44.ソフィアの願望、グレイスの解説

 亡命者、もとい、BL同人サークル総勢二十人の女性が暮らす家を建て終えるまで、ソフィアとグレイスたちには「来賓邸」で生活を送ってもらうことにした。


 寝具や家具など、内装に関しては手付かずのままだったのだが、そこはそれ。彼女たちも、脱出前にある程度の準備は整えていたらしく、マットレスや毛布、必要最低限の生活用品は整えていたようで、別段、心配することはなさそうだ。


 流石に全員個室という訳にはいかず、二人で一部屋を使ってもらうことになるのだが、創作活動にはその方がいいらしい。

 何でも、お互いがお互いを見張って進捗を確認できるとか、捗るとかなんとか……? よ、よくわかんないけど、創作活動って、見張りを付けないと順調に進められないのか……。 うーむ……、闇が深そうだな、同人の世界……。


 そんなわけで、魔道国からやってきたメンバーを加えて新たな生活が始まったわけなんだけど。意外な発見がいくつかあったので報告したいと思う。


 意外な発見、その一。彼女たちは意外とアクティブだということ。魔道国出身の魔法使いという簡単な説明を受けた上、趣味が創作活動ということで、割とインドア的生活を送る人ばかりなのかと思いきや、積極的に外の仕事へ従事している。


 ある時は農作業、またある時はアイラと共に狩りへ、もしくはゴーレムを召喚して家の建築作業を手伝ってくれたり、などなど。任せることができる仕事も多く、正直、大いに助かっている。


「別に不思議なことじゃないわよ。四六時中、机にかじりついていたところで、ペンは進まない。それだけの話」


 感心しきりのオレに声を掛けたのはソフィアだった。オレンジ色をしたセミロングの髪をセットすることもなく、この日も見るからにけだるそうである。


「いい想像も、いい妄想も、机から一旦離れてみると案外するっと湧き出てくるモノなのよ。第一、創作活動は体力勝負だし、締め切り前に倒れるようなことがあったらダメでしょ?」

「そういうもんか?」

「そういうもんなのよ。全ての活動が、創作に活かされてるってワケ。ま、アタシはできるだけ机にかじりついていたいんだけどね……」


 あくび交じりのソフィアは言い終えるやいなや、後頭部をポリポリかき始めた。……あー、なんだな、何というか……。


「みんな思いのほか早く、ここに馴染んでくれたようで何よりだよ」


 口にしながら、オレはソフィアを見やった。初日以来、完全ノーメイクを決め込み、頬にはそばかすをちりばめているのがわかる。瓶底メガネに、所々に寝癖のある髪。……まあ、彼女なりに、十分寛いでくれているようだ。


「あ~、なぁに、たぁくん? もしかしてそれ、ずっとすっぴんのアタシに対しての嫌みなのかなぁ?」


 メガネ越しに、オレの顔を覗き込むソフィア。ちなみに「たぁくん」というのはオレのあだ名らしい。最初、「タックン」と呼んでいた彼女だが、ベルと呼び方が被ることに気付いたらしく、ご丁寧にアレンジを加えてきた。……うーむ、考えていることがよくわからん。


「違うよ、嫌みなんかじゃないって」


 ぐいっと身体を寄せるソフィアから一歩遠ざかり、オレは肩をすくめた。


「別に化粧してようがいまいが、ソフィアはソフィアだろ?」

「ふーん。どうだかねー? っていうかさー。なんでここ、たぁくん以外にオトコいないの?」

「ガイアたちがいるだろ?」

「アタシ、ケモナー属性ないもーん」

「あっそ……」

「……もしかして。たぁくん、ハーレム願望が」

「ないわ、そんなもん。男性がいないのは偶然なだけだって」

「ちぇー。他にオトコがいるなら、適当にたらし込んで、チヤホヤされたかったのになあ」

「領地の人間関係を壊しかねない発言は止めろ」


 丸っきりサークラじゃねえか。いやあ、コイツに関しては受け入れの判断早まったかなあ……。ん? ちょっと待て。


「あれ? もしかして初日以来、すっぴんで過ごしているのって、他に男がいないからなのか?」

「えー? 今頃気付いたのぉ? にぶにぶさんだなぁ」

「マジか、完全な姫思考じゃん。それって同性に嫌われないか?」

「ざんねーん。一緒にきたコたちは全員、アタシの地を知った上での付き合いだからねー。ていうか、特定の相手がいるオトコには言い寄らないのが、アタシのポリシーだし。そこらへんはちゃんと気を遣ってるの」

「はあ、さいですか……」

「あ~あ。たぁくんもなあ、エリエリがいなかったらチョロそうな相手だったのに……」

「余計なお世話だ」

「ともかくやる気はないけど、最低限の仕事はするからさ。その辺は心配しないでいいよ、領主様」

「へいへい」

「……あ。次に亡命受け入れするならさ、できるだけオトコ、オトコ優先でお願いね?」

「わかったわかった」

「できればね、純粋無垢なお姉ちゃん大好きっ子、年齢は十歳ぐらい。もしくは、ほんの少し哀愁の漂う四十代の渋さ溢れるおじ様とか」

「己の欲望に忠実すぎだな、おい」


 領主たるもの、領民の願いにはできるだけ応じてやりたいところなのだが。コイツの要望を叶えたところで、ロクな結果にならないことだけは火を見るより明らかである。


 よって、にこやかに応じながら黙殺。その場をやり過ごすことに決めたのだった。うむ、これこそパーフェクトコミュニケーション。ソフィアに関しては、今後もこの方向でいこう。


***


 お陰ですっかり話が逸れてしまった。話題を戻そう。


 意外な発見、その二。魔道国からやってきた二十人は、全員が全員、魔法使いではないらしい。


 ……いや、大別すると魔法使いという定義には当てはまるそうなのだが……。その中でも専門職があるようで、混乱するオレにグレイスが解説を加えてくれた。


「基本的な魔法が使えるというところまでは皆同じなのです。そこから何を極めるかということでして」

「あー。戦士が剣や斧、槍のどれを得意とするか、みたいな?」

「仰る通りです。こちらへ亡命した二十名もそれぞれに特徴がありますので、覚えていただければ、仕事への割り振りに役立つかと」


 そして教えてもらった二十名の内訳なのだが。いわゆる攻撃魔法に特化した戦闘系魔術師が八名、精霊や聖獣などを召喚する召喚士が六名、アンデッドなどを扱う死霊使いが四名。……いや、これ、覚えておいて意味あるのか?


「死霊使いとか、いかにも物騒なイメージしかないんだけど」

「そんなことはありませんよ」


 片目が隠れた紫髪のロングヘアを軽く揺らし、クスクス笑いながら、グレイスは続けた。


「例えば召喚士がゴーレムを呼び寄せ、タスク様の建築作業を手伝ったように、死霊使いが呼び寄せるアンデッドに、領地周辺の見張りをさせることもできます」

「なるほど……」

「攻撃魔法も使い方次第で、伐採作業や採掘に役立てることが出来ます。要は何事も使いようなのですよ」

「印象だけで全てを判断してはダメってことだね。勉強になります」


 ……さて、そうなると、だ。


「十八人についてはよくわかった。……で、あと二人残っているはずなんだけど。この二人はグレイスとソフィアってことで間違いないのかな?」


 その問いかけにグレイスは頷き、切れ長の瞳へ好意的なきらめきをたたえて、まっすぐにオレを見据えた。


「ご明察の通りです、タスク様。ソフィア様と私は、少し特殊な魔法を扱うことができまして……」

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