27.罠サークル『メガネドラゴン』、そして種の合成
『世界トラップ協会』というのは龍人族の国に本部がある組織で、大陸各地にその支部が存在するそうだ。
協会の主たる目的は「芸術の域まで昇華させた罠を開発し、一次産業に貢献する」というもので、およそ二万人の会員が害獣や害虫対策の罠を開発するため、日々研究を重ねているらしい。
毎年春前に、開発した罠の展示即売会があるそうで、そこには会員だけでなく商人も大勢訪れると……。なるほどねえ。異世界にもいろんな団体があるんだなあ。
「……あれ? 認定マイスターっていうのは何なんだ?」
「協会が実施する試験に合格することで、名乗ることができる称号といいますか。認定マイスターにならなければ、展示即売会への出展が認められないんですよ」
「二万人もおる割に、意外と不便なんじゃの。皆、研究に励んでおるのだろう? 好きなように発表させてやればよいではないか?」
「二万人もいるから大変なんです。販売に際しては、罠の誤動作が起きないよう安全面も徹底しなければいけませんし、軍事へ転用できないよう、誰が何を作ったか、わかる必要がありますので」
「そうすると、アルフレッドもその即売会に出展できるってことだよな?」
よくぞ聞いてくれましたと髪をかき上げ、アルフレッドは自慢げに続けた。
「モチロンですっ! つい先月の話になりますが、僕も『メガネドラゴン』というサークル名で参加しましてね!」
「くっそダサい名前じゃのう」
「それはもう、出展した新作の罠も皆さんにご好評いただきましたとも、ええ!」
アイラの辛辣なツッコミには耳を貸さず、アルフレッドはまくし立てる。
「そういうワケですので、ご自宅周辺の安全は、このアルフレッドにお任せいただければと! ハイ!」
「うん、大体わかった……けどさ」
すっかりやさぐれている様子のアイラへ一瞥をくれてから、オレはアルフレッドに問いかけた。
「一口に罠って言っても、色んな種類があるんだろ? ウチに適した罠はどういうものなんだ?」
「おっと、焦らないでください、タスクさん。僕がこれから、じっくり丁寧にご説明しますので……」
フフフ……と企むような笑いを上げながら、アルフレッドはメガネを手で直す。何というか、いつもの感じのいいお兄さんという印象が消え、マッドサイエンティスト的な怪しさしかないな、コレ。
まあ、オレとしては頼る以外に選択肢がないので、どういった物があるか教えてもらうしかないのだが。
空間に出現させた鞄の中から、次から次に何だかよくわからない物が飛び出しているという状況に、きっとアルフレッドの話が長くなるんだろうなあと、いまから軽く辟易してしまうのだった。
***
まずご紹介したいのがコチラですと、アルフレッドが地面に置いたのは、直径一メートルの正方形の紙で、中央には魔方陣のような模様が刻まれている。
「これは?」
「メガネドラゴン今年の新作、『春風一号』です」
「……おぬしのそのネーミングセンス、どうにかならんのか?」
「無駄に装飾を施した名前より、わかりやすい名前の方が、大衆に受け入れやすいものですよ」
「名前はいいから。どういう罠なんだ?」
ため息交じりで尋ねたオレに、アルフレッドは自信満々で応じる。
「ええ、こちらは一度限りの使い捨ての罠になるのですが、絶大な威力のものでして。まず、害獣が模様を踏むことで罠が作動します」
「ふむふむ」
「すると、この模様から局地的な竜巻が瞬時に巻き起こりまして、害獣を空中へ吹き飛ばします」
「へー。すごいな」
「そうでしょうそうでしょう! 何せ吹き飛ぶ高さは三十メートルにまで達しますから、どんな害獣が相手でも問題ないですよ!」
「どんな相手でも?」
「どんな相手でも、です!」
「ふむ。この罠じゃが、間違って私らが踏んだとしたら。その時も作動するのかえ?」
「ああ、そうだよな。それ確認しとかないとダメだよな」
オレとアイラが揃ってアルフレッドを眺めやるが、返事はなく。その代わりに、そそくさとその罠を仕舞ったと思えば、次の罠を取り出すのだった。
(……オレらが踏んでも作動するんだろうな、アレ)
(じゃな……)
囁きあうオレたちをよそに、大きく咳払いをしたアルフレッドは「まだまだ、ご紹介したい罠はありますので!」と、話を続ける。
……何となくだが、よくない予感を覚えながらも、一度説明を求めてしまったからには最後まで聞こうと、オレは妙な覚悟を決め、そして耳を傾けた。
***
……ぶっちゃけよう。正直、時間の無駄だった。
アルフレッドが用意していた罠はどれもハズレで、害獣への威力は抜群ということはわかるものの、人が触れても作動してしまい、更に言えば、作動した瞬間に死ぬような物ばかりなのだ。
地中に埋め込まれた鉄槍が貫通する罠とか、身体全体をトリモチで包んで窒息死させる罠とか、対象を灰に帰すまで舞い上がる炎の柱とかさ……。
「どれもこれも危険過ぎだっての!」
「何を仰るのですか! 貴重な財産を守るためです! 害獣にはこのぐらいの対策をしなければっ!」
猛反発するアルフレッド。ちなみにアイラは途中で飽きたようで、家の側で尻尾を揺らしながらひなたぼっこをしつつ、大あくびをしている。まあ、飽きるよな、そりゃ……。
オレは大きくため息をついてから、かぶりを振り、アルフレッドに向き直った。
「大体さ、そんな危ない代物、他に使っている人いるのかよ? 展示即売会出したんだろ? 売れたの、コレ?」
「……芸術的に磨き上げられた罠は、大衆になかなか受け入れられない物でして」
「……要するに。売れなかったんだな、ひとつも」
その指摘に頭を抱えるアルフレッド。頭を抱えたいのはオレの方だよ……。
「あのさー。そんなに危け……じゃなかった、芸術的な罠じゃなくてもいいからさ。何かないの? 使いやすい柵とか、網とか」
「使いやすい柵……ですか。それでしたら電気柵がありますが、あまりにも普通すぎて……」
「普通でいいんだってっ! それでいいから! それ見せてっ!」
……というわけで、最後の最後にアルフレッドが渋々取り出したのが、これまた模様の刻まれた二本の棒で。
棒と棒を立てた、その間に、直線上の電撃が走るという代物だそうだ。なるほど、普通の電気柵だな、そりゃ。
それならまあ、みんなには立て看板とかで注意を呼びかけられるしな。最初っからこれ出してくれたらよかったのになあ。
長時間かかったが、導入する罠はこの電気柵で決定。相変わらずアルフレッドは不満そうだが、何が彼を罠へと駆り立てるのか……?
