40.増築・建築・来訪者

 家の南側、『七色糖』の畑の奥に、山のように積まれた石材がある。


 水路の建設用にとアルフレッドに頼んでおいた巨大な岩石が、つい先日、領地内へ運び込まれたのだが。


 結果的に水路の建設は後回しになり、現状では不要の物となってしまった。とはいえ、すでに料金を払っている手前、今さらいらないとは言えず、かといって岩石をそのままにしておくのもジャマである。


 そんなわけで、再構築リビルドの能力で一気に石材へ変えてしまおうと思い立ったものの、どうやら一度の再構築で、石材に変化する量というのは限りがあるらしい。

 巨大な岩石の表面の一部が石材に変わって、それを別の場所へ移動してから、再度、岩石の再構築に取りかかるという、何とも地味な作業を続けること、実に三日間。


 『LaBO《ラボ》』のゲーム中だったら、整地だろうが素材集めだろうが、単調な作業を延々と続けたところで楽しいことに変わりないのだが、実際に身体を動かすとなれば話は別だ。同じ作業を三日間繰り返していると、飽きを通り越して、気持ちがハイになってくる。


 危うく「素材加工ハイ」なんていう、危険極まりない精神状態がキマりそうな一歩手前の段階で作業を終え、我に返って目の前を見ると、積み上がっていたのは石材の巨大な山だった。


 高さ四メートルぐらいはあるだろうか。いやー、巨大な岩石もジャマだったけど、石材に変わったところで、ジャマなモンはジャマだな……。


 さてさて、再構築したはいいがこの石材をどうしたものかと思案した結果、家の増築と応接室の建築で、大量消費してしまおうと考えたのだ。


 幸いなことに、家の増築する箇所は風呂場で、可燃する心配のない石材が持ってこいである。四部屋並ぶ寝室の東側を拡張し、そこに風呂場を作ろうと思いついたのだが。


 その前に確かめなければいけないことを思い出し、オレは倉庫へと踵を返した。


***


「おーい、ベル。ちょっといいか?」


 倉庫の中では、ダークエルフが真剣な眼差しで、衣料品の製造に取りかかっている。綿花や麻、アイラが狩ってきた動物の毛皮を使い、一瞬のうちに一級品の衣服などに変えてしまう、ベルオリジナルの魔法は、相変わらずスゴイの一言だ。


「ん? おっ、タックンじゃん☆ なになにー? もしかして、ウチが恋しかったとか?」


 オレの声に気付いたベルは作業の手を止め、いつも通りの朗らかな笑顔で、ウインクをしてみせる。


「いや、少し相談したいことがあってな」

「なぁんだ、残念……」

「悪かったよ。今から家の増築始めるんだけどさ、一緒に、ベルの作業部屋を作ろうと思ってな」

「ほぇ?」


 いつも倉庫の隅で作業に取りかかっているベルなのだ。他に置いてある物もいっぱいあるし、衣料品の製造部屋があった方が、ベルも捗るだろうと考えたのである。

 どれぐらいの広さがあればいいかとか、要望を聞こうと思ったのだが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「んー。別にいらないよ?」

「なんで? ここで作業するのも落ち着かないだろ」

「今のところ、作る物も多くないしネ♪ ここでの作業も悪くないし」

「そうかあ?」

「それに、ここにいれば、倉庫に用がある人たちが来たとき、おしゃべりも出来るしね☆ 気分転換になるモン♪」

「うーん……」


 と、言われてもなあ。収穫物が増えれば、この倉庫も次第に圧迫されるだろうし、将来的なことを考えると、作っておいた方が間違いないとは思うんだけど……。


「わかった。じゃあ、今回は見送るけど、欲しい時はいつでも言えよ?」

「アハッ☆ アリガト、タックン♪」


 手を振って見送るベルに別れを告げて、オレは再び寝室の東側へと足を運んだ。とりあえず、後々拡張しやすいように増築を進めていこう。ある程度、広さに余裕があれば、階段を設置して、ガイアたちの家のように二階建てにも出来るだろうし。


 そうと決まれば話は早い。ゲームで鍛えた建築テクニックを駆使して、オレは作業に取りかかった。


***


 小規模かつ、設置する物は風呂場だけということもあり、増築作業はほんの一時で終わってしまった。


 まず取りかかったのは敷地の拡張である。四部屋並ぶ寝室の東側へ、もう四部屋分の広さを確保する。


 元々あった寝室に隣接する二部屋分のスペースは、木材で作り上げたが、現状、ここには何も置かないことにした。将来的に作業部屋にしてもいいし、二階へ繋がる階段を置いてもいいように配慮したのだ。


