37.樹海の滝と清流の食材
森を抜け出て現れた滝は予想以上に壮大で、その景色にただただ圧倒されてしまう。
高さ十五メートルはあるだろうか。流れ落ちる水の勢いも激しく、滝壺とその先に続く川へ、絶え間なく大自然の豊かな恵みを供給し続けていた。
周囲には細かな水の粒子が舞い散って、白い霧状を生み出すと、幻想的な光景も同時に楽しむことができる。観光名所にならないのが不思議なぐらい立派な場所だ。
「タックーン☆ ほらほら! キモチいーよー?」
振り返った先には、流れの緩やかな場所を見つけたのか、靴を脱いだベルが岩場に座り込み、清流へ素足を投げ出している。疲れを癒すにはもってこいかもしれないな。
「タックンもおいでよ♪ ちょっち休も?」
「そうだな。そうするか」
ニコニコ顔に誘われ、オレはベルの隣へ腰掛けた。倣うように放り出した足からは、川の冷たさが伝わり、歩き疲れて貯まった熱を心地よく解放してくれる。
「気持ちいいなあ……」
「エヘヘヘ☆ でしょー?」
ゆっくりと交互に両足を上下させるベル。相当にご機嫌らしい。これだけ素晴らしい所なら、リラックスできるに決まってるよな。
「この滝って、名前とかついてるのか?」
「んー? 特にないかなー? みんな好きなように呼んでるし。樹海の滝とか、北東の滝とか」
「あ、そうなの?」
「タックン、樹海の領主になったんでしょ? この滝に名前を付けてあげればいいジャン☆」
「いや、オレ、ネーミングセンスがないからさ……」
と、そんなやり取りを交わしながら、オレはハッとなった。また名前云々で揉めだして、最終的にオレの名前が付いた滝になったらどうしよう、と。
うん、それはイヤだな。何だよ『タスク滝』って、想像しただけでも恐ろしいわ。滝だってそんな名前を付けられるのは本意ではないだろうし、後世にそんな名前を残すとなってはかわいそうである。
いざとなったら、強引にでも何か別の名前を付けなければ……! そんな決意を胸に秘めていると、ベルが顔を覗き込んでくる。
「どったの? タックン、考え事?」
「い、いや。それより、案内してくれてありがとな、ベル。お陰で素敵な場所を知ることが出来たよ」
「アハッ☆ ノープロっしょ☆ どうどう? 水路、作れそう?」
「そうだなあ……」
正直、水路と水道について専門的な知識はない。教科書レベルのことでしか知らないが、それでも、水門を設置して水路を繋ぎ、沈殿池と濾過池を経由して、浄水池に貯まった水を配水する程度のことはわかる。
ガイアたちワーウルフが加わったとはいえ、人手不足は否めないし、気の遠くなる作業になりそうだなあ、これは。
アルフレッドが言っていた通り、当面は別の開拓を進めた方がいいのかもしれない。思案に暮れつつ、清流を眺めていると、放り出した足の先で動く何かを目に捉えた。
「……あれ? ベル、あそこにいる、アレなんだ?」
「んー? どれどれ?」
「ホラ、足の先にいる、長いヤツ」
「あー♪ あれはロングテールシュリンプだよ☆」
「シュリンプ? ……エビ、なのか?」
大きさは二十センチといったところだろうか。川エビにしては立派なサイズだが、特徴的なのは尻尾の長さで、全長のおよそ三分の一ほどを占めている。
なるほど、名前の通りだなと感心しつつ、さらによく観察していく。頭部の近くには小さなハサミが付いているのがわかり、どことなくテナガエビっぽくも見えた。
「なんであんなに尻尾が長いんだ?」
「あの尻尾で川の中の小さな石とかを巻き上げて、苔とか虫を食べるんだ☆ 水辺をキレイにしてくれるから、『掃除エビ』ってあだ名もあるんだよ♪」
「へー、『掃除エビ』ねー……」
あだ名はとりあえず置いといて……。何を隠そう、ワタクシ、エビは大好物でしてね!
タルタルソースがたっぷり掛かったエビフライ……! ガーリックトーストを添えて食べるアヒージョ……! 大盛りご飯が欠かせないエビチリ……! とにかく、エビ料理には目がないのですよ、ええ。
そうなると、このエビが美味しいかどうかが気になって仕方ないワケで。……いや、待てよ? この世界の人たちって、そもそもエビを食べる習慣はあるのか?
『掃除エビ』なんて、食欲が減退するあだ名付けてるぐらいだからな。もしかしたら食べないのかもしれんし。
「あー……。その、何だな、ベル。この辺の人たちって、エビ食べたりするのか?」
「ん? そりゃあ、モチっしょ☆ ロングテールシュリンプは塩焼きにすると、スッゴク美味しいんだよ♪」
「へー! そうなのか!」
ああ、良かった。特にあだ名とかは関係ないらしい。そうとわかれば家に持って帰って、今夜は久しぶりのエビ料理を堪能しようかな!
「ベル、少し待っててもらっていいか?」
「どしたの?」
「そこにある木を構築して、木桶を作ってくる。このエビ、持って帰って食べよう」
「アハッ☆ タックン、それナイスアイディアだよ! ウチも手伝うね♪」
持参したタオルで濡れた足を拭き取り、靴を履いてから、近くの樹木へ足を運ぶ。すると、隣を歩くベルが不意に口を開いた。
「ロングテールシュリンプは、今の時期が一番美味しいんだよ☆」
「へえ、なんで?」
「んとね、村の
その一言に、オレは足を止める。
「だから、今の時期が一番栄養があって美味し……って、タックン、どしたの?」
「産卵期……。産卵期か」
旬の時期の食材は魅力的だ。しかし、ベルの言葉にあることを閃いたオレは、エビ料理を満喫することよりも、別のことで頭がいっぱいになってしまった。
「なあ、ベル。ロングテールシュリンプの、オスとメスの区別ってできるか?」
「え? う、うん。それはモチできるケド……。何するの?」
「家でいつでもエビを食べられるようにしようかなって思ってさ」
「……どういうこと?」
首を傾げるダークエルフへ、オレは微笑み返した。
「このエビを持ち帰って、養殖を始めるんだよ」
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