ひとつだけの領地を集中的に訪れるというのは問題で、視察に赴くのであれば、全ての領地を等しく訪問しなければ、他の領主たちに不信感が生じる。


 ではどうするか。答えは明確で、このタスク領へ定期的に視察へ来なければならない理由を作ればいい。片手を上げたゲオルクはそう言って、オレとジークフリートを交互に眺めやった。


「理由、ですか?」

「そう、理由だ。この際、君の立場を利用させてもらおう」

「立場も何も……」


 単なる辺境の一領主にしか過ぎないんですけど、と、応じようとしたオレを制するように、ゲオルクは苦笑している。


「タスク君。肝心なことを忘れているようだが、君は異邦人だろう?」

「ええ、そうですけど」

「ハヤトの活躍のお陰で、こちらでは異邦人という存在は半ば神格化されていてね。ある種、信仰の対象となっているといってもいいぐらいだ」

「……マジですか」

「その異邦人が、辺境にある『黒の樹海』を治めることになった。まずこの話を国中に認知させる」


 ……できれば大人しく生活させてもらいたいんですが。そう言いたいところだったんだけど、身を乗り出して話に耳を傾けているジークフリートの前では、なかなかに厳しい。


 ゲオルクは更に話を続けた。


「幸いなことに、ここは他国との国境に面した土地だからね。北のエルフ国、北東の獣人国、東のダークエルフ国と人間たちが治める諸王国。これらの国々との貿易地点として考えるなら、なかなかに面白い場所だ」

「なるほどな。新しい領地を治める異邦人が、一大商業都市を作ろうとしている。その手腕と実績を確かめるため、定期的に王は視察へ赴く必要がある……そんなところか、ゲオルク」

「ご名答だ。流石は『賢龍王』、理解が早くて助かる」


 顔を見合わせ、フッフッフと企むように笑い合う二人。……ちょ、ちょっと待って欲しい。


「いやその、話の展開が急すぎて、とてもじゃないけどついていけないんですが」

「何心配するな、タスク。そなたならここを立派に商業都市へと発展させることが出来るだろう!」

「出来ないですよ! 何言ってんですか!」


 まったく持ってカンベンしていただきたい。ジークフリートが遊びに来るのは問題ないけど、それとこれとは話が別だ。

 第一、オレはのんびりまったりと暮らしたいのだ。そんな大事にされては困るし、『LaBO《ラボ》』のゲーム中と同様、領地の発展は自分で自由に行いたい。


 そんな不満が顔に表れていたのか、ゲオルクは静かに笑ってから、諭すようにオレの肩へ手を置いた。


「心配ないよ。何も、本当に商業都市にする必要はないんだ。最も大事なことは周囲に方針を周知させておくということでね」

「はあ……」

「王の視察に大義名分は必要だからね。あくまで不審を抱かれないための処置さ」

「うむ。領地運営はタスク、そなたの自由にして良い。ワシも少しずつ発展していく、この土地を見るのが楽しみだからな」


 って、言われてもなあ。商業都市を目指す云々はこの際置いといて。そんなことより、基本的な開拓が進まなくて、それが露見した時の方が問題じゃないのかなと思っちゃうんだよな、オレとしては。王様が定期的に来てるのに、何やってるんだお前は、みたいな?


 魔道国のソフィアとグレイスたちが加わったとはいえ、領地はまだまだ人員不足。開拓しようにもスローペースにならざるを得ない環境下で、今のところは衣食住を賄うのがせいぜいって所だしさ。


 まったく、何だか大変な事になってきたなと思考を巡らせている最中、ゲオルクは手を顎に当て、キョロキョロと辺りを見回している。


「しかし、だ」


 そう切り出したゲオルクは、まさにオレが考えていた不安要素を指摘した。


「領地運営や開拓を行うにも、人手が少なすぎるかな……」

「そうなんですよね。オレも色々やりたいことはあるんですけど」

「周囲へ方針を示すのは、一種のブラフだとしても、ある程度の実が伴ってなければ意味がないしな……」


 ますます考え込むゲオルク。む、これはもしかして別の方法を考えてもらえるいいチャンスなのではないだろうか? そもそも商業都市を作るなんて知られると、無駄に人が押し寄せてくることだってあるだろう。それは非常に困る! 断固として、オレはスローライフを送りたいのだ!


 そうと決まれば猛プッシュである。お気楽なまったり異世界ライフを手に入れるために、ここは何としてでも、別案の再検討をお願いしたいっ!


「そ、そうですよねえ? これだけ閑散としている場所だと、なかなか開拓も難しいですし、できたら別の案を考えてもらえると」

「よし、人手を寄越そう」


 話に割って入ったのはジークフリートだった。


「……はい?」

「開拓が難しいのであろう、タスク。それならば、こちらへ人手を手配しようではないか」

「い、いえ、その……」

「いい考えだな、ジーク。私も同じ事を考えていた」

「えっと、ゲオルクさん……?」

「ある程度、まとまった人数をここに寄越せば、短期間でもそれなりに体裁が整うだろうからな」

「うむ。なあに、タスクよ。人手の賃金の心配は無用だぞ? ワシが責任を持って支払う故」

「手配は私が行おう」

「あの、別のあ」

「ではタスク君、そういうことで話はまとまったから、君も準備してくれたまえ」


 ……良識派だと思っていたけど、ゲオルクさんも人の話聞かないタイプの人なのか。オレのまったり異世界ライフの夢が、音を立てて崩れていくのがわかる。

 どうして……、どうしてこうなってしまうのか……。オレはただ単に、のんびりと暮らしたいだけなのに……。


「タスク君? 聞いているのか?」

「あ、は、はい! えっと、準備って、オレは何を……?」

「うん。私が人手を手配する間、住居作りと食料の確保を頼む」


 一週間の目処にこちらに人手を寄越そう。そう言い残して、ジークフリートとゲオルクは西の空へ帰っていく。そして同時に思ったね。グッバイ、オレのスローライフ、と。


 いや、こういう時こそポジティブ思考だ。王様だっていっていただろう? 何もわざわざ商業都市を目指す必要なんかどこにもないワケで。人手が増えればその分、オレの考えていた開拓作業が行えるはずだし。放置していた水道の設置だって出来る。良いことずくめじゃないか。


 ……はあ。何というか、流されるように開拓が進んでいるような気がしてならないけど、あまり深く考えないようにしよう、うん。


 何はともあれ、話が決まってしまったからにはこちらも準備を整えなければならない。みんなに協力してもらって住居作りを進めることにしよう。


 とりあえず、ソフィアやグレイスたちの家と同じものを、ワーウルフの家の東隣へ建築することに。一度作ったものなので、できあがりも早い。最大二十名が暮らせる三階建ての住宅だ。


 流石にこのぐらいの広さがあれば、人手が増えたところで問題ないだろうと思いながら、約束の日まで待つことしばらく。


「初めましてタスク様。これからよろしくお願いいたします」


 礼儀正しい挨拶と共にやってきたのは、総勢三十名にも及ぶ、背中に羽の生えた『翼人族』と呼ばれる人たちだった。

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