29.塩ラーメンと七色糖
「ハイ、お待たせー。出来たぞー」
テーブルに並べられた四つの器から湯気が立ち上る。この時のために、わざわざ木材を
生まれて初めて作った塩ラーメンは、貝の出汁がよく絡むように縮れ麺を用意した。機械はなく手作業で切ったため、太さがバラバラなのはご愛敬だ。
貝のスープだけではあっさりしすぎるだろうと、具材にはイノシシ肉と野菜を炒めたモノを乗せ、トッピングにはゆで卵を添える。どちらかといえば、タンメンのような見た目だが、味は問題ないだろう。
さて……。テーブルに座る三人は、興味と不審をない交ぜにした瞳で、目の前の料理を見やっているワケだが……。
「タックン、これなぁに?」
「ああ、オレが元いた世界の料理でな、ラーメンっていうんだけど」
「わ、ワタシにはパスタ料理に見えますけど……」
「あ。やっぱりこの世界にもパスタはあるのか」
「ええ。雑穀の生地を機械で押し出して麺状にするので、先程タスクさんが作られていた手法とは違うのですが……」
押し出し……ってことは、ところてん方式でニョロニョロ出していくのか。仕上がりは生パスタみたいな感じなのかな?
「ところで、おぬしが持っている、その二本の棒っきれはなんじゃ?」
オレが手にしているお箸を、怪訝そうにアイラが眺めている。
「ああ、これはオレの故郷で食事の時に使う器具だよ。使いにくいから、みんなは気にせず、フォークとスプーンで食べてくれ」
「ふーん……」
「ささ、伸びないうちに食べよう。いただきます!」
「「「いただきます」」」
まずはスープを一口……。
ふーふー……ごくっごくっ。
……うん、やっぱり旨い! あっさりした塩のスープに、肉野菜炒めの油が加わってコクが出てる。
さ、次は麺だ!
ふーっ、ふーっ……。ズ、ズズズズー!! はふっはふっ!! はふっはふっ……!
う、旨い! 旨すぎる……! えー!? 何コレ!? 自分で作っておきながら、こんなこというのもなんだけど、売り物にできるんじゃないかコレ?
『遙麦』がスゴイのだろうか? 噛み締めるとモチモチした食感に加え、ほんのりとした麦の甘みが口に広がる。のどごしもイイ!
不揃いな麺の太さもいい味を出していて、スープがよく絡み、旨みの波状攻撃が口の中へ襲いかかる。いやー、スゴイもの作ったな、オレ……。
おっかなびっくりしていた他の三人も、オレが食べ進める様を見て安心したのか、今では夢中で麺をフォークへ巻き付け、口元に放り込んでいる。みんな、幸せそうな顔してるわー。
「美味しいです! コレ美味しいですよ、タスクさん!」
「うんうん☆ こんな料理、見たことも食べたこともなかったけど、ちょーイケてるし♪」
「うむ、これなら毎日食べてもいいのう……」
「……毎日は塩分の摂り過ぎになるから止めた方がいいと思うぞ。うん、でも、気に入ってくれたみたいで安心したよ」
予想以上の高評価は流石に照れくさい。照れ隠しに頬をポリポリかいていると、向かいに座るエリーゼが目を輝かせた。
「タスクさんの住んでいた世界には、こんなに美味しい物がいっぱいあったのですか?」
「そうだねえ。オレが暮らしていた国は、特に食べ物のこだわりが強かったかなあ」
「ワタシ、タスクさんにお料理いっぱい習いたいです! いいですか!?」
「もちろん、オレで良ければ」
「じゃあ、ウチは試食たんとーネ☆」
「うむ。試食なら私にも任せておけ。食べる専門じゃからな」
「お前はちょっと手伝えよ、アイラ……」
口々に料理のことを話しつつ、テーブルには笑顔の花が咲き誇る。美味しいものを食べれば、みんな幸せな気分になるよな。
和食への渇望が消えたわけではないけど、多少は満足できた。ここが発展していけば、使える食材も増えるだろうし、その分、再現できる日本食のレパートリーも増えるだろう。
それにこのラーメン。今でも十分美味しいが、使える材料が増えれば、まだまだ改良の余地がありそうだ。みんなも気に入ってくれたようだし、これから定期的に作るとしよう。
***
「へえ~。ラーメン、ですか?」
「うん。麺料理なんだけどさ、割と美味しく作れてな」
後日。取引をしにきたアルフレッドと、オレは雑談を交わしていた。アルフレッドは元いた世界について興味があるらしく、ラーメンに対しても猛烈な食いつきを見せる。
「そんなに興味があるなら、今度ご馳走するよ」
「本当ですかっ!?」
「ああ。他のみんなも気に入ってくれてたしさ。日程さえわかれば、事前にスープも準備しておくから」
「では、三日後! 三日後はいかがですかっ!?」
「反応早っ!? いや、いいけど、そんな短期間でいいのか?」
「かまいません! ご依頼いただいた物は、その日までにキッチリ用意しますのでっ!」
……いや、頼んだ商品が早く来る分には嬉しいんだけど、アルフレッドは大変じゃないんだろうか?
