30.『賢龍王』ジークフリート

「『七色糖ななしょくとう』ですか……。それはまた規格外の物を作られましたね……」


 アルフレッドはメガネを手で直し、呆れと感心を半分半分にした口調で感想を漏らした。


「こういうことを伺うのもなんですが、異邦人というのは、常識外れのものを作られるのが普通なのでしょうか?」

「オレに聞かれてもわかんないよ。『七色糖』だって、偶然の産物なんだし」


 肩をすくめて応じると、アルフレッドは軽く息を吐いてから続ける。


「まあ、いいでしょう。それで『遙麦』に加えて、『七色糖』もお取引されたいお考えで?」

「うん。流石に、こんなデタラメな物売れないかなあ?」

「いえいえ。十分需要はありますよ。デタラメ度合いでいったら、先日の『遙麦』も相当な物ですし」


 そういや『遙麦』は、高級品で知られる『丸麦』の、更に上をいく品質っていってたもんな。こういうのも、この世界の人たちには、ある種のチートみたいな物なんだろうな、きっと。


「異邦人の方がお作りになったということで箔も付きますし、きっと高く売れるでしょう。ギルドの認可も問題ないと思いますよ」

「異邦人が作った、か。そんなこと言って怪しまれないのか?」

「むしろ、そう言わないと説明できない品質のものですからね。多少、不審がられるのは覚悟の上ですよ」


 紺色のボサボサ頭をかきむしりながら、苦笑するアルフレッド。オレの知らないところで色々苦労を掛けているのかも知れない。


 ああ、そうだ。異邦人の話題で思い出したんだけど、アルフレッドに聞いておきたいことがあったんだ。


「なあ、アルフレッド。オレが質問するようなことじゃないと思うんだけどさ」

「なんでしょう?」

「ここ、こんな勝手に開拓しちゃっていいのかな? いや、片付けろって言われても、もう手遅れなところまで来ちゃってるんだけど……」


 国家がこの世界に存在している以上、土地の所有権だってあるはずだ。そうなると、ここも誰かの所有地と考えた方がいいと思う。


「ああ、その件でしたら問題ないですよ」


 多少の不安が混じった疑問だったのだが、アルフレッドはそれを一蹴した。


「確かに、この『黒の樹海』周辺は龍人国の領地内ですが、『黒の樹海』自体、打ち捨てられているようなものですし」

「打ち捨てられている?」

「ええ。僕も言い伝えでしか聞いたことがないのですが、昔からこの場所へ入植しようとした者は、ことごとく悲惨な死を迎えると言われておりまして」

「いや、ちょっと待ておい。随分と酷い場所なんじゃないか」

「無神論者と伺っていましたので……。このような言い伝えはお気になさらないかと」


 そう言ってアルフレッドは愉快そうに笑った。いや、信じないよ? 信じないけどさ……。聞かされた方としては何かイヤじゃんか。


 質問しない方がよかったかなと後悔していると、アルフレッドは表情を改める。


「そんな言い伝えはさておき。ご心配なさらずとも、現国王のジークフリート様は寛大なお方です。辺境の土地が多少開拓されようと、気にされないと思いますよ」

「そんなもんかねえ?」

「ええ。何せ、皆から『賢龍王けんりゅうおう』と呼ばれるほどですから。民に優しく、善政を施される名君ですよ」


 手放しで褒め称えるアルフレッドは珍しいかも知れない。いつも、どこか怪しかったり、そこはかとなく食えないところがあったりするもんな。


「ところで、タスクさん。三日後の約束、お忘れなきよう……」

「ラーメンでしょ。わかってるよ。あ、そうだ、頼みたいものがあるんだけど……」


 そうして取引に戻ったオレは、普段使う生活用品の他に、二つのものをリクエストした。ひとつは鉄製の風呂釜。いい加減、外にある風呂場ではなく、家の中で風呂に入りたいのだ。室内へ設置できるよう、コンパクトなものを頼んでおく。


 もう一つは巨大な岩石である。ドラゴンの姿でないと運べないような、超巨大サイズの岩。


「それはかまいませんが……。何に使われるのですか?」

「うん、石材に加工してから、水路と水道を作ろうと思ってね」


 みんなに聞いてみたところ、水路というものは知っているが、水道というものは知らないらしい。今のところ、井戸水で生活を賄っているが、衛生面や将来的なことを考えると水道は必須だ。


「なるほど……、水道ですか。確かに東の離れた場所には滝がありますので、水路はそこから延ばすことが出来ますしね」


 ……あれ? アルフレッドは水道のこと知ってるのか? それとも、龍人族の国は他の国より発展しているのだろうか?

 そんな疑問が頭をよぎり、それを尋ねようとしたところ、アルフレッドから先手を打たれた。


「岩石のままでご注文されることに、多少の疑問はあるのですが……」


 ……う。そりゃそうだよな、石材を大量に注文した方がいいっていうのはわかってるんだけど。岩石から再構築リビルドした石材は、重さを感じないメリットがあってだね……。


「……まあ、何かお考えがあるのでしょう。伺わないことにしますよ」


 表情を読み取ったのか、アルフレッドはそれ以上何も言わなかった。そして注文内容を確認し終えると、ドラゴンの姿で西の空へ飛び立っていく。


 うーん、何か色々と能力のことがバレつつあるな、これは。今度、ラーメンをご馳走するし、その時に改めて話でもしよう。



 ……と、三日前はそんなことを思っていたんだけど。どうしてこんなことになったかなあ……。


 オレの両脇には、完全武装の兵士たちがずらっと立ち並んでいる。そしてその奥からは、黒地に銀色のラインが入った軍服に身を包んだ、黒髪のたくましい中年男性が、兵士たちの中央を堂々と歩いてくるのが見える。


 男性が一歩歩く度、兵士たちが敬礼を捧げて……って、いやもう、ガチじゃないっスか、コレ。男性の背後にいるアルフレッドがアイコンタクトを送ってくるけど、申し訳ないという表情しか読み取れません!


