45.付与魔術師と魔法石

 グレイスは何も無い空間へバッグを出現させ、その中から透明な石を取り出し、オレに差し出した。大きさはピンポン球程度だろうか。予備知識がなければ水晶玉にしか見えないのだが。


「タスク様は魔法石というものをご存じでしょうか?」

「いや、知らないけど。それがこの透明な石なのか?」

「はい。実際にご覧いただければ……」


 グレイスは透明な石へ手をかざし、何かを呟いた。すると石の中心が光り始め、それは瞬く間に石全体へと伝わっていく。やがて周辺には、この石が光源とは思えないほどのまばゆい輝きが広がるのだった。


「これは魔法石の一種で、光の魔法を閉じ込めた物になります。精製した者の練度によって明るさは異なるのですが、これはその中でも一級品ですね」


 再びグレイスは透明な石へ手をかざし、今度は先程と違う言葉を呟いた。一瞬のうちに光は石の中へ収束し、透明な石が再度その姿を表した。


「このような魔法石を作り出せる者を、付与魔術師といいます。魔道国の中でも、ソフィア様のお家と、それに与する一門だけが扱える高等魔法の一種で……」

「ふむふむ。それが扱えるって事は、グレイスもスゴイ魔術師ってことなんだな」

「い、いえっ! その、自画自賛するつもりはなかったのですが……!」

「いや、話の腰を折って悪かった。続けてくれ」

「は、はい……」


 慌てふためきながらも冷静さは取り戻したらしい。頬を染めたまま、グレイスは魔法石について説明してくれた。


 要するに、媒体となる物体へ様々な魔法を閉じ込め、魔法が扱えない人でもその恩恵を受けられるようにしたモノ、それが魔法石だそうだ。


 その種類も多岐に渡り、いま見たばかりの光の魔法を閉じ込めたモノ、冷蔵庫や冷凍庫に使える氷の魔法を閉じ込めたモノ、火の代用品として使える炎の魔法を閉じ込めたモノ……などなど。


 聞けば聞くほど相当便利な代物だということがわかるが、やはりというか何というか、ご多分に漏れず、かなりの貴重品らしい。


「熟練の付与魔術師が精製した純度の高い魔法石は、他国への贈呈品に使われるほどですから。それ以外の魔法石も、外貨を獲得するための重要な貿易品として扱われていますし」

「へえー? でも、話を聞いたら納得だわ。これひとつあれば、火も氷も使わなくて済むってことだもんな」

「いえ、それがそういうわけでもなく……。魔法石は消耗品でして」

「消耗品?」

「ええ。使っていく内に付与した魔力が徐々に減っていくのです……。使用頻度にもよりますが、貿易品で流通するものですと、大体二ヶ月程度が限度かと」


 他国のお偉方へ渡す物でも半年ぐらいが限界だそうだ。ふーむ……、何事も万能ってわけにはいかないか。魔法も電池みたいなところがあるんだなあ。


「相当の需要があるにも関わらず供給が追いつかない貴重な品、加えて、それを精製できる付与魔術師の家系ということで、ソフィア様の家柄は魔道国でも相当の権威をお持ちでして」

「そんなに偉い家のお嬢様なのか、ソフィアって」

「はい。付け加えますと、ソフィア様はご一族の中でも、卓越した付与魔術師であられます」


 なんでも、他国のお偉方へ渡る魔法石のほとんどはソフィアの手によるものだそうで……。


「……マジで?」

「マジです」

「サークルの姫的ポジションしか頭にないような、あのソフィアが?」

「……随分な言われようですが、事実なのです」


 ツインテールとフルメイクでバッチリ決めた顔と、すっぴんに瓶底メガネを掛けた、けだるそうな顔。それぞれに異なるソフィアの姿を脳裏へ交互に映し出し、混乱する思考のままでオレは尋ねた。


「でもさ、それってマズくないか? お偉いさんの手に渡るようなモノを作るお嬢様が、突然いなくなったんだよ? 家は今頃大騒ぎしてるんじゃない?」

「いえ……。むしろ好都合かと」

「……どういうこと?」

「お家には六名の御兄姉がおられまして。末っ子ながら、ソフィア様は一番の才能をお持ちなのです」

「……上の子たちから妬まれてる、とか?」


 憂いをたたえた瞳でグレイスは頷いた。やれやれ、上流階級っぽい嫌な面が見えてきたなあ、おい。


「さらに申し上げますと……。一族の中に、ソフィア様の手がける研究を快く思わない者が多数おりまして……」

「研究? 創作活動じゃなくて?」

「はい。魔法石を庶民の手へ届く物にする、それこそがソフィア様の研究テーマでした」


***


 そもそもどうしてこんなに魔法石が貴重なのか。それは、魔法石の原料となる媒体が希少性を持つからに他ならない。


 希少性のある媒体に、これまた数少ない付与魔術師が手を加え、ようやく出来上がったとしても一級品は国が管理し、残りは高級な貿易品として扱われる。


 上流階級や貴族ですらなかなか入手できない代物を、庶民が使えるはずもない。ソフィアはこの現状に嫌気がさしていたそうだ。


「ソフィア様はこうお考えでした。一般に魔法石が流通すれば、暮らしも豊かになり、ひいては国力の向上に繋がる。さらに付与魔術師を育成する学校を作り、魔法石を普通の存在に変えたい、と」

「それはまた、随分と開明的な考えだな」

「付与魔術師が増えれば、自分の出番も少なくなる。そしてゆくゆくは創作活動に専念できるという結論を導かれたようで……」

「前言撤回。欲望丸出しじゃねえか」

「い、いえ! 目的はどうあれ、その志は大変ご立派なもので! ソフィア様は、まず媒体を手頃な物から作り出せないかという研究を始められたのです。……ですが」


 途中まで話したところで、グレイスは口を真一文字に結んだ。険しい表情から察するに、相当な妨害工作にあったのだろう。


「……選ばれし付与魔術師のみが魔法石の精製に携わるべきだと、研究にはご家族も猛反対されまして」

「確かにな。それで家の地位を築いたようなもんだしなあ」

「一族の中にはソフィア様を追放しろという過激派の存在もあり……」

「そんなおりに同人誌即売会騒動、か。上手く事が運びすぎている気がしないでもないけど?」

「私もそう思います。ですが、黙って他国に行っていたことは事実でしたし……」


 うなだれるグレイス。大昔に自分のミスで渡してしまったBL同人誌が、こんな結末を迎えるひとつの原因となるなんて、思いもしなかっただろう。


 しかし、わからないことがひとつ。


「聞きたいんだけどさ。どうしてここにきたんだ?」

「どうして、とは?」

「即売会には他に交流のある友人たちもいるだろ? 中にはエリーゼと同じぐらいに親しい間柄の人だっていたはずだ。わざわざ、こんな辺境の土地に好き好んでこなくても、もう少し住みやすい環境だって選べただろうに」

「その疑問はごもっともです。ふたつ理由がありまして、ひとつ目はこんな辺境まで追っ手はやってこないだろうと」

「もうひとつは?」

「エリーゼさんのお手紙に書いてあった、とある言葉に興味を惹かれまして」

「言葉?」

「おわかりになりませんか? タスク様が作られたという『遙麦はるかむぎ』と『七色糖ななしょくとう』ですよ」

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