31.王との対話

 恐らく、普段腰掛けている豪奢な椅子とは対極にある、簡素な木製の椅子へ龍人族の王は腰掛けている。

 木造平屋建て、大して広くもないリビングルームという庶民的な場所には、あまりにも不釣り合いだが、シワひとつない立派な軍服に身を包んだ王様にとっては、些末ですらないようだ。


「よろしければお茶でも……」

「うむ。かたじけない」


 これまた木材で構築ビルドしたカップへ、お手製のお茶を注いだものを三人分用意し、オレは王と対峙するようにテーブルへ腰掛けた。

 来客の事など想定すらしていなかったので、もちろん茶菓子などはない。せいぜい来るのはアルフレッドぐらいだったしな。今度、エリーゼと一緒に、保存の利く焼き菓子を用意しておこう。


 で、アルフレッドはアルフレッドで、王の隣に腰掛けた緊張からか、カチンコチンに身体を固めたままだし。瞬きすら忘れているようで、少し気の毒に思うところはあるのだが……。それはさておき、アルフレッドには問い詰めたいことが山のようにあるのだ。


「……ほう、旨いな。味わったことのない味だが……」


 ズズズとお茶をすすった龍人族の王であるジークフリートは、感嘆の声を漏らす。本当ならコーヒーや紅茶、あるいは酒でもてなすべきなんだろうけど、あいにくそんなものはない。


「気に入っていただけたなら何よりです。『七色糖ななしょくとう』の葉を煎じたお茶なのですが」

「ふむ、そうか」


 『七色糖』の収穫途中、葉っぱから爽やかな匂いを感じ取ったので、お茶にしたら美味しいんじゃないかと、適当にちぎって乾燥させてみたのだが。

 これを煮出したところ、果物が入ったフレーバーティーのような色合いと味になったのを発見したのだ。以来、我が家の休憩時間のいいお供になっている。


 しかし、だ。とにかく、間が持たないッ! そして空気が重いッ! 今でこそ物静かにお茶をすすっているジークフリートだが、ついさっきまで、連れだった兵士たちに怒鳴り声をあげてたし。


 いや、ラーメン作りを頼まれて、戸惑いこそしたものの、引き受けたまではよかったのだ。問題はその後、ジークフリートが家の中に入るという際に、兵士たちが発狂に近い様相で、次々に諫言したことで。


 曰く、「お一人では危険です!」だの、「何の罠が待ち受けているかわかりませんぞ!」だの、「こんな粗末な小屋へ、偉大なる王を入れるわけには参りません!」だの、「豚小屋のような家に王が入るなど、龍人族の品位に関わりますぞ!」だの、住んでいるヤツを目の前に、まあ、ありとあらゆることを言ってくれやがりましてね……。ホントにこのヤロウ。


 で。そんな兵士どもを一喝した上で、アルフレッドだけをお供にすることだけを許し、ジークフリートは我が家へやってきたのだった。


 とはいえ、庶民の部屋で王様をもてなすということに、オレにも若干の抵抗があったワケで。護衛する兵士たちの立場を考えて、新設した広場に設けた休憩用のテーブルへ案内するべきだったかなとか、そんなことを考えたりもしたのだ。


 でもなあ……、外に王様座らせるっていうのもなあ……、とか、そんなことを考えていると、ジークフリートはテーブルにカップを戻し、張り詰めた空気を和らげるような、穏やかな口調で切り出した。


「スマンな。突如、大勢で押しかけてしまって。大層、驚いたであろう」

「……え? ああ~、そうですねえ……。まあ、少しは……」

「本来であれば、ワシとアルフレッドだけで、そなたの家に向かおうと思っていたのだが……。家臣たちがどうしてもついて行くとうるさくてな」


 いやいや、そりゃそうでしょうよ。偉い人が見知らぬ土地へ護衛もなしに出かけるとか、部下からしてみたら恐ろしくてたまらんでしょうに。ましてや、自分たちの国の王となってはなおさらだ。


 そもそも、だ。ラーメンのこと以前に、肝心なことを聞いていない。


「あの。どうしてここへ……?」

「アルフレッドから、『黒の樹海』に異邦人が住んでいるという話を聞いてな。是非、会ってみたいと思ったのだ」

「そうですか……。しかしですね、失礼な事をお聞きしますが、一国の王ともあろうお方が、異邦人云々という話を、そう簡単に信じられていいのですか?」

「ふむ。その疑問はもっともだな。ワシも最初は疑ったものだ。商人風情が異邦人の名を騙り、高価な商品を売りつけ、暴利を貪っていると」


 隣に座るアルフレッドは、ますます身体をこわばらせる。何だか気の毒になってくるな。


「そこで、ワシはアルフレッドを城へ呼びつけ、真偽を質すことにした。本当に異邦人がいるのかと。いるのなら証拠を見せよ、とな」


 ああ、なんというか、その時のことが安易に想像できるな。兵士たちに取り囲まれ、詰問され、涙目を浮かべるアルフレッドの姿……。


「そこでアルフレッドが証拠として提出したのが『七色糖』でな。それまで見たことも聞いたこともない作物を前に、これは、と思ったわけだな」

「そうですか……」


 うーむ……。まさか『七色糖』が事の引き金になるとは……。大人しく『遙麦』だけ卸しておくのが良かったのか……。


「しかし、それは単なるきっかけに過ぎん。そなたが異邦人であるという確証を得たのは、別のことでだ」

「別のこと?」

「わからんか? 水道とラーメン、このふたつだ」


 ……ラーメンはみんなも知らなかったようだし、多少は怪しまれても仕方ないとは思うけど、水道はアルフレッドも知っていたし、特に問題ないと思うけどなあ。


 そんな疑問が顔に表れていたのか、ジークフリートは軽く笑い、そして続けた。


「この世界において、水道という設備は龍人族の国の首都にしかないのだ。いわば門外不出、国家機密の技術なのだよ」

「え゛? そ、そうなんですか……?」

「うむ。水道という技術も、ラーメンという料理のことも、その昔、ワシの親友が伝え残してくれたものでな」


 親友が教えてくれた……? この世界にはない知識と技術ってことか……?


「……すると。その親友って、まさか……」

「うむ。よく気付いたな。ワシの親友もそなたと同様、他の世界からやってきた――異邦人だったのだ」


 そして、ジークフリートは語り出した。二千年前、龍人族の国に突然現れた異邦人――かつての親友との思い出を。

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