38.エビの養殖、そしてお風呂問題

「ほ~。エビの養殖、ですか。面白いことを考えますな」

「上手くいくかどうかはわかんないけどね。元手も掛からないし、物は試しってことだよ」


 ワーウルフたちの家の近くにある、直径八メートル程度の池に、持ち帰ってきたロングテールシュリンプを放した。とりあえず、オス・メス十匹ずつ。その様子をガイアが興味深げに眺めている。


 本当はもっと持ってきたかったんだけど……。人間の欲望というものは悲しいモノで、どうしても、エビを食べる誘惑には勝てず。


 「育てるにしても、試食して味を確かめておかないとな!」という、どうしようもない言い訳をしながら、本日の食卓へ並べる分も一緒に持ってきたため、養殖用のエビは明日また取りに行こうという結論に至ったわけである。


 うん、わかってるんだ……。意思が弱いなっていうツッコミも受け入れようじゃないかっ! だけどね、エビだよ? エビ! もう、オレの口は「今夜はエビフライ以外受け付けない」って事になっちゃってるんだもん。そりゃあしょうがないよ。食べる分持って帰ってくるよ。


 ま、そんなわけで、ガイアたちに水場を使っていいか確認してから、エビを放流したんだけど。じぃっと池をのぞき見ているものの、どうやらガイアはいまいち乗り気でないようだ。鶏の時とは違って、さほど熱量を感じないもんな。


「もしかして、エビ嫌いなのか?」

「いえいえ、そういうわけではないのですが。ワーウルフにはエビを食べる習慣がないもので……」

「あ、そうなの?」


 あー、それは悪いことをしちゃったな。ベルが美味しいっていってたから、この世界の人たち全員食べるものだと勘違いしてたよ。

 そら、自分たちが食べないものを、近くで飼育されても困るよなあ。他に飼育用の池を作るかね。


「しかし、タスク殿。滝からここまで運んでこられるところを見るに、エビの養殖には相当、力を入れたいようですな」


 重苦しい空気を察したのか、ガイアはわざとらしく話題を変えてくれる。むぅ、気を使わせてしまって申し訳ない。


「いや、力を入れてるっていうか。恥ずかしながらエビ好きでね。好きなものをいつでも食べられるようにしておきたいだけなんだよ」

「良いではありませんか。我々も良質なタンパク質を摂取するため、鶏を飼うことをリクエストしましたし」

「ああ、そうだ。タンパク質で思い出したんだけど、エビってタンパク質豊富なんだよね」

「……なんですと?」


 オレの一言に、ガイアの顔つきが豹変する。


「う、うん。オレも詳しくは知らないけど、鶏の胸肉よりエビの方がタンパク質多いって話でさ。オマケに低カロリーでビタミンも豊富。栄養バラン」

「タスク殿!!!!!」


 話の途中なのだが、ガイアはオレの両手を握りしめ、目と鼻の先まで強面を近付けてから、鼻息荒く言い放った。


「このロングテールシュリンプの養殖……。是非とも、我々ワーウルフにお任せ願えませんか……!?」

「……いや、だって、エビ食べないんじゃ……?」

「何を仰る!! 高タンパク低カロリーの食材こそ、マッチョ道を極めるために不可欠な存在っ……!! 我々が世話をしなくて誰が世話をするというのですかっ!!」

「でも、ガイアたち、鶏の世話だってあるでしょ?」

「我々のマッスル力を甘く見てもらっては困りますな、タスク殿! 文武両道! 筋肉に不可能なしですぞ!?」


 はーっはっはっはー! と高笑いしながら、背中をバンバン叩いてくるガイア。いやもう、痛いだけで意味わかんねえよ。


 とりあえず、その後の話し合いで、エビの養殖はオレとワーウルフたち共同で進めることが決定。害獣たちが荒らさないよう、ガイアたちへ池の周囲に電気柵の設置をお願いした。


 まあ、世話を買って出てくれる人がいるのはありがたいんだけど。正直、オレもエビの養殖については知識がないからな。ベル曰く、苔や虫を食べるっていってたから、現状、池の中へ自生しているもので十分育ってれるとは思うけど。


 数が増えたり、苔が無くなってくる前に、餌のことを考えないといけない。何かしら知恵を貸してくれると思うし、アルフレッドに聞いてみるのもひとつの手だろうな。


 当面は試行錯誤しながら、養殖を進めることにしよう。何せ手を付けなければならないことは他にもあるのだ。


 その中で、アイラたちに相談しないといけないことがひとつ。ま、夕飯の時にでも話をするとしますかね。


***


 その日の夜。


 夕飯に用意したのは待望のエビフライ(ちなみにだが、尻尾は長すぎるので、流石に切り取った)で、手製のタルタルソースを添えた一品に、オレだけではなく、他の三人も喜びの声を上げている。


 アルフレッドから、お湯で薄めて使うタイプの殺菌剤を購入したお陰で、卵も安心して使うことが出来るようになった。

 早速エリーゼにマヨネーズの作り方を教え、派生形としてタルタルソースの作り方も教えることに。味見をしたエリーゼの感激っぷりと、瞳の輝きようは忘れられない。


 唯一残念なのは、こちらの世界のキャベツは生食に適さない固いものだったことだ。本当なら、千切りキャベツを添えたかったが、涙をのんでキャベツのソテーとトマトを添えて彩りを出すことに。


