41.魔道国のソフィアとグレイス

 黒ずくめの集団には特徴があり、全員、ほうきにまたがって、空を飛んでいるのがわかる。


 「魔女の○急便」みたいだなと、そんなことを思いながら空を眺めやっていると、黒ずくめの集団は完成したばかりの「来賓邸」の前に、ゆっくりと下降し始めた。


 二十人ぐらいはいるだろうか? そのうち二人が点呼を取り始め、全員いることを確認してから、こちらへ歩み寄ってくる。


 見たところ敵意はないようだ。といっても、殺意すら感じられない鈍感さなので自信はないが、敵なら問答無用で空から攻撃してくるだろうしな。


 まずは話をするべきだなと考えていると、どうやら相手も同じ考えだったようで、歩み寄ってくる二人はフードを外し、その素顔を晒した。


 外見から、ひとりは十代後半といったところだろうか。バッチリとメイクを決め、大きな瞳と、オレンジ色をしたツインテールが目立つ小柄な女の子だ。

 もう一人は二十代半ばという感じで、外見から知的な雰囲気が漂う、長身の女性である。片目が隠れた紫髪のロングヘアに、切れ長の瞳が印象的だ。


 さてさて、こんなところに一体何の用があるのだろうか。名ばかりとはいえ、一応、領主なワケで、出方次第では毅然とした対応を取らなければ。

 心の中で構えるオレだったが、その警戒心を解きほぐすように、ツインテールの女の子は無垢な笑顔でこちらに向き直った。


「こんにちはぁ」

「こ、こんにちは」

「あのぉ~。こちらにぃ、『野バラ』さんがいると伺ったんですけどぉ」

「は? 野バラさん?」


 作ったような不自然な幼い声にオレは首を傾げる。……野バラさん? 誰だそれ? ワーウルフの奥様方にもそんな名前の人いないしな。


 こちらの怪訝な様子が相手にも伝わったらしい。長身の女性は女の子を呼び寄せ、何やら耳打ちし始める。


「ダメですよ、ソフィア様。一般人にペンネーム伝えたところで、誰だかわかるはずないじゃないですか」

「えー? あの人も同じサークルだと思ったんだけどなー。あの顔、こっち側の人だって、絶対」

「人を見た目で判断してはいけないと、いつも言ってるではありませんか」

「ちぇー。お仲間だったら、ちょちょいと弄んで、いいようにこき使おうと思ったのにさー……」

「確かに女性慣れはしていなさそうですが……。不必要に愛想を振りまくのも考え物ですよ」


 うわー……。会話、こっちに全部筒抜けなんスけど。女性慣れしてなさそうで悪かったな、おい。当たってるだけに反論に窮するのが悲しいところだが。


 しっかし、なんというか、本人たちは内緒話なんだろうけど、表情まで丸わかりだからな。隠す気ないだろ、アレ。つい今し方まで無垢な笑顔を見せていた女の子は、低いトーンの声で何やら企むような表情に変わってるし。もしかして、地はあっちなのだろうか?


 不審な眼差しで二人を見やっていると、オレの視線に気付いたのか、長身の女性がわざとらしく咳払いをしてから、改めて口を開いた。


「……し、失礼しました。私たちは」

「タスクどのぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」


 女性の声をかき消すかの如く、地響きを立てんばかりの勢いで走り込んできたのは、ガイア、マッシュ、オルテガのワーウルフ三人衆、通称「黒い三連星」だった。


 三人はそのままオレの前へ壁を作るように並び、そして自慢の筋肉を誇示しながら続ける。


「ご無事ですか、タスク殿!」

「えっと? はい、ご無事ですが……。みんな、どうしたの?」

「鶏舎にて作業中、空を漂う不審な者たちを発見しましたので、タスク殿に何かあってはならぬと急いで駆けつけた次第っ!!」

「いや、その人たちと、いま話をし」

「ご安心召されよ、タスク殿! 我ら黒い三連星! 命に代えましても、あるじであるタスク殿をお守りいたす所存! それこそがマッチョ道の神髄である故!」


 ……オレ、いつの間にガイアたちの主になったんだろうか? もしかして、オレがここの領主だからとか、そんな感じなのか?


