48.将棋騒動

「いやはや、こうやって将棋盤と向き合うのも久しぶりだ」

「そうなんですか?」

「城の連中も何人か指せることは指せるのだが……。最近は忙しいのを理由に断られてな」


 ジークフリートは盤上の駒を寂しそうに見やっている。確かになあ、こういうテーブルゲームは好きだったところで、相手がいないとプレーできないのが難点だよな。

 現代ならコンピューター相手に指すことはできるけど、こっちの世界にそういったものはないし。そう考えると、少し気の毒になってくる。


 将棋は少しかじった程度で、本格的に指せるわけではないけど、相手をするだけで喜んでもらえるならいくらでも付き合おう。

 食事の後片付けをしてくれるエリーゼに礼を述べ、テーブルに二人分のお茶が並んだところで、いよいよジークフリートとの対局が始まった。


***


 さて。将棋に知識のある方々には周知の事実ですが、対局というモノは実に時間が掛かりましてね。

 なまじ実力が伯仲すればするほど、その傾向は強くなりまして……。つまり、何が言いたいかというと。


(……全っ然、終わる気配が見えねえっ……!!)


 あれだけ対局を楽しみにしていたようなので、ジークフリートの棋力は相当なものだろうと思っていたんですけどね。実際に指してみてわかったのは、王様、そんなに将棋が上手くないという事実でして……。


 いやその、最初、気を遣われて手を抜かれているのかなあとか、流石にオレも考えたんですよ? しかしですね、中盤に差し掛かって以降、一手ごとに長考をするわ、しまいには真剣な表情で盤を睨んだまま無言になるわと、手を抜いている気配は一切感じられないんスよ、これが。


(しまった……。持ち時間決めておけば良かったな……)


 すでに対局から四時間が経過し、ややオレが有利な展開になってから、ますます王様の考え込む時間が増えてきたもんな……。早指しにしておけばよかったか……。


 途中、二回ほどエリーゼが新しいお茶を運んできてくれたんだけど、ジークフリートの雰囲気に思いっきり引いてたし。そりゃそうだよね、目の前に見たことのない駒が並んでいて、片方はメッチャ怖い顔してるもん。誰だって引くよ。


 結局、決着が付いたのは、そこから更に三時間が経過した頃で、ジークフリートの絞り出すような「ありません」の一言に、オレは大きく息を吐いたのだった。


 やっと、やっと終わった……。これで解放されると思っていたのも束の間、ジークフリートはとんでもないことを言い出した。


「ううむ……。不覚を取ったか……。いや、しかし、次はこうはいかんぞ、タスク! もう一局だ!」


 ……は? なんですと?


「いやいやいやいや!! ダメですって、夜までに帰れば問題ないって言ってたじゃないですか! 外見て下さいよ! 真っ暗ですよ、真っ暗!」

「大丈夫だ、朝までに帰れば問題ないっ」

「流石にそれはマズすぎますよ……。対局ならまた今度付き合いますから」

「ぬ? ……そうか? そなたがそう言うのであれば仕方ない。今日は帰るとするか……」


 こうして、ようやくジークフリートは城へ戻ったのだった。はあ……、なんというか、どっと疲れた。今日やろうと思ってたこと、まったく出来なかったなあ。


 しかし、あの調子だと、城にいる配下の人たちも相当大変だろうに。とっつきやすいことは良いけれど、奔放すぎる王様というも考え物だな。


 ……ま、いいや。王様も王様でやらなきゃいけない仕事があるだろうし、次にここへ来るのもある程度日数が経ってからだろう。

 たまに将棋の相手をするぐらいだったら、オレも開拓作業を進めながら対応できるし、特に問題ない。そんなことを考えていたんだけど……。


 予想に反して、ジークフリートが来訪したのは、わずか二日後のことだった。


***


 ワインとチーズを手土産に、午前中からやってきた王様は、ガハハハハと豪華に笑いながら「今日はこの前のようにはいかんぞタスク!」と、早速、対局をご所望の様子。……マジですか?


「……仕事、大丈夫なんですか?」

「問題ない。優秀な部下がおるからな、ワシがやることといえば書類にサインするぐらいだ」


 それでも城にいないとダメなんじゃないかという疑問はさておき。来てしまったものはしょうがないので、この日は午前中から対局を行うことに。


 二戦して、一勝一敗を迎えたところでタイムアップ。前回と同じく、夜になってからジークフリートは帰っていたんだけど。


 その後、三日周期でやってくるジークフリートを見て、オレは確信したね。この人、単なる「将棋大好きおじさん」だということに。


 城の中で多忙を理由に対局を断られているのは、一回指したらとことん付き合わされるということを、みんな知っているんじゃないだろうか。

 勝っても負けても、延々と続くからなあ。それなりの理由を用意して、みんなわざと避けているんだろうな、きっと。


 かくいうオレも、たまに将棋を付き合うなら問題ないぐらいの認識で、喜んで相手をするとか思ってたけど……。流石にこう頻繁に来られてしまうと、正直、開拓に支障が出てくるんだよな。口に出して言えないけどさ。


 ジークフリートはジークフリートで、当人なりに気を遣ってくれているらしい。ここへ来る度に珍しい食べ物やら、お菓子やらをお土産に持ってきてくれる。


 あまりに高頻度で訪れる上、お土産持参なものだから、今ではすっかりアイラとベル、エリーゼが王様に懐いてしまった。最初はおっかなびっくり遠巻きに眺めていただけだったのになあ。


 そんなわけで、来賓邸での対局中、アイラはお菓子片手に観戦、ベルは同じ部屋の中で衣類のデザイン、エリーゼはお茶を汲んだり、創作のメモを取ったりと、さながら田舎のおじいちゃんの家へ遊びに来た孫娘たちみたいな光景が広がっているのだった。


(すっかり寛いでるもんだなあ……)


 なんて、ぼーっと考えているオレ自身でさえ、今では猫背気味にあぐらをかいて盤上と向かい合ってるし。最初は背筋をピンと伸ばしていたのに、慣れというのは恐ろしいねえ、ホント。


「今はどっちが有利なんじゃ?」


 盤上を興味深げに覗き込み、尻尾を揺らしながらアイラが口を開くと、ジークフリートは得意げな顔を見せる。


「よくぞ聞いてくれた、アイラよ。今はワシが断然有利だ」

「ほほう。やるのう、ジーク」

「断然って程でもないでしょ、少しだけですよ少しだけ。ていうか、軽々しくジークって呼ぶなよ、お前」

「ふふん、王様からそう呼んでも良いと許可をもらったのじゃ。何も問題ない」

「ていうかさー☆ ジーくん、これだけ頻繁に来ててみんな心配してないのー?」


 って、お前もかい、ベル! まったく、問題ありすぎだっての。相手は王様だぞ?


「何だベル? ワシがここにくるのが迷惑なのか?」

「そんなことないよー☆ ウチ、ジーくん来るのメッチャ楽しみだし♪」

「ガハハハハ! そうかそうか!! ワシもここに来るのはいつも楽しみでな!」


 ……マジでおじいちゃんと孫娘の関係だな、おい。


「でも、本当に、皆さん心配されていないのですか? ワタシには想像が付かないですが、王様というのはお忙しいのでは? ご多忙の中でのお出かけも負担が大きいでしょう」


 おかわりのお茶をテーブルに置きながら、エリーゼが心配そうな声で尋ねる。ジークフリートも彼女の気遣いを感じ取ったらしく、穏やかな表情を向けた。


「問題ない、ワシは頑丈に出来てるからな。城と樹海の往復なんぞ、近所の散歩みたいなものだ」

「そうですか? お身体に何かあっては大変ですし……」

「アハッ☆ じゃあさ、いっそのこと、ジーくんもここに住んじゃえばいーんだよ♪」


 王様相手にくだらない冗談を言っているんじゃないっ! ……なんてツッコミを入れようとしたのも束の間。


「それだっ!!!」


 そう叫び、真剣な顔で立ち上がったジークフリートは、力強く続けた。


「決めたぞっ! ワシもここへ引っ越してこようではないかっ!」

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