 おっと、いけない。料理談義はこの辺にしておいて、本題に移ろう。夕食後、『七色糖』の葉を煎じたお茶で一息入れながら、オレは三人に、とある相談を持ちかけた。


「お風呂場?」

「そ。家の増築をするからさ、女性用の風呂場を用意しようと思ってな」


 先日、アルフレッドが来訪した際、待望だった鉄製の風呂釜が二つ届いたのだ。


 いままでは、家の外にある風呂場まで足を運ばなければならなかった。しかし、入手した風呂釜は小型で、さほど場所も取ることがないので、家を少し増築して風呂場を確保しようと考えたわけである。


「そんなわけで、女性用の風呂場はどういうものがいいか、要望を取ろうと思ってな」

「反対」


 真っ先に口を開いたのはアイラだった。


「家の中に風呂場を作るとしても、男女別々にする必要はあるまいて。ひとつだけで十分じゃ」

「……お前はそれでいいかもしれんが、乱入されるオレの身にもなってくれ」


 そうなのだ。現状、オレが風呂に入っている最中、続けてアイラが風呂場に入ってくるのが問題なのである。


 いや、正確に言おう。アイラだけでなく、ベルやエリーゼですら入ってくる。……はい、そこのあなた方、「羨ましいだけなのに、何言ってんだコイツ。軽く○ってやろうか」とか考えているのが、手に取るようにわかりますよ、ええ。


 オレも同じ立場だったら、明確な殺意を覚えると共にそんなことを考えたでしょうけどね、現実はツライんスよ……!

 だってホラ、立場上、オレは家主で、相手は単なる同居人ですよ? 手を出しちゃいけないんだもの。マジで生殺しですわな。


 その上、抜群のスタイルをしているアイラは、はしゃぎながら湯船の中で抱きついてくるし、ベルはベルで「タックン、ちょーエッチな目してんジャン☆」とか言いながら、美しい裸体を隠そうとしないし、エリーゼはエリーゼで「あまり見ないで下さい……恥ずかしい……」とか言いながら、女性らしい、ふくよかな裸体をチラチラ見せてくるし、ああもう、こちとら棒っきれじゃねえんだぞ!!!


 目のやりどころにも困るし、健全な男子ですもの、思春期の中学生よろしく、毎回前屈みですよ、そりゃあ。

 そんなこんなで、せめてリラックスして風呂に入りたいという、遠回しなオレのリクエストでもあったわけなんだけど。あいにく、女性陣にそれは伝わらなかったようで。


「ウチもはんたーい♪ 別にオフロ一緒でもよくね? みんなで入った方がたのしーじゃん☆」

「わ、ワタシも……。その、タスクさんがお嫌で無ければ、一緒がいいのですが……」


 ベルもエリーゼもそれぞれに不満顔で、反対を表明している。……本気ですか、あなた方。


「っていうかさー、タックンは何をそんなに気にしてるワケ?」

「あのな。一応、オレも男だし、みんなだって異性の目を気にしながら風呂に入るの嫌だろ?」

「別に私は構わん。そもそも、ここに来るまで水浴びしかしてなかったしの。風呂という物があることを知らんかったし」

「ウチもおんなじだしー☆ オフロって、男女一緒に入るモンだって思ってた♪」

「わ、ワタシは村に男女別のお風呂がありましたが……。皆さんと一緒に入れた方が嬉しいです……」


 三対一。完全に分が悪い。……い、いや、まだだ。まだ諦めるわけにはいかないっ!


「で、でもさ。ほら、ひょっとして、もしかするとだよ? その……、いやらしい目でみんなを見ちゃう時だってあるかもしれないし……」


 口にするのも情けない話だが、ここは正直に打ち明けた方がいいと思う。いつまでも手を出さずにいられる自信もないしな。


「別におぬしなら、見られても構わんがの」


 真っ先に反応したのは、やっぱりアイラだった。


「というか、今更何を言っておるのじゃ? 何だったら手を出してもらっても構わんというのに」

「アイラ、お前な……」

「ウチも、ウチも☆ そうだよ、タックン! いっそのこと、みんなに手を出しちゃえばいーじゃん♪」

「ベルまで何言って……」

「そ、そうです! タスクさん! 一夫多妻制も多夫一妻制も、別におかしな事ではありませんし!」

「エリーゼ……」

「いやはや、これだけ魅力的な女子おなごたちが言い寄っておるのじゃ。おぬしも果報者じゃのう?」


 ニヤニヤと悪戯っぽく笑うアイラ。っとに、コイツは……。

 そりゃあね、これだけ素敵な女性陣に囲まれれば幸せですよ、ええ。でもね、今の関係性も大事にしたいわけですわ、こっちは。


 とはいえ、アイラもベルもエリーゼも、一向に話を止めようとしないので、風呂場は一緒にするということで話は決着。ああもう、どうしてこうなった……。


 ……うん、いや、わかってるんだ。ここで暮らしている以上、いつかは誰かと添い遂げる覚悟をしなければならないってことぐらい。

 せめてその決心がつくまでは、理性を保つことができますように……。心に誓いを立てたものの、自信は全くないっ!! だって三十歳の健康的な男だからねっ!!


 はあ……。まあ、その時はその時でまた考えよう……。

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