 やがて中年男性はオレの前で立ち止まり、威厳と沈黙を保ちながら、険しい視線でオレを見下ろした。……でかいな、身長二メートル以上あるんじゃないか?


「……ごほんっ!」


 男性をまじまじと眺めていたオレを呼び戻すように、アルフレッドがわざとらしく咳払いをした。


「タスクさん。こちらにおわすお方こそ、我らが王。『賢龍王けんりゅうおう』ジークフリート様であらせられます」


***


 『賢龍王』ジークフリートは身じろぎひとつせず、相変わらず、観察するようにオレを眺めやっている。


 は~……。なるほど、王様だけあって、見れば見るほど立派なものだ。引き締まった肉体、知性に溢れた顔。首元と額の傷は戦いで負ったものだろうか?


 それを少しも隠そうとしないところから、戦士としての誇りも持っているのだろう。オールバックに整えられた黒髪は少しも乱れることなく、ボサボサ頭のアルフレッドとは対照的だ。


 ……あれ? なんでアルフレッド、そんなに焦った顔してるの? オレなんかした?


「貴様っ!!」


 アルフレッドに尋ねるよりも早く、両脇の兵士たちが声を荒げる。


「国王陛下の御前であるぞ! 頭が高い! 控えおろうっ!!」


 ……いや、そんないきなり「水戸黄門」の助さん角さんでしか聞かないようなセリフを言われてもな。こっちはこっちで、いきなり大人数で押しかけられて困惑以外の言葉がないワケですよ。


 ついさっき、西側の空から紺色のドラゴンが姿を見せたから、ああアルフレッドが来たんだなあとか思っていたらだよ? その後に二十頭以上のドラゴンが群れをなしてやってくるのが見えたじゃないですか。そりゃあビックリもするわな。


 お陰で一緒に農作業をしていたワーウルフの奥様たちは、おっかなびっくり家に逃げちゃうしさ。

 いや、ガイアたち、黒い三連星は「我々も一緒に立ち向かいますぞ!」とか言ってたんだけどね。なんか厄介なことになりそうなので、一緒に避難してもらうことにしたのさ。大事になっても困るからな。


 アイラやベル、エリーゼたちも家の中へ一旦戻ってもらうことにした。とりあえず、オレが代表して話を聞けばいいだろう。


「貴様っ! 聞いているのかっ!?」


 ……おっといけないいけない。兵士たちを無視してたな。いやもう、殺気立ってるじゃないの。やだなー、もう。


 何だろう、アルフレッドの初訪問と同じで、殺気に対する感覚が欠落しているのだろうか? 不思議と恐怖を感じないんだよな。死ぬ時は死ぬモンだと思っているし、意外と達観しているのかも知れない。


 さらに無反応を貫いていると、兵士たちはことのほか激高したらしい。全員、腰に構えた剣に手を伸ばし始めた、その時だった。


「止めぬか! 馬鹿者ども!!」


 それまで黙っていたジークフリートは兵士たちを一喝し、荒げた声でさらに続けた。


「突然の訪問で、無礼を働いているのは我らである! そなたらこそ敬意を払わぬか!」


 国王の一言で場は静まり、兵士たちは慌てたように気をつけの体勢に戻る。王様っていうのはやっぱりスゴイなあ。


「兵たちが失礼した」


 こちらに向き直ったジークフリートは、険しい表情から一転、穏やかな表情に変わり、ダンディズム溢れる声でオレに語りかけた。


「いえ、こちらこそ。申し遅れました、私は……」

「アルフレッドより、そなたのことは聞いておる。タスクという名だそうだな」

「は、はい」


 ……うーん、改めて話しかけられると、とてつもない威圧感だな……。王様にとっては普通に話しているだけだと思うけど。


「話に聞いたが、そなたは他の世界からやってきた異邦人であると」

「ええ、まあ……」

「なるほど。道理で……」


 ジークフリートは片手を顎に当て、思案顔を浮かべている。な、何がわかったんだろうか?

 とはいえ、こちらから話す勇気もなく、考えてないで何かいってくれないものだろうかなんて思っていると、しばらくの間を置いてから、ジークフリートは口を開いた。


「アルフレッドに聞いたのだが。ここでは不思議な作物を育てておるそうだな」

「えっと、『遙麦』と『七色糖』のことでしょうか? どちらも偶然の産物といいますか……」

「ふむ。この世界にはない知識も知っておると見える」

「まあ、他の世界からきましたので……」

「アルフレッドに料理を振る舞う約束を交わしたとか」

「ああー。ラーメンのことですか。ええ、確かにラーメ」

「それだっ!!!!」


 話の途中で大声を発したジークフリートは、オレの両肩をがっちり掴み、必死な形相で大声を上げる。え、え!? な、何コレ!?


 脳内が激しく混乱しているところへ、追い打ちを掛けたのはジークフリートの発した次の言葉で、オレはその一言に間違いがないか、自分の耳を疑うのだった。


「頼みがある! そのラーメンとやらを、ワシに作ってもらえないだろうかっ!?」

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