46.媒体研究からの米作り

 またか……。また『遙麦はるかむぎ』と『七色糖ななしょくとう』がキッカケなのか……。偶然の産物にしか過ぎないのに、どうしてこうも話題に事欠かないのか。


 こっちの世界の人たちにしてみれば、相当に珍しいからなんだろうなあと、諦めに近い境地のオレだったのだが、グレイスの目的はどうやら『遙麦』や『七色糖』ではないらしい。


「それまで存在していなかった作物を生み出した人物がいるという、エリーゼさんからのお手紙を読んだ時、正直、何かの冗談だと思いました」

「そりゃそうだろうな」

「ですが、反面、期待も抱いたのです。そのような物を生み出せるのならば、魔法石の媒体を生み出すこともできるのではないかと」

「……いやいやいや」

「実際にここへ足を運び、タスク様が異邦人だったということを知った時、それは確信に変わりました。何せ、異邦人は御業みわざとしか思えない奇跡を起こせると伝承にも残されており……」

「待った待った。いいから落ち着け」


 胸元で両手を組み、期待に胸膨らませる瞳のグレイスを手で制しながら、オレは困惑した。なんてこった、二人の目的はオレの能力だったんじゃないか……!


 いや、考えるんだタスク。構築ビルド再構築リビルドも出来ることに限界があることを伝えれば、グレイスの熱も冷めるだろう。

 そもそも『七色糖』の種子合成だって、たまたま出来上がっただけの代物に過ぎない。魔法石の媒体が欲しいからといって、狙ってそれを作れるなんて保証はできないのだ。


「っていうかさ。オレがそれを作ったとしても、あんまり意味がないんじゃないか?」

「どういう意味でしょうか?」

「最終的には一般人が普通に使える程度まで流通させたいんだろ? 作れるのがオレだけだったら、製造数は限られるし、今までとあまり変わらないんじゃ?」

「ご心配には及びません。実のところ、欲しいのは媒体の代替品なのです。私もソフィア様も物質の構造分析ができる魔法を扱えるのですが、そもそも研究で一番ネックだったのは、純粋な媒体は構造分析をしても不可解な部分ブラックボックスが多すぎるということでして」

「魔法石に耐えうるだけの代替品が作れるなら、それらが全部わかるのか?」

「はい。それさえわかれば、あとは再現するための手順を整えるだけですので。ですからタスク様には、代替品を作り出すことにご協力をお願いできればと」


 なるほどねえ……。色々考えた上でここへやってきたのか。どうやら協力する以外の選択肢はなさそうだ。

 しかし構造分析の魔法ねえ? 現代の科学力さながらの魔法とか、チート過ぎやしませんかね、それ?


 異世界の何でもありっぷりに小さくため息をつきながら、オレはあることを思いつき、グレイスに尋ねた。


「なあ、聞きたいんだけどさ。構造分析の魔法って、物質の構成を知ることしかできないのか?」

「ええっと……?」

「例えばさ、作物の種に構造分析の魔法を掛けたとするじゃんか。その種が育ったら何になるかとかは調べられないのかなって」

「……え? ええ、それは可能です。構造分析の魔法による結果は、術者の知識量と比例しますので、作物を知っていることが前提条件になるのですがっ……!?」


 言葉尻を遮るように、グレイスの手を取った。戸惑いの眼差しがオレの顔を捉えている。


「あ、あの……、タスク様?」

「媒体の代替品作り、喜んで協力しよう!」

「本当ですかっ!?」

「ああ。ただ、オレからも頼みがある」


 グレイスは喜びと困惑を混ぜ合わせた表情を浮かべている。オレはゆっくりとグレイスの手を離し、そして閃いたばかりのアイデアを伝えることにした。


***


「――なるほど、今回のご依頼いただく商品に不可解な物が多いと思っていましたが……。そのようなことがあったのですね」


 後日、家に訪れたアルフレッドに、オレは一通り事情を説明した。当初、今までの注文票に書かれていない物が記載されていることに、首を傾げるアルフレッドだったが、話を終える頃には納得したようで、何度も頷いている。


