24.マッチョ系ワーウルフと黒い三連星

「えっと……? こちらの方々は?」

「ウン☆ ウチの友達でぇ、ワーウルフのガックンたち♪」


 さながらファンファーレが鳴り響くかのごとく、手を大きく広げてワーウルフたちを紹介するベル。いつもと変わらず陽気なダークエルフとは対照的に、対峙するワーウルフたちは何も発せず、ぺこりと会釈をしただけだった。


 ……ワーウルフってアレだよな? いわゆるファンタジーの世界では、人狼って呼ばれてる凶暴なアレだよな?


 オレが読んでいた小説やマンガとかでは、もれなく人間や家畜に襲いかかる描写があるんだけど……。


 まじまじとワーウルフたちを眺めやる。引き締まった筋肉が、いかにも戦闘系って感じがするな。

 前に並ぶ三頭……いや、三人か? とにかく、それぞれ黒い毛並みが立派で、後ろに控える七人は灰色の毛並みが美しい。着用している衣服は短パン一枚だけだが、それが必要ないと感じるほどである。


 よく見ると、それぞれ大荷物を抱えて、完全に引っ越しする気満々といった様子だ。ていうか、後ろで抱えているあの大釜。一体何に使うんだ、おい……。


 未知との遭遇に――まあ、こっちの世界に来てから、ずっと未知との遭遇なんだけど、それはこの際置いといて――おっかなびっくりしていると、オレが無反応なことにベルが不満げな顔を見せる。


「むー……。タックンっ! ウチがガックンたちのこと紹介したんだから、ちゃんとお返事してよねっ!」

「あ。ああ……、ゴメンゴメン、ベル。ついつい、ぼーっとしちゃって……」

「もうっ! あっ、ガックン。この人が話していたタックンだよー☆」


 何をどう話されていたのかよくわからないが、紹介されて無反応というわけにはいかないので、どうもと頭を下げる。


 ガックンと呼ばれた、この強面のワーウルフは、このグループのリーダーなのだろうか? ギロリと睨みを利かせて、こちらの顔を覗き込んできている。


 ……えっと、ハイ。正直、「殺されるな、オレ」って本能で思いましたね、ええ。しかし、悲しいかな、長い間培ったサラリーマン時代の習性というものが出てしまうもので、初対面の相手に不快感を与えないよう、極力穏やかな表情を作ってしまうオレなのです。


 しかしまあ、睨み返すよりまだマシだろう。計量を終えたボクサーの記者会見場じゃあるまいし、一触即発というのは避けたいところだ。


「タスク殿……でしたかな?」

「あ……、はい。そうです……」


 渋い声のワーウルフはますます身を乗り出し、その様子をベルはニコニコしながら見守っている。……いやいや、ベルさん、笑ってみている場合じゃないんスよ! ちょっとは助けてくれたって……!


 思わず悲鳴を上げそうな心境を必死で抑えつつ、鼻息が顔に掛かる距離まで迫っているワーウルフを見やっていると、突如としてワーウルフはパッと離れ、そしてガハハと豪快に笑い始めた。


「いやはや! 失礼しましたな! あなたがここをお一人で切り拓いたと、ベル殿から伺ったものですから、どの程度のマッチョりょくなのか是非お目にかかりたいと思いまして!」

「は、はあ……。……は? マッチョ力?」

「左様。マッチョ力、すなわち筋肉こそマッスル。力こそパワーなのですっ! ……おわかりいただけますかな?」

「えっと……? な、何となく?」

「素晴らしいっ! さすがはタスク殿! なかなか話がわかる御仁ですな!」


 そういってガックンと呼ばれるワーウルフたちは一様に笑い声を上げた。うん、あの、正直よくわかんなかったんだけど、つい気圧されちゃって、そう言わざるを得なかったというか……。


「おっと、申し遅れました。ワタクシ、このグループのリーダーを務めております、ガイアと申します。以後、お見知りおきを」

「あ、ご丁寧にどうも……」


 ガックン改めガイアが、凶暴な見た目とは裏腹の紳士な立ち振る舞いで深々と頭を下げ、それに続き、残りのワーウルフたちも揃って頭を下げていく。


 ……アレ? これ、もしかしていい人たちなのでは? と、混乱する頭で思考を巡らせている中、ベルが口を挟んだ。


「ガックンたちとは村を出てから知り合ったんだ☆ いきとーごー、しちゃってサ♪」

「そ、そうなのか? 何でまた……?」

「はい、我々は筋肉を追い求め、筋肉に励むのを常としておりまして。日々、マッチョ道を極めるべく精進しているのですが……」

「はあ……」

「せっかく鍛え上げられた肉体美も、いざ表現するとなると、何かが足りない。最近はそのことに悩んでおりまして」

「そんな時に、ウチがガックンとこにお邪魔したんだヨ☆」

「左様。ベル殿に、我々の肉体美を表現するにふさわしい服を用意していただきましてな!」


 ……ベルが用意した服ってアレか? 出会った時にもらった、リオのサンバカーニバルの衣装みたいなアレ。


 いや、確かに、ほぼ裸だし、筋肉美を表現するのにピッタリだとは思うけどさ……。


「それ以来、ベル殿とは『ズッ友』の付き合いをさせていただいているのです」

「いや、ズッ友って、あなた……」

「はて? ベル殿から親友という意味だと聞かされたのですが、違うのですかな?」

「いや、大体、意味はあってるけど」


 真面目なワーウルフにギャル語を教えるな、ギャル語を! ベルを見たら「何かいけない?」っていいたげな、キョトンとした顔を浮かべているし、まったく……。


「……えっと、つまり、お互い、何か困ったことがあったら助け合おうとか、そんな約束を交わした、と」

「その通り! いや、タスク殿はご理解が早い!」

「まー☆ ウチはもうひとつ、ガックンにお願い事をしたんだケドっ☆」

「お願い事?」

「はっはっは! いくらベル殿の頼みとはいえ、それはしばらくお預けですなあ!」


 そう言ってガイアはまた愉快そうに笑った。何だろう、お願い事って?