「いやいや、ガイア。心配してもらってありがたいけど、オレ、ご覧の通り大丈夫だし、この人たちと話をしていただけだから」

「なりませぬっ! まずは我らがこの者らに来訪の真意をただしますので、タスク殿は安全なところでお控えいただきたく!」


 ダメだ、完全に聞いてないわ、これ。というか、さっきからガイアたちの立ち振る舞いを見て思ってたんだけど、マッチョ道って武士道みたいなもんなのか? よくわかんないなあ。


 ……ああ、いかんいかん。お客さんのことをすっかり忘れてしまっていた。このやり取りに呆然としていなければいいんだけど……って、あれ? あの長身の女性、様子がおかしいような……。なんかブツブツ言ってないか?


「フ……フフ……。ケモ×人ですか……。ナマモノは御法度にしてきたのですが……。実際にシチュを見て萌えてしまっては、私も考えを改めなければなりませんね……」


 立ったまま、ふらふらと身体を揺らす長身の女性。具合が悪いのかなと思ったが、何か幸せそうな表情をしているし……。どうしたんだ?


「ダメよ、グレイス! 相手は一般人パンピー! CP《カップリング》の妄想と、気持ち悪い笑いは、家に戻ってからにしてちょうだい!」

「忠義を貫くケモノ戦士、心配を掛けまいとする主という関係……。実に、実に尊いではありませんか、ソフィア様。尊死とうとし不可避ですよ……」

「しっかりしてグレイス! もしかしたら、人×ケモかもしれないでしょう!? 気を確かに!」


 恍惚な顔の女性の身体を激しく揺らす、ツインテールの女の子。……会話の端々から、どう考えてもアレっぽい雰囲気が漂っておりますが。


 ほら、ご覧なさい。ガイアたちなんて、何が起きてるのかまったく理解できないようで、困り果ててるもん。はっきりいって、カオス以外の何物でもないぞ、この空間。


 事態の収拾する見込みはまったくなく、どうしたものかと思案している最中、とある人物の一声がこの場を救ってくれたのだが……。


「……ソフィアちゃん? それに、グレイスさんも……?」


 背後から聞こえたのは穏やかで優しいハイエルフの声で、それが耳に届いたのか、正気に戻った二人は、声のする方へと視線を走らせた。


「エリエリ?」

「エリーゼさん?」


 エリーゼの姿を瞳に捉え、二人は駆け寄っていく。……え゛? まさか、知り合いなのか……?


「きゃー! エリエリ久しぶりー!」

「ご無沙汰しております、エリーゼさん」

「二人とも、どうしてここに?」

「んと、ちょっとワケありで……」


 すっかり場に取り残された感があるものの、とりあえず確認しなければならないことがまだあるわけで。オレは戸惑いの表情を浮かべるエリーゼに問いかけた。


「えーっと……。もしかして、エリーゼのお友達、なのか?」

「え? あ。はい、そうです。昔から良くしていただいている方々で……」

「へへー、親友だもんね、アタシたち!」


 そう言って、ツインテールの女の子はエリーゼに抱きついた。本当に仲がいいんだろうな。


「タスクさん、ご紹介します。こちら、魔道国にお住まいのソフィアさん」

「ソフィアでーす。よろしくお願いしますねえ?」


 ツインテールの女の子、ソフィアは屈託のない笑顔で会釈する。


「そしてこちらがグレイスさん。同じく魔道国にお住まいです」

「先程は失礼いたしました。改めまして、グレイスと申します。以後、お見知りおきを」


 そういって片目が隠れた長身の女性は、深々と頭を下げた。挨拶からして、二人とも対照的な性格をしていそうだ。


「ソフィアちゃん、グレイスさん。こちらがお話ししていたタスクさんです」

「ああー、やっぱりこの人がそうなんだ! へー、エリエリのねー?」


 エリーゼが紹介するや否や、ニマニマと笑いながら、まじまじとオレを見やるソフィア。その態度に、エリーゼは慌てて話題を転じた。


「あのっ! えっと! と、ところで、どうしてお二人はここにいらしたのですか?」


 ナイス質問です、エリーゼさん。さっきから話がまったく進まなかったので実に助かります。

 ようやく来訪の意図が聞けると思っていたのも束の間、ためらいがちに口を開いたソフィアは、とんでもないことを言い出した。


「それなんだけど……。エリエリ、アタシたちをここに匿ってもらえないかな?」

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