ていうか、『世界トラップ協会』って、もしかして、みんなこんな感じなのか……? だとしたら変人だらけじゃないか、おい。
とにもかくにも、頼んでおいた品物の取引はまだ残っており、背中に哀愁を漂わせるアルフレッドにはやる気を取り戻してもらわないとダメだし、そこでうつらうつらしているアイラも起こさないと。
……はあ、なんかもう、早くも疲れちゃったな、ホント……。
***
その後、何とか自分を取り戻したアルフレッドから、依頼した物を受け取って、この日の取引は何とか終了した。
どうしても今日中にと頼んでおいた、野菜と果物の苗を確認してから、オレは畑の準備に取りかかった。鶏で肉は確保できるが、栄養面でも野菜類は必須だからだ。
待ち望んでいた苗を植えるため、クワを片手に畑を耕そうとしていると、キョトンとした面持ちのアイラに呼び止められる。
「タスク。おぬし、何をしとるんじゃ?」
「何って……。決まってるだろ、畑作るんだよ。苗を植えるからな」
「阿呆ぅ。受け取った苗をそのまま植えてどうするんじゃ。種子に変えんでどうする」
「……あー」
そういやそうだった……。このまま植えても、食べられるまで時間が掛かるもんな。オレの能力で一旦種に戻せば、『
そんなわけでクワは一旦その場へ置いておき、苗に手刀を入れていく。シュパッという音と共に苗は消え、代わりに種が出現した。うん、これでいい。とりあえず野菜の苗から片付けるとしようかな。
キャベツ、トマト、タマネギにじゃがいも……etc。様々な種類の野菜の種を作り出し、畑に埋めていく。他の作物同様、何の問題もなく生育してくれることを祈ろう。
続いて果物の苗に手刀を入れて、種を作り出す。家の南側、海へ向かう平地はまだ手つかずなので、あの辺一帯を果実畑にしてしまおうと思っていたのだ。
それと、先日、畑で手に入れた黒い実なのだが。アイラとエリーゼに聞いてみたところ、黒甜菜と呼ばれる作物らしい。この世界における砂糖の原材料だそうだ。
甘い物、という点では果物と大差ないので、これも併せて果実畑の近くに植えることにしよう。そんなことを考えながら、次々と作業を進めていき、苗の種子化は無事終了。
手のひらに乗っている、様々な形の種を見やりながら、果物がたわわに実った樹木がそう遠くない未来に立ち並ぶ様を想像する。いやはや、今から実に楽しみだ。
その時だった。
「おーい、タックーン☆ ちょっち聞きたいんだけどさー」
オレを呼ぶ声に振り返った先にはベルとエリーゼが佇んでいる。
「倉庫にあるリネンって使っちゃっていいのかなー?」
「確かタスクさん、魚の罠用に縄を作るって仰ってましたので、確認した方がいいのかな、と……」
「ああ、わざわざゴメン。樹皮の繊維を
「りょー」と言いながら立ち去っていくベルとエリーゼ。そうだった、伝えておけばよかったな。
ま、こちらはとりあえず、縄作りの前に果実の種を植えようか……と、思い直したところで、オレは気がついたのだ。
つい今し方まで作っていた果物の種を、ごちゃ混ぜにした状態で握りしめていたことと、二十個以上は存在していた種の感触が、いつの間にかなくなっていたことに……である。
「……種が、消えた?」
恐る恐る拳を開くと、手のひらに残っていたのはビー玉程度の白くて丸い玉ひとつだけで。それまで存在していた果物の種は見る影もなく消え去っている。
……何で? いつの間に消えた? まったく理解が追いつかないのだが、オレはふと閃き、あることを思いついた。
「もしかして、種同士が合成した?」
可能性があるとするなら、それだけだ。先程、二人との会話中、オレが呟いた「
……え? だとすると、この種、一体何の種になるんだ? 果物なのか、甜菜なのか、それともまったく別のものなのか?
普通なら怪しくて植えるのを回避するところなのだろう。……が、ここは異世界。普通とか常識とか、そういったものが通じない世界なのだ。
「……植えてみるか。面白そうだし」
何か美味しい食べ物が実れば儲けものである。まあ、何かしらの危険なものが実るようだったら、それはその時考えるとしよう、うん。
……そして、この種から成長した作物が、ある騒動を巻き起こすのだが――、それはまた別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます