43.亡命者とエリーゼの秘密
「条件?」
「そ、条件。匿うってことではなく、みんなを亡命者として受け入れたい。一応、ここはオレの領地だし、領民として仕事に従事してもらいたいって事」
亡命を認める権限が領主にあるかどうかわからないけど、ま、何とかなるだろ。というか、そうしないと魔道国から追っ手が来た場合、領民として対処できないしな。
「まったく問題ありません。不慣れな仕事でも、最善を尽くすことをお約束いたしましょう」
「アタシも、アタシもー! 肉体労働とか、正直イヤでイヤでしょうがないけど……。ま、やれるだけやってみるよー」
残りの人たちは、元々二人に処遇を一任すると言っていたらしく、まとめて亡命者として受け入れることに決めた。王様に頼るのも何だかなとも思うけど、問題があったらジークフリートに投げつけれてしまおう、うん。
受け入れることが決まったからには、住居とか用意しないといけないななんて、そんなことを考えている最中、一安心したのか、ソフィアが屈託のない笑顔で呟いた。
「でも、さすがエリエリの旦那様だねぇ? 包容力があるというか」
「ソフィアちゃん!! 何言ってるのっ!」
「仲もいいし、エリエリの趣味にも理解のある素敵な人だもんね」
「趣味?」
その言葉を繰り返した瞬間、ソフィアは自分の失言に気付いたのか、やってしまったという表情に変わり、エリーゼは血の気が引いたように青ざめた顔をしている。
そんなにオレに知られるとマズい趣味なのか? ……あれ? というか、そもそもだ。
「ところでさ、エリーゼは友達だって言ってたけど、どこで知り合ったんだ?」
ハイエルフの村と魔道国は離れているだろうし、知り合う機会なんてそうそうないはずだけど。
「あの、えっと、ですね……。それは……」
「エリーゼさん。ソフィア様が大変失礼しました。ですが、ここまで不審がられては、正直にお話した方がよろしいかと」
エリーゼの肩へ、そっと手を添えるグレイス。え? 何? そんなに大事なの? すっごく怖いんですけど……。
「タスク様」
「は、はい」
「今からお話しすることをお聞きになられても、エリーゼさんをお嫌いにならないと、お約束いただけますか?」
「言ってる意味はよくわからんが、オレがエリーゼを嫌うことなんかあるわけないだろ。その逆ならまだしもさ……」
いやー、もう、アツアツなんだからー! と、茶化すように騒ぐソフィア。うん、お前は少し黙っておこうか?
エリーゼはエリーゼで、覚悟を決めたらしい。大きく息を吸い込んで、声を震わせながら告白した。
「その、わ、ワタシがソフィアさんたちとお友達になったのは、同人誌即売会の会場で……」
「へえー……。……え?」
「えっと、つまり……。なんと、いいますか……。その、ワ、ワタシも、BLの同人誌を作って即売会に出展していたんです……」
***
「ほうほう……。これはこれは、なかなかに……」
他の人の目に付かないところへ場所を移したオレたちは、例のメッセージボールを再生する専用機とやらで、エリーゼが作ったという同人誌を眺めていた。
具体的な描写は避けるが、あられもない男性たちが組んずほぐれつ、ひとつになって、まあ大変と、そんな感じのイラストや小説が並んでいる。
チラッと隣を眺めやると、これ以上ないほど顔を真っ赤にしてうつむいているエリーゼの姿が。そりゃそうだろ、いわば公開処刑みたいなもんだからな……。
「エリーゼさんは『新緑のクマさん』というサークルでご活躍中の、人気作家『野バラ』先生ご本人でして……」
エリーゼをかばうように言葉を選びながら、グレイスは切り出した。
「エリーゼさんの作品には多くのファンがいるのです。実を申しますと、私やソフィア様もエリーゼさんの作品が大好きでして」
「恥ずかしがることなんかないのよ、エリエリ! エリエリの同人誌でアタシ目覚めることが出来たんだから! こんな素晴らしい作品なんですもの! 胸を張って自慢したって良いぐらい!」
あー、何となくわかった。ソフィアが誕生日の時に見た同人誌って、多分、エリーゼの作品なんだろうな。
しっかしなあ。ソフィアはあれでフォローしたつもりらしいが、本人に伝わってなかったっぽいぞ。反応に困った様子で、チラチラとオレを見てるもん。
「そ、その……」
それまで黙り込んでいたエリーゼは、絞り出すような声で呟いた。
「幻滅しましたよね、タスクさん……。わ、ワタシが、こんなものを好きで書いてるなんて……」
「いや……」
よく見れば、エリーゼの身体が小刻みに震えているのがわかる。その時、すべてわかったのだ。
先日のレターバードを使ったやり取り。あれはこの二人との同人誌の交換だったに違いない。あんなに見せることを拒絶したのは、内容がバレて、拒絶されることを恐れたからだろう。
まったく、そんな心配をしなくても良いのに……。オレは小さく息を吐いてから、エリーゼに微笑んだ。
「ぜーんぜん。幻滅なんかするもんか」
「タスクさん……?」
「あのなー、エリーゼ。言ってなかったけど、オレが元いた世界には、こういうのが普通にあって当たり前だったんだからな」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんですっ! というかね、好きでやってることを否定するわけないじゃんか。こうやって、エリーゼの作品を好きだって言ってくれる人もいるんだし、もっと自分に自信と誇りを持った方がいいって」
「……た、タスクさん」
「オレはBLのことよくわかんないけど、これが愛を持って作られていることは十分伝わるってくるし、だからこれからも是非続けていって欲し……っと!」
残念ながら最後まで言い終えることはできなかった。エリーゼがオレに抱きついてきたからだ。
「た、タスクさん……。あり、ありがとぅござ……ますぅ……」
「あー、もう……。泣くなよ、エリーゼ。カワイイ顔が台無しだぞ」
「だっ゛で……、だっ゛で……ワ゛ダジぃ~」
言葉にならず、オレの胸で泣き続けるエリーゼ。ブロンド色の頭を撫でてやりながら、ふくよかなその身体をそっと抱きしめる。
「……フ……フフ……。尊い……。秘密を共有する男女のエモさ……。私、たまらず、
またもやグレイスは恍惚の表情を浮かべて、身体を震わせている。……色んな意味で大丈夫かな、この人。
「いやぁ、見せつけてくれますねぇ」
そんな自分の教育係を放置して、ソフィアは微笑ましいものを見るように呟き、語を続けた。
「あ~あ。アタシもエリエリみたいに、BLに理解のある人と結婚したいなあ」
「……いや、オレたち、結婚してないんだけど」
「え゛っ!? そうなのっ!? その仲の良さで!? ウソでしょ!?」
一言ごとに、にじりにじりと距離を詰めながら、ソフィアは目を輝かせる。
「じゃあさ! じゃあさ! お願いがあるんだけど!!」
……自分と結婚してくれないかという無茶ぶりがくるものかと覚悟していたのだが。ソフィアのお願いは、その予想の斜め上をいくものだった。
「今度、あなたとあのワーウルフをCP《カップリング》にした、BL書いていい!?」
「……頼む。それだけはカンベンしてくれ」
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