26.世界トラップ協会

 家の北西部を切り拓いて作った、平屋建ての大きな鶏舎の中で、オレはアルフレッドに声をかけた。


「それじゃあ、アルフレッド。この中で頼む」

「わかりました。それでは早速……」


 ずれ落ちそうになるメガネを指で直し、アルフレッドは空間から巨大な鞄を出現させる。ゆっくり開き始めた鞄の中から、茶色い羽をした鶏が一斉に飛び出した。


 いや、溢れ出したという表現の方が正確かもしれない。元気のいい鳴き声と共に、総勢四十羽の鶏が鞄の中から、おが屑の敷き詰められた鶏舎の中へ次々と放たれる。


 何も無いところから鳩が出る手品みたいだなとか、そんなことを考えていると、鞄が空だと確認し終えたアルフレッドは、あっという間に空間の中へ鞄を消してしまう。


「ご依頼いただいた鶏、全部で四十羽ですね。特に元気のいいものをご用意しましたよ」

「ありがとうアルフレッド。助かるよ」

「ふむ。これで定期的に卵が食べられるのう。まあ、雛を産ませるのも重要じゃがな」

「タスク殿。お約束通り、飼育は我々ワーウルフにお任せくだされ」


 並び立つアイラとガイアの言葉に、オレは頷いて応えた。やれやれ、急ピッチで準備を進めてきたが、何とかここまでこぎ着けたな。


 鶏舎の完成と鶏の導入を喜びながら、オレは先日の一件を思い返していた。


***


「それで。家畜を飼うっていうのは……」

「ええ。飼育に関しては我々が責任を持って行います。安定した食料供給のためにも是非ご一考願えれば」


 ガイアから持ちかけられた一言を検討するため、オレたちは家のリビングに場所を移した。テーブルを囲むようにして、オレとアイラ、ベルにエリーゼ、それと『黒い三連星』こと、ワーウルフのガイア、マッシュ、オルテガが顔を合わせている。


「家畜の導入は私も賛成じゃのう。狩りだけでは肉を賄いきれないしの」

「そだね☆ 羊がいれば羊毛も取れるし、ウチも嬉しいかなっ♪」

「牛がいれば、ミルクも取れます! お料理の幅も広がりますし!」


 アイラたちはそれぞれに賛同の意を示し、それを受けてガイアは続けた。


「我々としては、鶏か羊のどちらかを導入できればと考えているのですが」

「どうしてその二択なんだ?」

「肉のタンパク質が豊富で、脂肪分が少ないからです」


 キッパリと断言された。キッパリと、だ。


「……え? それだけ?」

「ええ。……何か問題が?」

「い、いや、別に……」


 ……完全に筋肉のための選択肢になってるじゃん、それ。なんか、ほら、飼育のしやすさとか、卵や羊毛なんていった副産物の入手とか、こっちはそういう答えを期待したのにさ。


