36.ベルとのお出かけ

「『タスク領』の成立と領主就任、おめでとうございます」

「うっさい……」


 広場のベンチに腰掛けて頭を抱えているオレに、アルフレッドが微笑んでいる。


「いやはや、これほどメデタイ日はありませんよ。僕もお祝いをしなければいけませんね」

「やかましいわ。元はといえばだな、お前が王様相手に色んな事話したからこうなったんだろうが」

「いやー、それについては申し訳ないです」


 紺色のボサボサ頭をかきむしり、釈明するアルフレッド。


「ですが僕も必死だったのですよ。下手なことを言えば、商人の職を抹消されるどころか、処刑も免れませんでしたから。その点をご理解いただければ……」

「まあ……。大変だったっていうのは、あの王様のお供をしていた様子からわかったけどさ……」


 普段、のらりくらりとしているアルフレッドが、全身に恐縮と緊張をまとってたからな。ジークフリートとの面会も、針のむしろだったに違いない。


「しかし流石ですね、タスクさん。龍人族の王に気に入られるとは……。これも異邦人の持つ魅力というものでしょうか?」

「多分、ちょっと違うな。先輩の異邦人――ハヤトさんが頑張ってくれたお陰で、オレという存在がすんなり受け入れられたんだと思うぞ」


 オレたちは揃ってジークフリートを見やった。文官を引き連れ、ベルとエリーゼの案内を受けながら、畑を視察している。税の計算をするそうだ。

 とはいっても、領地として差し出せる収穫物は『遙麦はるかむぎ』『七色糖ななしょくとう』、それに綿花ぐらいしかない。ある程度考慮するという話だが、ぜひともよろしくお願いしたいところだ。


「そうだ。領主となられたのです。これからは『タスク様』とお呼びしなければ」

「怒るぞ、アルフレッド。今まで通りに接してくれよ。必要以上に気を遣われるのはカンベン願いたいんだ」

「そうですか。それなら遠慮なく」


 アルフレッドはメガネを直しつつ、それはそうと、と前置きした上で続けた。


「家の建て替えを進めなければなりませんね」

「ええ~……? 今のままで十分だろ。四人暮らしだし」

「そうはいきません。あなたは嫌かも知れませんが、対外的には領主という立場になられたのです。それなりにふさわしい住居を構えねば」

「領主っていったって、ここは僻地だぞ? 名目上、偉くなったからって家を広くする必要もないだろう。それよりも先に水路の整備とかを進めたいし」

「無礼を承知で申し上げますが……。今後、訪問客が訪れた際、現状の家ではもてなすとなっては相手に失礼です」


 そうかなあ、なんて、反論を試みようとアルフレッドを見やったが、龍人族の商人はいたって真剣な表情なので、言葉に詰まってしまう。


「仮定の話ですが。もし今後、ジークフリート王がタスクさんの家へ訪れたとして、出迎える領主邸が今のままでは、与える印象はどうでしょうか?」

「王様はそんなことを気にしないと思うけどなあ……」

「もちろん、王はお気になさらないでしょう。問題はその配下たちなのですよ。彼らは体面や面子を重んじますので」

「……配下? あの文官とか、兵士とか?」

「はい。幸いなことに、現状、王はタスクさんへ好意を抱かれています。しかし、王の好意を非礼で返す領主と思われてしまってはダメだということです。相応の礼儀で応えなければ、彼らはあなたを無作法者と認識するでしょう」

「そういうものか?」

「敵は少なく、味方は多いことに越したことはありません。であれば、王もあなたに対しての働きかけをしやすいでしょうし」

「うーん……」

「なにも華やかな宮殿を作れといっているわけではないのです。少なくとも、応接間程度は用意した方がよいかと」


 貴族などとも取引のあるアルフレッドの言うことだ。言ってることに間違いはないのだろう。

 でもなあ、肩書きが偉くなった途端に豪華な家を建てるとか、すごくイヤな感じだよな……。権力を笠振るうってヤツ? そういうのはどうもなあ……。


 相当、渋い表情をしていたのか、アルフレッドはオレの顔を見て笑い、そして妥協案を打ち出した。


「では、こういうのはいかがですか? とりあえず、応接室のような場所を他に作りましょう。そして当面の間は今の家に住みながら開拓を進め、その片手間に領主邸を建築していくというのは」

