47.龍人族の王と将棋
ソフィアの猛アプローチはさておき。
とりあえず、魔法石の媒体製作と種子の合成は、次回のアルフレッド来訪時から始めることに決定。今後、週一回ペースの頻度で試作を重ねていくことになった。
本音を言えばオレだってできるだけ早く米が食べたいし、ソフィアやグレイスも研究を進めたいだろう。とはいえ、ここは未開の地なのだ。あくまで開拓優先、もっと生活に余裕が出てきてから研究の頻度を高くしていこうと思う。
そうそう。ソフィアたちの家もようやく完成し、慌ただしく「来賓邸」からの引っ越しが始まった。場所はオレたちの家の東隣、なんと三階建てである。……後からやってくる領民の方が豪華な家になっていくのは気のせいだろうか?
とはいえ、三階建てにできたのは、召喚士がゴーレムを操って建築を手伝ってくれたことも大きい。資材運びの効率が急激に上がったからな。
高所など危険な場所は、浮遊魔法の補助がかかるなど、至れり尽くせりな作業環境だったので、その分建築にも力が入るというものだ。
しかし、つくづくタイミングというのは重なるもので、魔術師二十名の引っ越しが終わり、来賓邸の掃除が一通り終わった、その翌日。再び、来賓邸を使う機会が訪れたのだった。
何の前触れもなく、龍人族の国の王、『賢龍王』ジークフリートがやってきたのだ。
***
来賓邸の応接室兼食堂へジークフリートを案内したオレは、内心、ものすごく緊張していた。
(頼むから、片付け忘れたBL同人誌とか出てきませんように……!!)
昨日あれだけ掃除もしたし、ソフィアとグレイスへ何度も確認したので問題ないとは思うのだが……! が、しかし、出てきた時にどう説明したらいいだろうかっ……!
ジークフリートならメッセージボールは当然知ってるだろうしなあと、多少の不安を抱えながら辺りをキョロキョロ見回したが、とりあえず応接室は大丈夫そうだ。
「どうした? 先程から落ち着かない様子だな」
「ああ、いえ! 突然、お見えになられたので、少し緊張しましてっ」
「ガハハハハ! なに、そなたを脅かせてやろうと思ってな! 驚いたであろう?」
豪快に笑って、ジークフリートは腰掛けた。よかった、どうやら怪しまれてはいないようだ。
とはいえ、王の言う通り、相当に驚いたのも事実である。何せ、龍人族の王が護衛も付けず、ひとりだけでやってきたのだ。
「今日は皆さんをお連れでないんですね?」
「うむ。黙って出てきたからな」
さらっととんでもないこと言い出したぞ、この王様……。
「それは流石にマズいんじゃ……?」
「問題ない問題ない。気分転換の散歩に行ってくるとは伝えたからな。夜までに帰れば、あやつらも心配せぬよ」
「そういうもんなんですか?」
「そういうものだ」
うーむ、豪快なんだか奔放なんだかよくわからんな、この王様は……。来ちゃったもんはしょうがないけどさ。
当の本人はまったく気にしていない様子で、なかなかいい造りの家じゃないかと一通り来賓邸を褒めた後、期待を込めた瞳でオレを見据えたのだった。
「さ。先日出来なかった、ハヤトとそなたの世界のことを教えてくれ!」
***
エリーゼに頼んで用意してもらった、エビフライのタルタルソース添えがメインのランチを食べながらの会食(と、言って良いんだろうか?)は、和やかな雰囲気で進んでいく。
途中、龍人族の国の王様がいるということを知ったソフィアが、目の色を変えて乱入しそうになったのだが、グレイスたちに頼んで羽交い締めにしてもらい、家の中へ閉じ込めることに成功した。アイツが絡むとロクな事にならなそうだしなあ……。
あ、ちなみに亡命の件は、ジークフリートから二つ返事で了承された。何ともあっけない。何でも、亡命受け入れは領主の裁量で行えるらしい。というか、領主の裁量でできることを、あらかじめ教えておいて欲しかったんスけど……。
「なんだな。困ったことがあれば、ワシに押しつければ良い。優秀な配下が問題なく処理してくれるだろうしな」
そう言って、豪快に笑うジークフリート。多少、配下の皆さんが気の毒に思いますが、それはいいんですかね、王様……。
当のジークフリートには何も気に留めることもないらしく、非常にリラックスした様子のまま、現在、エビフライを堪能されている真っ最中なワケなのですが。
「うむ! この料理も旨いな! エビフライが好きだとハヤトが言っていたことを思いだしたわ」
「そういえば、ハヤトさんは料理をされなかったのですか?」
「自炊は苦手だと言っていたな。アレは何だったかな? かっぷ、らーめん?」
「あー。カップラーメンですか」
「それだ。それにお湯を注ぐので精一杯だと言っていた」
なるほどねえ……。遙か昔に現代人がいたにも関わらず、食生活に日本食の要素がないのはそのせいか。
「料理はてんでダメだったが、代わりに様々な知識を残していってくれたな」
「水道と衛生学でしたっけ」
「それと教育の重要性だな。アイツのお陰で国の礎が築かれたと言っても過言ではない。今日の龍人国があるのはハヤトの功績だよ」
ハヤトさんは龍人国に残った後、学校と病院の建築、インフラの構築と整備にも着手したそうだ。
言葉にすれば簡単だが、実際にそれらを運用できるようにするまでは、とてつもない労力が掛かるに違いない。二千年経った今でも、王様がハヤトさんの事を大切に思うワケだ。
「それと、簡単な娯楽も教えてくれたな。テーブルゲームの一種と言っていたが」
「へえ。あ、もしかしてリバーシですか?」
異世界モノではお馴染み、ルールも簡単な定番ゲームを残していったのだろう。あれなら誰でもとっつきやすいだろうしなあと、オレは考えていたのだが。ジークフリートは首を横に振った。
「いや、確かにそれも教えてくれたのだが……。ワシは別のゲームが好きでな」
「別のゲーム、ですか?」
問い返す間もなく、ジークフリートは宙にバッグを出現させ、その中から木製の盤面と駒が入っているであろう木箱を取り出した。
「そなたも知っているかと思って持ってきたのだが……」
「知っているも何も、それ、将棋盤ですよね?」
「おお、やはり知っておったか! それは良い!」
木箱の中には大事に扱われていたのであろう、使い込まれた駒の数々が見てとれる。その昔、ハヤトさんと対局をしていたのだろうか。
しげしげと駒を眺めてやっていると、ジークフリートはうずうずとした様子で、興奮を抑えるように口を開いた。
「ところで、なんだ。将棋を知っているということは、そなたも将棋は指せるのかな?」
「え? ええ、まあ、人並みに程度ですけど、そんなに強くはな」
「そうかそうか!!! それなら結構!!!」
返事を聞き終えることもなく、ジークフリートはガハハハハと大声で笑い、そして盤面に駒を並べ始める。
「何もいうでない、タスク。そなたの言いたいことはよくわかっておる」
「はあ」
「つまり、久しぶりに将棋を目にするから一局指したいと、そう言いたいのであろう?」
「いえ、そんなことは」
「わかっておるわかっておる! みなまで言うな! そなたのためにワシが胸を貸そう! 今から一局指そうではないか? なっ!?」
……どう考えても、王様の方が指したいのバレバレなんですけど、まあいいか。とにもかくにも、突如として、ジークフリートとの対局が始まったわけなのだが。
後々起きたことを振り返ってみると、この対局でフラグが立ってしまったようなので、キッカケというのは本当に何気ないもんなんだなあ、なんて、そんなことを考えたりしたのだった。
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