「各種鉱石、それに宝石類。黒魔術の素材から、作物の種子に苗。こんな脈絡のない注文内容、怪しまない商人はいませんよ」

「いやあ、専属商人がアルフレッドだからな。話が早くて助かるよ」

「お褒めの言葉どうも。しかしタスクさん、いよいよやっていることが錬金術師じみてきましたね」


 ずれ落ちそうになるメガネを手で直しながら、アルフレッドは苦笑した。


「そのうち、ただの石ころですら、黄金に変えてしまうのではないですか?」

「やめろ。詐欺師になるつもりはさらさらないっての」

「これは失礼しました。しかし、お話にあった『コメ』という穀物は、そうまでしてでも食べたい代物なのですか?」


 そう、米。オレがグレイスに頼んだこと、それが米なのだ。


 もちろん彼女は米のことなど知らない。作物の種子に構造分析の魔法を掛けたところで、知りうる限りの作物の名前か、もしくは野菜になるか果物になるか程度の判断しか出来ないという。


 ということはだ。逆説的なアプローチを試みるなら、彼女の知らない「何かの穀物」の種を作ることができれば、稲が育つ可能性があり、ひいては米が食べられるかもしれないわけで。

 様々な種を構築ビルドし、ありとあらゆる種子合成を手当たり次第に試していけば、いずれは米に辿り着くだろう。オレはそう考えたのだった。


 そんなわけでグレイスたちに協力する傍ら、オレの和食に対する渇望にも、彼女たちに協力をお願いした次第なのだ。


「遠く離れてみて、初めてそのありがたさに気付くっていうかね。ソウルフードみたいなもんなのさ。何せ、ほぼ毎日、米を食べて生きてきたからなあ」

「なるほど。熱心になられるのも頷けますね」

「なに、単に食い意地が張ってるだけかもしれないぞ? 現に、オレはいま、猛烈に日本食が食いたい!」

「そうまで力強く断言されると、俄然、僕も興味が湧いてきますね」

「それに、米は穀物としても優秀でね。収穫量が多い上に栄養価も高い。作るのに成功すれば、この世界の食料事情を改善できると思う」

「それは素晴らしい! 是非詳しくお話を……」


 興奮気味のアルフレッドだが、残念なことに話の続きはまた次回になりそうである。グレイスがオレたちの前に姿を表したのだ。


「グレイス、紹介するよ。前にも話したけど、こちらが龍人族のアルフレッド。うちの専属商人をしてもらっている」

「アルフレッドと申します、以後、お見知りおきを」


 アルフレッドが頭を下げるのと同時に、グレイスも頭を下げる。……あれ? そういやここにグレイスしか来てないじゃん。


「……ソフィアはどうしたんだ? 一緒に紹介しようと思ってたのに」

「えっと、ソフィアお嬢様でしたら……」


 その時だった。遠くから風に乗って、故意に作ったような可愛らしい声が響き始めた。


「タスクさぁん! 遅れてごめんなさぁい!」


 オレンジ色のツインテールを揺らしながら、息を切って駆け寄ってくるフルメイクの女性。……まごうことなきソフィアである。ていうか、タスク「さん」って何だ? アイツから、さん付けで呼ばれるなんて初めてだぞ?