 その隣の二部屋分は木材と石材で作り上げ、それぞれを脱衣所と風呂場にする。待望の屋内風呂! いままでのように海を眺めながら入浴を楽しむことは出来ないが、身体を冷やすことなく寝室へ行けるのは嬉しい。


 最初、「豆腐ハウス」を作ることで精一杯だった建築作業も、増築や改築など、回数を重ねることで慣れてきたようだ。構築ビルド再構築リビルドの能力に助けられているとはいえ、プロと見間違うほどの仕上がりに自画自賛してしまう。


 とはいえ、思った以上に石材を消費しなかったことと、あっという間に作業を終えてしまったことが、我ながら不完全燃焼だったみたいで、オレはそのまま応接室の建築へ取りかかることにしたのだった。


***


 建てる場所は、旧風呂場の南側である。ここなら海の眺望が楽しめるし、ゲストも喜ぶだろう。


 場所を選定したところで、早速、建築作業を開始したまではよかったものの。いやはや、なんといいますか、反動というのは恐ろしいと申しましょうか、こだわり始めたらキリがないと申しましょうか……。


 応接室の完成まで、気付いたら一週間も掛かってたよね。アイラにも「……おぬし、まだやっとるんか?」って引かれたもん。

 そりゃーそうだよ、自分たちの家を作るのにも二日しか掛けてないのに、今のところ誰も暮らす予定のない、お客を迎え入れるためだけの家に一週間だもん。そら引かれるよな。


 いやね、でも細部にまでこだわり抜いたんスよ、この家。石材で作った二階建て、しかもシンメトリーですよ、アナタ! シンメトリー!


 ちょっとね、自信作なので、久しぶりに例のビフォーアフター的リフォーム番組のナレーション調でご紹介させていただければ、と! はい、各自、脳内BGMの準備はよろしいですか? それではスタートゥ!


 ……ゴホン。見事な外観から、まず玄関へ足を運びます。華麗な装飾が施されたアーチ状の柱をくぐり抜けた先には、木造の重厚な扉がお出迎え。扉を開けた先に広がるのは、二階まで吹き抜けた開放的なエントランス。


 エントランスの左手には心安らぐ大きな応接間兼食堂が。なんと窓からは海が臨めます。豊かな自然を眺めることで、お客様との話にもきっと花が咲くはず。

 右手部分には調理設備とバスルームを配置。できたての料理を温かい内に食べてもらいたいという、匠のこだわりの導線を感じます。


 エントランス奥にある階段を上ると、なんということでしょう! 二階部分はすべて来客用の寝室が用意されています。その数、実に十部屋!


 一度にたくさんのお客様がいらしても困ることのないよう、匠が考えに考え抜いて用意した物です。ただし、大量に寝室を用意してしまったため、家具や寝具の用意はできず、部屋の中は見事にスッカラカンのまま……。


 豪華な外観と、中身のアンバランスさがたまらない……。そんな匠の新境地を思わせる、見事な邸宅に仕上がりました。


***


 フフフ、どうですか。このゲームで鍛え抜かれた建築美! 実際に作るとやっぱり迫力が違いますわな!


 ……で、ですね。出来上がった建物を見て、すっかりと達成感に浸っていたものの、建設途中で気付いたことがありましてね。


「……これ、そのまま領主邸にした方がいいんじゃないか?」


 そうなんだよ、あれだけアルフレッドには、領主邸とかいらないとかいってた割に、出来上がった物が、見事に領主邸の規模になっちゃってるもの。


 いや、でもなあ。みんなには散々、応接室作るんだって宣言しちゃってるもん。今さらこれを領主邸にするとか、流石にちょっと恥ずかしいモノがあるよね……。


 そんなわけで、開き直って、この建物は応接室改め「来賓邸」と名付けることに決定。そのうち、ジークフリートも来るだろうし、そのまま泊まるんだったら使ってもらえばいいだけの話だしだな。


 それまでには寝具や家具などを用意しておかないといけないし、アルフレッドに頼んで調度品にもこだわりたい。やれやれ、出来上がったら出来上がったで、まだまだこだわりたいところが出てくるもんだなあ。


 ともあれ完成したことに変わりはなく、みんなへ報告に向かおうと家へ足を向けた、その時だった。


 北の空から、黒いローブをまとった集団が、こちらへ飛来してくることに気付いたのだ。

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