「いい提案だと思うけどさ。それだとオレ、いつまで経っても領主邸なんて建てないと思うぞ?」

「それはどうでしょう。タスクさんがどうお考えになろうとも、他の方がそれを許してくれないと思いますよ?」

「それってどういう……」


 アルフレッドへ問い返そうとした矢先、遠くから豪快な笑い声が響き始めた。


「ガハハハハ! 荒れ果てた土地だと思っていたが、なかなかに良い場所ではないかタスク!」


 文官たちを畑に置いて、ジークフリートが一足早く戻ってくるのが見える。


「税のことについては文官たちへ伝えておいた。何も心配するな」

「ありがとうございます」

「うむ。それでだな、タスクよ。ちと相談があるのだが……」


 そういうとジークフリートは、キョロキョロと辺りを見回し、近くに配下たちがいないか確認してから切り出した。


「今後、定期的にここへ訪問してもいいだろうか?」

「それは構いませんが……。どうしたんですか?」

「いや、なに。ハヤトの暮らしていた世界のことを知りたくてな。……話を聞かせて貰えないだろうかと」

「ええ、その程度でしたら。今度は違う日本食をご馳走しますよ」

「おお! それは嬉しい! いやはや、ここへ来る楽しみが増えるというものだ」

「といっても、材料が揃えばの話になりますが……」

「なに、構わぬ。何せこのような頼み事、立場上、配下の者たちには聞かせられんのでな。『賢龍王けんりゅうおう』たる者、懐古に浸る姿を他の者へ見せるわけにもいかんし」


 ジークフリートは苦笑した。王様は王様でまた大変なんだろうな……。


「ではよろしく頼むぞ。ここへは領地視察という名目で来るからな」


 そう言って、片手を上げながら龍人族の王は踵を返した。ま、立場上、遊びに行くとは言えんわな。

 ……しかし、そうなってくると、だ。


「応接室と領主邸、建築を進めなければいけませんね」

「だな……」


 笑いを堪えるアルフレッドへ、オレは肩をすくめて応じ返す。まったく、開拓だけしていきたかったんだけどなあ。そういうわけにもいかないか……。


 とにかく、取り急ぎ応接室だけは用意しよう。あまり乗り気はしないけど、領主邸のことも頭の片隅に入れないとな。


***


「タックン☆ ほら~、こっちこっち♪」

「あんまり急ぐなよベル。道もないし、歩くの大変なんだからさ」


 森の中をスイスイと進んでいくダークエルフが、大きく手を振って呼びかける。元気があって何よりだが、森に不慣れなオレにもちょっとは配慮して欲しい。


 ジークフリートから領主として任命された翌日、オレは今後の開拓をどのように進めるか考えをまとめるため、東の森へやってきたのだった。

 お目当ては北東にあるという大きな滝で、水路はそこから敷いていこうと考えたのである。本格的な作業は当面先になるかもしれないが、場所だけは把握しておきたい。


 そんなわけで、アイラたちに道案内をお願いしたところ、東側の森に詳しいというベルがガイドを買って出てくれることになったのだが……。


「……いやはや。これは遠いなあ」


 歩き始めて一時間は経っただろうか? 見渡しても見渡しても同じ景色が続く状況に、オレはすっかり精神的に参ってしまった。

 あとどれぐらいで着くのかという問いかけに、ベルは「もうちょっち先☆」としか繰り返さないし。……まさか、これから一時間以上歩くわけじゃないだろうな?


「タックン? 大丈夫?」


 呼吸を整えていると、心配そうにベルが顔を覗き込んでくる。


「ああ、ゴメンゴメン。森を歩くのに慣れなくてなくてさ。すっかり足手まといだな」

「ううん、そんなことないよ! ウチこそ、ひとりで先にいっちゃってゴメンね?」


 勢いよくかぶりを振るベル。つい先程までの闊達さは消えてしまい、シュンと落ち込んでしまったようである。……イカンな、オレのせいでブルーな気分にさせてしまった。


「そ、そういえばさ。今日は妙に張り切ってたけど、滝に行くのがそんなに楽しみだったのか?」


 何か話題をと思って切り出した一言に、たちまちベルは頬を膨らませる。


「ぶー! もう、タックンってば! ぜんっぜん、オトメ心をわかってないよねー!」

「はあ?」

「ウチとタックン、二人だけでお出かけするから、めっちゃバイブス上がってたのにぃ」


 そういって、オレの腕に自分の腕を絡めるベル。


「……あー。ベルさん、からかうのは止めて欲しいのですが……」

「からかってなんかないモン! ウチだってタックンのこと、ちょーラブなんだからね!」


 ますます身体をすり寄せてくるベル。灰色のサイドポニーが揺れ、露出の多い服装からは瑞々しい褐色の肌が見え……イカン! しっかり理性を保つんだタスク!!


「それなのにさー。タックンってば、最近、アイラっちとエリちゃんとばっかり仲がいいんだもん……。アピっとかないとって思ったワケ!」

「いや、仲がいいというのはそういうアレじゃなくてだな」

「ふーんだ、いーもん! タックンはウチとのお出かけなんて、どうせつまんないんでしょー!?」

「そんなことないよ! オレだって、ベルと出かけるの楽しみにしてたし!」

「……ホント?」

「ホントだって! 今だって、せっかくベルに案内してもらってるのに、バテちゃって申し訳ないなって思ってて」

「エヘヘ~、ノープロっしょ☆ こうやって腕を組んで歩けば、ちょー安全だし♪」


 すっかりご機嫌に戻ったベルは、オレと腕組みしながら鼻歌交じりに歩き出す。表情がコロコロ変わって可愛らしいが、モデルを彷彿とさせる抜群のプロポーションなので、不意打ちでこういうことをされると、ものすごくドギマギしてしまう。


 中学生のような反応を必死で隠し通すため、平静を装っている最中、ベルが囁いた。


「ねぇ、タックン。心臓、ちょーバクバクいってるね☆」

「う……。そ、そりゃあ、そうだろ。ベルみたいな美人に腕組みされてたら、誰だってこうなるよ」

「……アハッ☆ そっかそっか♪ それもそうだネー☆」


 とはいいつつも、オレの意に介すことなく、ベルは腕組みを止めようとしない。少し背けたその顔は、ほんのり赤いような気もするけど……。まあ、ベルがそれでいいならいいか。


 それから歩いて二十分は経っただろうか。風が奏でる葉のざわめきの中へ、徐々に水の音が聞こえ始め、次第にその音量は大きくなっていく。


「あっ☆ タックン、ホラ、あそこあそこ! 滝、見えてきたよ♪」


 ベルが示した先には相変わらず木々が生い茂っているが、その間から、確かに激しく流れ落ちる水の光景を見ることができた。

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