「もぅ、アタシってば研究に夢中で、お約束の時間を忘れちゃうとか、うっかりしちゃってぇ……」


 わざとらしく舌を出し、てへぺろのポーズをするソフィア。ぶりっこの所作というのは、どこの世界も共通らしい。……っていうか、お前のその声、どっから出てるんだ、おい。


 もちろん、初対面のアルフレッドはソフィアの地の顔を知るはずもなく。額縁通りに言葉を受け取ったようで、感心の声を上げている。


「随分とご熱心なのですね」

「いえいえ、アタシなんてまだまだ未熟者でぇ……。タスクさんやグレイスに助けてもらっているばかりなんですぅ……」

「優秀な方と伺っていましたが、随分と謙虚なのですね」

「そんな、優秀だなんて……。恥ずかしいですぅ……」


 次々にコロコロと表情を変えていくソフィア。そしてその様子を菩薩の眼差しで見守るグレイス。オレとしては恐ろしい以外の感想が思いつかない。と、とにかく話題を進めなければ……!


「えーっと……。アルフレッド、この二人が魔法石の媒体研究を担当するから、何か必要な素材があった際に用意してもらっていいか?」

「承知いたしました」

「それと、二人とも、オレを通さなくても、必要な物はアルフレッドに頼んでもらって問題な」

「タスクさん」


 会話の途中で割って入ったのは、満面の笑みを浮かべているソフィアだった。


「グレイスも……。少しよろしいですか?」

「いいけど、どうした?」

「いえ、その、ここでお話しするのではなくて、別の場所で……」

「……? 何で?」

「(チッ……)」


 ……あれ、いまソフィアから軽く舌打ちが聞こえたような……。 気のせいか? と、考えるのも束の間、空気を察したのか、アルフレッドが微笑みながら応じた。


「ああ、僕のことならお気になさらず。他人に聞かれてはいけない話題もあるでしょうし」

「ごめんなさぁい、アルフレッドさん。すぐ戻ってきますのでぇ!」


 口にしながら、女性とは思えない力強さでオレを引きずって、うしろへ下がっていくソフィア。全て理解しているのか、グレイスは無言のまま付き従っている。……何なんだ、一体。


***


 やがて連れてこられたのは、「来賓邸」の裏側で、アルフレッドの姿が見えないのを確認してから、ソフィアは大きく舌打ちをした。


「っとに、察しが悪いんだから、たぁくんは。明らかに聞かれたくない話があるってサインだったじゃない」

「知るかよ。ていうか声、元にもどってんぞ?」

「あの商人に聞こえなかったら問題ナシ。要はバレなきゃいいのよ」


 そう言うと、ソフィアは目を輝かせ、ぐいっと身体を寄せてくる。


「ていうかさ、たぁくん早く言ってよ! 龍人族にオトコ友達がいるとか聞いてなかったもん!」

「この前、話しただろうが」

「聞いてないもーん。しかも専属商人でしょ!? そんなのお金持ってるに決まってるじゃん! これは狙うしかないでしょ!?」


 フフフと不敵に笑うソフィア。……オレはお前のことが本当に怖いよ。


「見てくれがちょっとアレだけど……。まあ、女慣れはしてなさそうだし、その分やりやすいかなあ……」


 ブツブツと何かを呟きながら、思考の海を漂い始める魔道国のお嬢様。思わずグレイスにアイコンタクトを送るものの、返ってくるのは首をゆっくりと横に振る姿だけである。


「よぅし! まとまった! 今日中に連絡先交換してやるんだからっ!」


 考えがまとまったらしいソフィアは力強く宣言し、オレとグレイスを置いて、一足先にアルフレッドの元へ戻っていく。

 その軽やかな足取りを眺めながら、オレは大きくため息をついた。


「……あのお嬢様が、高い志を持って研究に取り組んでいらっしゃる、と?」

「……ええ。信じられないでしょうが、事実でして……」


 どことなく達観した様子で虚空を見つめるグレイス。そんな彼女を促して、元いた場所へ足を向けると、今までにない笑顔を振りまきながら、アルフレッドと談笑しているソフィアが見える。いやはや、欲望へ実に忠実というか、たくましいというか……。


 ……まあ、むしろああいう性格でないと、複雑な家庭環境の中では生きていけないのかもしれないもんな。せめて少しでも好意的に捉えて、この場は納得することにしよう、うん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る