「それにしても……」
話題を転じるように、アルフレッドは目の前の畑を眺めやった。
「また、とんでもない作物が育ちましたね……」
「うん、これについてはオレもビックリしている……」
家の南側、海へ向かう草原に作った畑のあちこちには、青々とした茎が地中から生えて、そこから無数の葉が伸びている。
その中の一本を引き抜いたオレは、地中に埋まっている楕円形状の実を掘り起こして、土を払った。根に付いた七つの実は、それぞれに色が異なり、野菜とも果物とも判別しにくい鮮やかさだ。
「……これ、全部同じなのですか?」
「うん。全部が全部、まったく同じ。七色の実を付けた作物がなってる」
先日、ふとした拍子に
いや、もちろん、最初に植えた種からは、一株しか収穫できなかったんだけど。そこから種子を作り、この作物を増やしたのはワケがあり……。
話はこの作物を初収穫した日まで遡る。
***
「なんじゃコレ……。見たことないぞ、こんなモン……」
初収穫した七つの実をテーブルに置き、オレたち四人は途方に暮れていた。赤・オレンジ・黄・緑・黄緑・白・黒、それぞれが異なる色なので、食べられるかどうかもわからない。
「ちょーアゲアゲなカラバリじゃん☆ こんなん作れるとか、タックン、マジスゴくない?」
「いや、褒めてもらってもなー。食えるかどうかもわからんし……」
「ワタシもこんな作物は初めて見ました……」
そうか……、食材に詳しいエリーゼもお手上げか。野菜なのか果物なのかもわかんないもんな……。
食べられる代物だとしても、どうやって食べたらいいのかわかんないしね。生食が出来るのか、火を通さないといけないのか。
やっぱり廃棄した方がいいのかななんて、半ば諦めていると、何かに気付いたのか、アイラは七つの中から黒色の実を手に取り、観察するようにじっくり眺めて、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「これ……。黒甜菜じゃないかえ?」
「黒甜菜?」
尻尾と耳をピクピク動かし、手に持っていた実をエリーゼへ手渡す。
「……ああ! そうですね! よく見れば、黒甜菜に近いです! ……アイラさん、よく気付きましたね?」
「ほのかに甜菜特有の匂いを感じ取っての。もしかして、と思うてな」
エッヘンと胸を張るアイラ。はー……、よく気付くモンだな。猫人族ならではの感覚ってことか。
「仮に黒甜菜だとして。どうやって食べるんだ?」
「このままでは食べません。砂糖の材料なので」
実をすりおろし、煮立たせてから布で絞る。絞った汁をさらに火へ掛けて、焦がさないよう混ぜ合わせながら水分を飛ばし、あとに残ったものを乾燥させたら砂糖になるそうだ。
「わー……。手間が掛かるな、そりゃ」
「砂糖は高級品ですから……。養蜂業が一般的なので、蜂蜜は入手しやすいのですが……」
そういうもんか。この世界だと、お菓子とかも高そうだしなあ。贅沢品扱いになるんだろうか。
「……ちょっと待て。この黒いのが甜菜だとして、他のヤツは何なんだ?」
「さあ?」
……さあ、ってアナタ。まあ、わかんない物はしょうがないか。この中の一つだけ、正体が判明した分、ラッキーと思っておこう、うん。
さてさて、謎が解明されたところで、試したいことがひとつ。……そう、「
物を加工し、素材に変えることができる再構築なら、理論上、黒甜菜も砂糖に変化するはず。何を隠そう、同じ方法で『遙麦』を粉にしているのだ。麦で出来ることを、甜菜でできないわけがない。
いっそのこと、残った実も全部再構築してみようかな。砂糖に出来なかったその時はその時でまた考えるとして、七つの実が砂糖に変わっても問題ないように、オレは七枚の皿をテーブルへ並べた。
「よし、まずこの黒いヤツからやってみよう」
黒甜菜に似ているという実を手に取り、オレは呟いた。
「
瞬く間に実の形状は崩れ、茶色い粉状に変化して皿の上に落ちていく。三人は歓声を上げて見守り、次々に出来上がった茶色い粉を味見するのだった。
「おお、間違いなく砂糖じゃの」
「ええ! とっても上質な砂糖です」
「メッチャ甘~いっ☆」
躊躇することなく食べることにビックリするけど……。ま、いいか。こちらの世界では、この色の砂糖が普通なんだな。元いた世界だと白いやつが普通なんだけど。
とにかく、再構築できるのはわかったし、残りの実も片付けようかと次々に再構成を進めていく。瞬く間にテーブルの上は色とりどりの砂糖で埋め尽くされた。
黒甜菜だけは茶色に変化したのに、それ以外の実は、見た目と同じ色のまま粉末状に変わっていく。元いた世界でお馴染みの白い砂糖も出来上がったが、こちらのものはより甘みが強いように思えた。
そしてこれが最も重要な変化なのだが。残りの五色の砂糖はそれぞれ味が異なり、甘みと同時にフルーティな味を感じることができるのである。
「あ、これは爽やかな甘さですよ」
「こっちはちょーいいニオイ☆」
「スゴイもんじゃの、タスク。どんな魔法を使ったんじゃ……?」
……はい、オレにもさっぱりわかりません。うーん、考えられるのは、やっぱり先日の「構築」だろうか。アクシデントに過ぎないのだが、果物の種と黒甜菜の種を合成してしまったことが原因なのか?
合成によって、それぞれの特性が表れた作物が作られた。その可能性が微粒子レベルで存在している……?
とはいえ、現に作れてしまっている上、味もいい。この一つだけで終わらせるのはもったいない出来だ。
種子を取り出して増やしていけば、食材も増えるし、アルフレッドとの取引にも使えるかもしれない。
その場にいた全員一致で専用の畑を作ることが決まり、この作物を、今後『
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