39.エリーゼの隠し事?
珍しく早起きした日の朝。
まだ寝ているであろう三人を起こさないよう、オレはそっと家を抜け出し、早朝の新鮮な空気を身体に取り込むため、大きく伸びをする。
「ん~~……。久しぶりに熟睡した気がするな……」
というのも、ここ最近、すっかり寝不足が続いている状況で。事の発端は、先日の「全裸のアイラ熟睡事件」なのだが、以来、家の改築前と同様、オレが寝静まった後を狙うように、アイラがベッドへ潜り込むようになってしまったのだ。
その度に起きては一悶着し、結果、諦めて一緒に就寝。早朝、アイラが全裸になっていることに気付いて、再び一悶着という、ラブコメのセオリー的イベントを繰り返している日々なのである。
嫉妬に駆られた幼なじみ的ポジションのヒロインに現場を目撃され、理不尽な暴力を振るわれる、そんなお約束的展開がない分、まだ睡眠不足だけで済んでいるのが救いなのだろうかと、思わなくもないのだが……。
まあね? オレだってカワイイ女の子に抱きつかれるのはウレシイし、幸せですよ? でもね、それと同じぐらい、安眠することも幸せだと思うワケですわ。アイラにクレームを言ったら言ったで、いい加減慣れろとしか返ってこないしなあ……。
気持ちのいい朝に不釣り合いの、ため息交じりで身体をほぐしていると、瞳の端に、空を見上げるハイエルフの姿が。
ブロンド色の美しい髪を三つ編みにした、ふくよかな体型の女性。温かく、優しい微笑みの主は、見間違うこともなくエリーゼである。
(……こんな朝早くに何してんだ?)
当然のことながら湧き上がった疑問を解明すべく、様子を伺っている最中、エリーゼはゆっくりと腕を宙に上げた。
やがて、差し出した手に足を止める一羽の鳥。文鳥より一回り程度大きく、全身が灰色の羽で覆われている。
「エリーゼ、何してるんだ?」
どうやら誰もいないと思っていたらしい。オレの声にビクッと全身を震わせたエリーゼは、慌てふためきながら、その鳥を抱きかかえた。
「た、タスクさん!? ど、どうして……?」
「ああ、なんかちょっと早く目が覚めちゃってさ」
「そ、そうなんですか……」
「その鳥、カワイイな。もしかしてエリーゼが飼ってるのか?」
自分の行動を見られていたことにようやく気付いたらしく、エリーゼは両手に持った鳥をおずおずとオレに差し出した。
ふくふくと丸みを帯びた灰色の鳥は、瞳がつぶらでとても愛らしい割に、尾の部分は槍を思わせるほど長く鋭い。
もちろん日本では見たことのない品種で、食い入るように眺めていると、エリーゼがこの鳥について説明してくれた。
「この鳥、レターバードと呼ばれているんですけれど」
「へえー。レターバードねー」
「その、ワタシが飼っているというわけではなくて……。遠く離れたお友達と、手紙のやり取りをする時に使う鳥なんです」
なるほど。伝書鳩みたいなものか。……それにしては、どこにも何もついてないけど。
「手紙のやり取りって、どうやるんだ? 足に手紙をくくりつけるとか?」
「いえいえ。この鳥の身体の中に付いてるんです」
口にしながら、エリーゼはふくふくと丸みを帯びたレターバードの身体の中を探っていく。すると、羽の中に小さな球体がくくりつけられているのが見えた。
「この中にメッセージが入っているので、それを読むんですよ」
「入ってる? 球を割ったら手紙が出てくるとか?」
「この球の中に、魔法を使って映像や文字を閉じ込めてあるんです。再生する専用の道具があるので、それを使って読み取ります」
へー。現代でいうところの、ソフトウェアとハードウェアの関係そのものだな。なんというか、今までゲームや創作で想像していた概念とは違って、魔法というのは実に奥深く、興味深いもんだねえ。
説明しながら、エリーゼは自分が作ったであろう手紙の球体を、レターバードの身体にくくりつけていく。
「手紙って、誰に送ってるんだ? ハイエルフの村の誰かとか?」
特に他意もなく尋ねたことなのだが、エリーゼはギクッとしたように、一瞬身体を硬直させ、震えた声で応じる。
「……いえ、その……。遠くに、仲の良いお友達が住んでいて……。近況報告……などを……」
「あー、そうなんだ。ここでの暮らしのこととか?」
「そ、そうですねー……。最近、タスクさんから教わったお料理のこととか……、その、色々……」
……明らかに歯切れが悪い。何か聞いてはいけないことを聞いてしまっているのだろうか?
まあ、あまりプライベートを深く追求しても悪いよな。女の子だし、探られたくないこともあるだろう、うん。
一人で勝手に納得し、大人しく、エリーゼが鳥を空へ放つのを見守ることにした。手から羽ばたいたレターバードは、ふくふくの身体に似合わない猛烈な速度で、瞬く間に空の彼方へ消え去っていく。
「すげえスピードだな……」
「品種改良で、速度に特化した鳥らしいですよ」
「それはいいけど、あの猛スピードだろ? 飛んでる時にあの球、落としたらどうするんだ? 大事な手紙が入ってるんだろ?」
「それなら問題ありません。中身を見るのに必要な秘密の暗号があるんです。間違った暗号を入力すると、中身が消滅する仕組みで」
スパイ映画さながらの高機能だ……。しかし、そうなると、その再生する道具というのにも、俄然、興味がでてくるな。
先程から、どうやらエリーゼはこの話題に触れられるのをイヤがっているみたいだけど……。その道具だけでも見せて貰えないかなあ?
「なあ、エリーゼ。もしよかったらでいいんだけど、その球を再生する道具、見せて貰うわけには」
「だっ、ダメです!!!!」
元々、ダメ元のお願いだったのだが、あまりの拒絶反応に、一瞬唖然としてしまう。エリーゼもエリーゼで、ハッと我に返ったらしく、神妙な面持ちで頭を下げた。
「ご、ゴメンナサイ、タスクさん。わ、ワタシ、いきなり声を荒げてしまって……」
「い、いや、いいんだよ。オレもエリーゼのプライベートに踏み込むようなこと言って悪かったな」
「いえ、そんな……」
「もうこんなお願いしないからさ、気にしないでくれると助かるよ」
「そんな、ワタシの方こそ……」
すっかり落ち込んでしまったエリーゼを前に、どうしたものかと頭をかきむしる。
「とりあえず、朝食の用意をしようか。美味しい物食べたら、気分も変わるだろうし」
「タスクさん……」
「さ、そうと決まったら、家に戻ろう!」
「……はい!」
こうして割と強引に話題を打ち切り、オレたちは家に戻った。心優しいエリーゼがこれだけ嫌がるというからには、何か事情があるのかも知れないし、そもそもプライベートを深く探るのもどうかと思うしな。
今後、嫌な思いをさせてしまうことがないよう、オレも自分の行動に注意しないといけない。そんなことを考えながら、朝食の準備へ向かったのだが。
この早朝のひょんな事が、後日発生した、とある出来事に繋がることになるとは、この時のオレはもちろん知る由もなかったのである。
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