35.領主誕生
「えっと……。それはいいんですが、何かあったんですか?」
「いやなに、ハヤトが元の世界へ帰る際に使った聖遺物というものがあってな、宝物庫の奥へ封印していたと思っていたんだが……」
「見つからなかった、と」
「その通り。期待させるようなことを言って悪かったな」
龍人族の王は申し訳なさそうだが、オレとしては元々断るつもりだったので、特に問題ない。落胆する気配のないオレに気付いたのか、ジークフリートは表情を改めて問い尋ねた。
「見たところ、あまりガッカリしていないようだが……」
「ええ。元々、その件はお断りしようと考えていましたので。オレの暮らす場所はここですから」
「……ふむ」
まじまじとオレの顔を見やるジークフリート。……何か変な事言ったかなとか、そんなことを考えるよりも早く、豪快な笑い声が再びオレの耳へと飛び込んだ。
「ガハハハハハ! そうかそうか! それは結構!」
「はい?」
「こちらの世界へ身を置こうとしている者へ、ワシも無粋なことを言ったものだ! いや、失礼した!」
「い、いえ……」
「しかし、少し残念だな」
「?」
「そなたが帰ることを希望していたら、聖遺物を手に入れる冒険へ出られると考えておったのだよ。二千年ぶりに、派手に身体を動かせると思ってな」
もっとも、破滅龍と災厄王は、もうこの世界におらんがな、と付け加え、ジークフリートはまた笑った。いやいやいや、例えいたところで冒険の旅とかマジ無理ですって! 命がいくつあっても足りないし!
世界征服とか、世界中に散らばった十三の秘宝を見つければ、もしかすると元の世界へ帰れるかもしれないという、仮定の話は秘密にしていた方が良さそうだな、こりゃ。この王様、喜び勇んで旅立ちそうだし……。
「しかし、だな。そうすると、そなたへの褒美はまた考えねばならんわけだが」
笑いを止めたジークフリートは思案顔でオレに向き直る。
「ええ。その件なのですが、お願いしたいことがひとつありまして」
「ほう。遠慮せず、言ってみるが良い」
「この地への永住と、開拓する権利をいただけないでしょうか?」
アルフレッドは見放された僻地だから問題ないと言っていたが、この『黒の樹海』周辺が龍人族の国の領地であるということに変わりない。
今後、暮らしていく上で問題がないよう、許可を貰えればと考えたのだ。トップに認められれば、アイラたちも余計な心配をせずに生活を送れるだろうしな。
「つまりだな、そなたをこの一帯周辺の領主として認めよ。そういうことだな、タスク?」
「……はい?」
昨日、あれだけ考えた代案なのだが、王様には意図せずして伝わってしまったようだ。
「いえいえ。領主ではなく、ただ権利だけ認めていただけ」
「ガハハハハ!! 心配せずとも、もとよりそのつもりであったわ!」
「いえ、ですか」
「なに、元の世界へ帰せないとわかった時、せめて代わりに何か出来ないかと、ワシも考えたのだが……。そなたを『黒の樹海』周辺を治める領主にするのが一番なのではと思いついてな」
「あの、そこま」
「領主ならば、ある程度の裁量権もあるし、そなたの開拓の手助けになるはずだと」
「その、領し」
「税のことなら心配いらんぞ! 見たところ、住民は数える程度だしな。しばらくの間は考慮しようではないか」
アカン……! これ、完全にアカンやつやで……! 全っ然、人の話を聞こうとしねえな、この王様は!!
……ええ、完全に場の空気に流されましたとも。次の瞬間には文官さんたちが何人も出てきて、証書やら印やらを押しつけられましてね、簡易的な領主の任命式まで執り行われましたとさ。「ノー」と言えない日本人だと笑えばいいさっ!
いやだって、ムリだよ、あの中で領主を断ることなんて出来ないって。なんていうか、みんな祝福ムードだし、拍手に包まれて、王様から直々に任命されるのを拒絶とか、ハードモードにも程があるっ!
えー……。そんなわけで、ワタクシ、本日、サラリーマンから『黒の樹海』一帯を治める領主へのジョブチェンジを果たしました。わあい、やったねー(棒)。
まあ、考えようによっては結果オーライなのかも知れない。結局、ここは龍人族の国の支配地域に変わりなく、つまりは庇護して貰えるってことだしね。
開拓を進めていく上で、今度、問題が起きないとは限らないしな。何かあった時は、偉い人に押しつけてしまおう、うん。
何とか自分を納得させつつ、現実を受け入れようとしている最中、すっかりご機嫌なジークフリートは、満面の笑顔でなおも続けた。
「そうだ。領地の名前を決めないとな」
「領地の名前、ですか?」
「そうだ。たった今より、ここはそなたが治める土地になったのだからな。それを周知させるためにも、名前は決めておかなければ」
「はあ、そういうものですか……」
「タスク。そなた、何かいい案はあるか? ないなら慣例に従って、こちらで決めてしまうが……」
突然言われてもなあ。ピンとくるような名前が、いきなり閃くはずもない。そもそも、領主に任命されたのだって急な出来事だったわけだし。
「思いつかないので、慣例通りでお願いしてもいいでしょうか?」
「うむ。ではそうしよう」
ヘンにこだわった名前とか、逆に不自然で浸透しにくいしな。山手線の新駅の名前が『高輪ゲートウェイ』へ決まった時のように、クソダサくて、ナニそれ感満載の領地名を付けても、こちらの世界の人たちに受け入れられないだろうし。
こういうのは、こちらの世界の慣例に従うのが一番なのだ。郷に入っては郷に従え、である。大人しくジークフリートたちに任せておこう。
そんなことを考えていたオレだったのだが。文官を呼び寄せ、「記録しておくように」と命令するジークフリートの次の言葉に、自分の誤った判断を、早速、後悔することになる。
「……慣例通り、領地の名前は領主の名前から取ることにする。すなわち、『黒の樹海』周辺を、今後は『タスク領』として記すように――」
……はい。そんなこんなで、有無を言わさず領地の名前は『タスク領』となり、オレはそこの領主に任命されました。……どうして、どうしてこうなった……。
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