 どう反応したものか迷っている最中、口を挟んだのはアイラだった。


「その二択なら、私は鶏を推したいのう。成長も早く、食用にもってこいじゃ。何より、樹海に住む野生の鶏は、狩るのがちと面倒じゃしな」

「面倒って、そんなに強いのか?」

「阿呆ぅ。この私が苦戦するような獣が樹海におるわけなかろうが」

「デスヨネー……。じゃあ、なんで?」

「あー……。実は我々も野生種の鶏を飼育しようと考えたことがあるのですが、その、鶏の生態的に問題がありまして……」


 アイラに代わり、口を開いたのはガイアである。


「樹海に住む野生種の鳥はマンドレイクチキンと言いまして」

「待って。名前からして、すっげえヤバそう」

「威嚇の際に発する鳴き声からその名が付いたのですが……」

「要は敵から見つかった時に、マンドレイクを抜いた時と同じような、断末魔の鳴き声を上げるんじゃな」

「普通に死ぬじゃん、それ」

「鳴き声自体に魔力はないから、死ぬことはまずないの」

「そうですね。せいぜい鼓膜が破れる程度だと思います」


 それが当たり前とばかりに、うんうんと頷く一同。つくづく普通の生き物いないのな、この樹海……。


「ま、まあ、とにかく話はわかった。野生種の鶏が飼育に向かないっていうことも」

「それにじゃ。暖かい今の季節は良いが、冬場は狩りができん。肉の確保は必須じゃぞ」

「そうだなあ……。オレもそろそろ卵料理が食べたいし、まずは鶏を飼うとするかな」


 卵料理という言葉に、エリーゼが目を輝かせる。反面、羊毛を期待していたのか、ベルは少し残念そうだ。


 ベルには申し訳ないが、ワーウルフが仲間に加わったことで、食糧供給がますます重要になってきた。

 まずは食料事情を安定させることを当面の目標としつつ、鶏の購入はアルフレッドへ相談するということで話し合いは終了。


 詳細はアルフレッドが来てから再度打ち合わせをするということで落ち着き、この日は解散したのだった。


***


「それにしても立派なものですね。急ごしらえとは思えない出来ですよ」


 家への道すがら、アルフレッドは鶏舎を振り返って感嘆している。


「家畜のご相談を持ちかけられてから三日間。樹海を切り拓くだけでも時間が掛かるはずなのに、どんな魔法を使ったんです?」

「あー……。まあ、こういうの作るのは慣れてるっていうか……」


 構築ビルド再構築リビルドの能力に関しては、アルフレッドにまだ打ち明けていないのだが、それでも何となく様子は察したらしい。


「そうでした。そういえば、タスクさんは異邦人でしたね。あなたと話していると、ついつい、そのことを忘れてしまいがちで」


 きっと、様々な特殊能力をお持ちなんでしょうね、と言いたげな表情を隠すかのように、アルフレッドは紺色のボサボサ頭をかきむしり、話題を転じた。


「そういえば、害獣対策はどうされますか?」

「ああ、それなら畑の周辺をガイアたちに歩いてもらって……」

「いえいえ。畑の作物ではなく、鶏への害獣対策、です」

「樹海が近いしの、鶏を襲う猛獣もおるじゃろうな」


 アイラが頷くと、ガイアが胸を張った。


「ご心配召されるなタスク殿。我々、『黒い三連星』が夜通し交代で鶏舎を見張りますので……」

「えっ!? いや、ダメだよそりゃ! 夜はちゃんと休もうよ!」

「家畜を飼いたいと言い出したのは我々です。鶏を守る責任が……」

「ダメダメ。仲間にそんなムリはさせられません! 畑の世話だって手伝ってもらっているのにさ」

「ですが……」

「それに、しっかり休まないと、筋肉にだって悪影響だよ? マッチョ道を追求するんでしょう?」


 オレの一言にガイアは押し黙った。筋肉を持ち出されては反論しようがないらしい。っていうかね、元いた世界のブラック企業じゃないんだから、一部の仲間だけに極端な負担を強いるわけにいかないんだっての。


 少なくとも、オレがここにいる限り、一緒に暮らす仲間へムリはさせないようにしたい。金銭で何とかなるなら、惜しみなく出費するつもりだ。


「アルフレッド。家畜を守る道具は用意できるか?」

「そう仰ると思っていました。お値段は張りますが、『龍鱗粉りゅうりんぷん』はいかがですか?」

「龍鱗粉?」

「龍の鱗を粉末状に砕いた物です。家畜の周辺に撒いておくことで、龍の匂いを発し、猛獣や魔獣を遠ざける効果があります。本能的に猛獣などは龍を嫌がりますから、効果は抜群ですね」

「へえ、便利な物があるんだなあ」


 感心しつつも、ふとした疑問が頭をよぎった。……あれ? その道具って、ガイアたちに悪影響はないのかな? ワーウルフもいわゆる猛獣に近い存在じゃないのか?


「それってさ、ガイアたちには影響がないのか?」

「いえ……、恐らく、こちらにお住まいのワーウルフの皆さんにも、若干の影響はあるかと」


 私が人の姿になっている時はさほどではないでしょうが、と、アルフレッドは付け加える。じゃあ、ダメじゃん、それ。


「いやいや、タスク殿。龍の匂い如き、我々の筋肉を持ってすれば、何の問題もないですぞ!」

「だからムリするなっての。それにだ、最初問題なかったとしても、使い続けているうちに、ガイアたちの具合が悪くなったらダメでしょ?」

「タスク殿……」

「そんなわけでアルフレッド。それ以外で何かいい道具はないか?」


 そう言うと、アルフレッドは、ずれてもいないメガネをわざとらしく指で直し、待ってましたとばかりに、ニヤリと笑った。


「……フッフッフ。タスクさんなら、そう仰ると思っていました。このアルフレッドにお任せ下さいっ!」

「なんじゃあ、アル。突然笑い出してからに、気味が悪いの」

「アイラさん……。あなたには隠していましたが、実は僕には商人以外にもう一つの顔があるのですよ……」

「……何じゃと?」

「まさに今、そのことを明かす時っ! 実は僕……、『世界トラップ協会』認定トラップマイスターだったのですっ!」


 ババーンという効果音と共に、アルフレッドのメガネがキラリと光った……気がした。


「……なんじゃそれ?」

「ええー!? 会員数二万人を誇る、世界トラップ協会をご存じないのですかっ!?」

「知らん」

「なんということだ……。アイラさんほど、長生きされているお方が、我々の存在をご存じないとは……」

「長生き……。ケンカを売っておるのか、おぬし……」


 ショックのあまり身体をよろめかせるアルフレッドと、そんなアルフレッドへ冷たい視線を浴びせるアイラ。……話が全く進まんな、これ。


「で? その世界トラップ協会っていうのは何なんだ?」

「……おっと、そうでした。タスクさんにはご説明しないといけませんね。いい機会ですからアイラさんたちもよく覚えておいて下さい」

「若干キャラが変わっておるぞ、アル」

「良いですかっ! 全世界トラップ協会というのはですね……」


 アイラの言葉を無視して、饒舌に話し始めるアルフレッド。……ヲタが自分の好きな話を早口でまくし立てる時と同じだな、コレ。


 というわけで、若干自分の世界に入りつつも、アルフレッドが説明してくれた世界トラップ協会というのは、次のようなところらしい。

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