42.黒魔女たちの茶会

「匿うって……」


 随分物騒な話になってきたけど、何があったんだ……? しかもこの二人だけじゃなくて、総勢二十人もいるんだろ?

 エリーゼも不穏な空気を感じ取ったらしい。ソフィアとグレイスを交互に見やり、当惑の声を上げた。


「い、一体、何があったんです?」

「いやあ、それがさあ……」

「そのことについては私からご説明いたします」


 姿勢を正したグレイスが口を挟み、そして宙を見上げながら、語り始めた。


「いつの頃からお話しするべきか迷ってしまいますが……。そうですね、ソフィア様が十一歳の誕生日を迎えられた時のことからお話ししましょう」


 ……そう言って伝えられた思い出話は、いささか脚色めいていて、そして、あまりにもアレな事実だったので、ここではオレがかいつまんで説明することにする。


***


 ソフィアは魔道国の中でも、お偉い一族のお嬢様で、グレイスはその教育係を担当していた。


 赤ん坊の頃から実の妹と接するように、ソフィアに向き合ってきたグレイス。その光景は、本当の姉妹のように周りからも思われていたそうだ。

 そして、お互いに毎年の誕生日は心の籠もったプレゼントを送りあうのが、恒例行事となっていたらしい。事件は、ソフィアが十一歳の誕生日を迎えた時に起こった。


 いつものように、プレゼントを用意していたグレイス。毎年、感謝と愛情の言葉を閉じ込めた、メッセージボールを添えるのが決まりだという。


「メッセージボール?」

「ほら、タスクさん。この前レターバードにくくりつけていた、あの小さい球ですよ」

「あー、アレか」


 確か、専用機に入れたら文字とか絵が出てくるんだっけ? 流石、魔道国。紙の手紙じゃないところが、心憎い演出だな。


「ところが……。私、とんだ間違いを犯しまして」

「間違い?」

「ええ。その……、私の私物であるメッセージボールと、お嬢様宛のメッセージボールを間違えてしまい」

「なるほど」

「お嬢様の手に渡ったのは、私が大事にしていたBL《ボーイズラブ》の小説でして……」

「……は?」

「気付いた時には、ソフィアお嬢様が、それを熱心に読みふけっておられるという状況で……」


 なんでも、グレイスは『黒魔女たちの茶会』というサークルで活動中の同人作家だそうで。定期的に開催される即売会イベントに出展しては、自分の性癖ツボを付く同人誌を買いあさっていたらしい。


 ……こっちも同人文化とか、コミケ文化があるんだなと感心していたのだが。……あれ? じゃあ、そのメッセージボールってひょっとして?


「はい……。私が即売会会場で入手したものなのです」

「あー……、それは……。やっちゃったね……」


 がっくりとうなだれるグレイス。全くもって同情しかない。自分の性癖を妹のような人物に知られるとか、地獄以外の何ものでもないわな。


「止めてよ、グレイス! 落ち込む必要なんかまったくないわ!」


 黙って話に耳を傾けていたソフィアは声を上げた。


「アタシ、グレイスがくれた、あのメッセージボールで気付いたの。本当の友情、そこから芽生える愛。芸術ともいえる耽美な世界……」

「すっかり手遅れだな、おたくのお嬢様」

「ええ、本当に……。沼に引きずり込んでしまうなんて、取り返しの付かないことを……」


 目頭を押さえるグレイスとは対照的に、ソフィアは目を輝かせる。


「もっと自分のことを誇って、グレイス! お陰でアタシ、素晴らしい世界を知ることが出来たんだもの!」

「お嬢様……」

「……あー。それで? どうなったんだ?」

「ええ。それ以来、ソフィアお嬢様は、BLの世界へ傾倒されまして……」


 自らも同人活動を始め、グレイスのサークルに入り、創作に勤しんでは即売会へ足繁くかよっているそうだ。めでたしめでたし。


「話を聞いてる限り、仲が良くていいなぐらいにしか思わなかったけど。それと匿うって話は、どう繋がるんだ?」

「はい。実は魔道国というのは鎖国的国家でして」


 大陸の北西に位置する魔道国は、二千前に暗躍した『災厄王』の生まれ故郷でもある。国として、未だにその責任を負っているらしい。力が暴発しても他に被害を及ぼすことなく、国内で押さえ込めるよう、国民が他国へ渡航することを固く禁じているそうだ。


「もちろん、外交官など限られた人物や、国家間での貿易に携わる者なら別なのですが。貴族の家柄であったとしても、例外は認められないのです」

「それは相当厳しいな」

「はい。そして、問題なのが、同人誌即売会のイベントが、他国で開催されることにありまして……」

「ダメじゃんか。それ、通えないでしょ。どうするの?」

「ええ、その……。見つからないようにこっそりと……」


 呆れて、思わず口をあんぐりと開けてしまった。えー、何かしら、正規の手続きがあるものだと思ってたのに!?


「ソフィアお嬢様が、私たちのサークルに加わってから七年間。周囲にそのことが露見することなく、活動を続けることができていたのですが」

「バレちゃった、と」


 力なく、こくりと頷くグレイス。


「同士の一人の所業が判明し、そこから芋づる式に……」

「積もり積もって、二十人か」

「はい……。法廷で裁かれると、実刑は免れぬものと」


 なるほどねー。だから逃げてきて、匿って欲しいと。しかし、随分閉鎖的な国があるもんだな。元の世界でいうところの独裁国みたいな話じゃないか。


「みんな頭が固いんだもん! お父様もお母様も、芸術に対しての理解がないのが悪いの!」


 声を荒げるソフィアを、グレイスがたしなめる。


「だからといって、ご自身がお気に入りの同人誌を、旦那様と奥方様へ見せびらかすというのはいかがなものかと」

「ああ、うん。そこは自重しろ?」

「だって……! このまま裁判になったら、蛙にされる刑が待っているんだもん! 味方を増やして、嘆願書をお願いしないと……!」


 蛙にされるとか、ベッタベタな刑があるもんなんだな。……しっかしなー、両親への働きかけが、まったくの逆効果になっていると思うのはオレだけだろうか?


 ともかく、事情はわかった。何というか、実にバカらしいというか、アホらしいというか……。

 見れば向こうに残っている黒いローブの人たちも、どことなく不安そうだし。ここがダメなら、行く当てもないんだろうな、多分。


「えーっと、ソフィアにグレイスだっけ? 匿うって話。別にいいぞ?」


 オレの一言に驚いたのか、ソフィアとグレイスだけでなく、エリーゼですら目をぱちくりさせている。


「ワ、ワタシは嬉しいのですが。タスクさん……、そんな簡単に決められて、よろしいのですか?」

「ん? 別にいいんじゃない? 悪いことして逃げてきたわけじゃないし。それに」

「それに?」

「エリーゼの友達だったら、良いやつに決まってるだろうしな」

「タスクさん……」


 瞳を潤ませるエリーゼは、頬を紅潮させて頭を下げた。お礼を言われるほどでもないし、気にしないでも良いんだけどな。


「ありがとう! 本当に助かる!!」

「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたら良いか……」


 ソフィアもグレイスも揃って頭を下げ、感謝の言葉を口にしている。……が、言っておかないといけないことが。


「たーだーしっ。条件がある」

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