 ささやかな疑問が頭の中を流れるが、ガイアは自己紹介の続きとばかりに、残りの面々を紹介してくれた。


 まず、ガイアと同じ黒い毛並みのワーウルフ。二人いるが、片方は左目に傷があり、もう片方は頭上の右耳が半分なくなっている。


「目に傷を負っている者がマッシュ、耳の欠けた者がオルテガと申します。そして後ろに控える者たちが……」


 後ろにいる灰色の毛並みのワーウルフたちは、ガイアたちの奥様方ということで、なるほど一夫多妻制なのかとか、そんなことをボンヤリと思ったものの、大変申し訳ないことに、三人の名前のインパクトが非常に強く。


「ガイアに、マッシュに、オルテガ……」

「左様です。何か……?」


 三人の名前をそれぞれ呟いたオレに、ガイアたちは軽く首を傾げている。いや、ガイア、マッシュ、オルテガで、黒い毛並みでしょ?


「『黒い三連星』じゃん」

「黒い三連星……?」


 オレの口から出た言葉に、ガイアたちが顔を見合わせている。……しまった! 何言ってんだよ! 元いた世界で好きだったアニメに出てくるキャラと、まったく同じ名前だからって!


 いや、最悪だわー……。こういうところで垣間見える自分のヲタ気質が嫌になるな、ホント。ほら見ろ、ガイアさんたち、さっきからヒソヒソ話をしてらっしゃるし……。


「タスク殿……」


 ああ、そりゃ怒るよなあ、突然よくわかんない名前で呼ばれたら怒るよなあ、とか、ある程度の覚悟を決めて構えている中、返ってきたのは、予想外の反応だった。


「……素晴らしい名前ですなっ!」

「は……?」

「いやはや、我々の肉体美を言い表すのに、これ以上ふさわしい名前がありましょうか!? 『黒い三連星』とは実に素晴らしい命名! タスク殿のマッチョ力への慧眼、感服いたしましたぞっ!」

「は、はあ、それは……。どうも……」

「でっしょー☆ ウチのタックン、ちょースゴイんだからっ!」

「まさにまさに! ぱっと見、貧弱な肉体をされていると思いましたが、大変失礼いたしました……! これほどまでに筋肉への愛情に溢れたお方だとは……!」


 自慢するベルに続いて、ガイアたちが盛り上がりを見せている。えっと、スミマセン、『黒い三連星』とか言っておきながらなんですが、オレ、いま疎外感を覚えています……。


 とにもかくにも、そんな調子で話はトントン拍子に進み、ガイアたちはここへ一緒に暮らしてくれることになりまして。快く開拓の手助けをしてくれることに。


「はっはっは! ご心配召されるな! 我々、黒い三連星、タスク殿の手足として開拓事業に取り組みましょうぞ!」


 ネーミングがすっかり気に入ったのか、ガイアたちは高らかに宣言し、そしてボディビルのポージングを取り始めた。……何となくだけど、このワーウルフたちのことがわかった気がする。


 同時に「ジェットストリームアタック」のことは黙っておこうと決意。死亡フラグを立てられても困るしな、うん。


 そんなわけで、とりあえず、ワーウルフたちが居住する家を建てるべく、ぞろぞろと移動し始めたオレたちだったのだが。


 隣を歩くベルに、オレは先程の会話中、気になっていたことを尋ねることにした。


「なあ、ベル。ガイアたちに頼んだ、もう一つのお願い事って何なんだ?」

「アハッ☆ 知りたい?」

「うん、是非」

「じゃあ、タックンにだけ教えてあげるねっ!」


 そういって身体を寄せ、耳元で囁き始めるベル。ギャルギャルしいけど、抜群の美貌なので、何もないとわかっていてもドギマギしてしまう。


「あのねー……。ガックンたちに頼んだのはぁ」

「うん」

「ガックンたちが死んじゃったら、ガックンたちの毛皮を、ウチの作る服に使わせて、って☆」

「……はい?」

「だからぁ。ガックンたちの毛皮を、ウチが剥ぎ取って、使ってもいい? ってお願いしたの☆」


 ニッコリ満面の笑顔でオレの顔を見つめるベル。……カワイイ顔して内容は随分とエグいじゃないか、おい。オレのドギマギした時間を返せ。


 ……あれ? でも、それにしてはさっき、ガイアは笑って応えていたけど。


「もしかして、オッケーされたのか?」

「うん☆ 死んだら自由に使ってくれって♪ 今から楽しみー☆」


 ……何というか、死生観が違いすぎて理解が追いつかん。この世界にはこの世界ならではの常識があるんだろうけどさ……。


 ま、深いことを考えるのは止めておこう。取り急ぎ、新たな仲間となったワーウルフたちの家を建てないとな。

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