23.畑の拡張と害獣対策。新たな助っ人?
丸麦改め『
とはいえ、現状から西側へ拡張するためには、樹海を切り拓く必要があり、鬱蒼とした森の木々を切らなければならない。
比較的簡単に樹木を切れる特殊な能力を持ってはいるが、流石に面積が広く、時間と労力が掛かるため、エリーゼの精霊魔法で一度に切り拓いてもらうことにした。
「で、でも、ワタシの魔法。時間が掛かる上、切り拓く範囲も広くなっちゃいますけど……」
「これから他にも、作物の畑を用意する必要があるしね。派手にやっちゃって」
「そ、それでしたら……。ワタシ、頑張ります!」
……で。エリーゼの精霊魔法が発動するまでの間、オレたち三人は、別の作物の畑を拡張しに掛かった。
まず綿花。若干の不安はあったものの、樹海で採取した綿花の種は、素直に綿花として成長してくれた。
『遥麦』と同じように、育った綿花へ手刀を入れていくと、綿毛と種子が綺麗に分かれて地上へ落ちていく。
まとまった種子を採取し終えたら、一気に四倍の面積の畑を作るのだ。
落ちた綿花の収穫はアイラとベルに任せ、隣で畑を耕していると、綿花を手に取ってまじまじと眺めていたベルが声をかけてきた。
「タックン、ちょっち聞きたいんだけどさー」
「どうしたんだ、ベル?」
「樹海にあった野生の綿花って、結構いいヤツだったりした?」
「いや、よくわかんないな。アイラに言われて、片っ端から種集めてたから」
「そっかそっか」
「何かあったのか?」
「んー。うまくいえないケドさ、ここの綿花、かなり出来がいいんだよネー☆」
「そうなのか?」
「うん☆ 手触りとか、質感とか。ウチが今まで扱った中でも、ちょーイケてるヤツっていうか?」
……『遙麦』も通常の丸麦に比べて品質が段違いだって言ってたしな。もしかしたら、土壌がいいのかもしれない。栄養素が豊富で、その分、質のいいものが収穫できるんじゃないだろうか?
そうなってくると、他の作物もできあがりが楽しみになってくる。調味料や野菜などの植物も同様に手刀で切り分け、実と種子に分けてから畑を拡張することに。
二倍へ広げた畑にはニンニクとショウガ、唐辛子とハーブ類が植えられている。
本当は葉物野菜や、保存の利くジャガイモやタマネギなども植えたいが、あいにく苗がない。これらはアルフレッドに頼んでいるので、一週間後が楽しみだ。
あと、もう一点。野菜の畑から、大きなかぶのような黒い実が出てきたんだけど、これは何だろうか?
色合い的にも食べられるかどうかわからない怪しさだし、かといって捨てるのももったいない。種子は一応回収済みだけど……。
アイラがこの実を知っているかもしれないと、振り返ろうとした、その時だった。背後から爆発音に近い衝撃音が突如として響き渡り、一瞬だけだが地割れが身体を襲いかかった。
樹海から悲痛な鳴き声を上げながら鳥の群れが羽ばたいていくのが見える。……何が起きたのか、理由はすぐに判明した。エリーゼの精霊魔法が発動したのだ。
「うわ~……。これはまたすげえな……」
「ご、ごめんなさい! や、やり過ぎでしたか!?」
「いや、やり過ぎってことはないけど……」
幅五十メートル、長さにして二百メートルぐらいだろうか。西側の樹海が一気に切り拓かれているのが見える。
鬱蒼とした木々は力なく倒れ、巨大な岩石ですらひび割れて原形を留めていない。
……この威力を目の当たりにすると、ハイエルフの村で、エリーゼの扱いに困っている様子が容易に想像できてしまうな。
とはいえ、畑を拡張する分には正直助かる。倒れた樹木は、オレが
ありがとう、助かったよと礼を述べると、ふくよかな体形のハイエルフは、照れくさそうに顔を上気させた。
「い、いいえ。このぐらいのことならいつでもやりますので! タスクさんのお役に立てて嬉しいです!」
ニッコリ微笑むエリーゼの顔はとても可愛らしく、とてもじゃないが、凶暴な精霊魔法を使った同一人物とは思えない。これがギャップ萌えというヤツか? ……違うな、うん。
とにかく、切り拓かれて倒された木々を片っ端から再構築し、平地に変わったところを耕しては畑を作っていく。
『遙麦』の種を全面に植えたら、ようやく本日の作業は終了。空はすっかり夕暮れもいいところで、本格的な農作業に肉体も悲鳴を上げている。
でもまあ、あとは収穫を待つだけだしな。『遙麦』の畑もこれ以上拡張しなくていいだろうし、農作業にかける労力もこれ以上は増えないだろう。
充足感に浸りながら家に戻ったオレたちだったが、問題というのは早々に起こるもので……。翌朝、予期せぬ悲劇を目撃してしまうのだった。
***
「マジか……、おい……」
西側の畑、四面いっぱいに広がる『遙麦』の青々とした景色! 圧巻の光景を期待して、畑の様子を見に来たオレの目が捉えたのは、『遙麦』の惨状だった。
本来であれば、一日目に柔らかい茎が育ち、二日目に実がなり、三日目に収穫となる『遙麦』なのだが。昨日、新たに広げた畑へ植えた、全ての『遙麦』が、何者かに食い荒らされていたのだ。
「柔らかい部分が片っ端から食われてる……」
食い荒らされた『遙麦』を手に取って見ると、明らかに動物の犯行と思われる食べ方だとわかる。
……そりゃそうか、考えてみたら樹海のすぐ近くだしな。野生の動物がいるなら餌を探しにやってくるのが当然か。
「ま、人が食べて美味しい物は、動物にとっても旨いだろうしな。狙われるのも無理がない話か」
「言うとる場合か、タスク。これだけ荒らされて、感心してる場合でもなかろう」
「その通りです、タスクさん! 作物を荒らすなんて許せません!」
冷静なアイラと比べて、いつも穏やかなエリーゼが興奮している。……何だ、どうしたおい?
「作物を食い荒らす害獣は農家の敵ですっ!! すぐに捕まえて駆除しないとっ!!」
完全に農家目線で怒ってらっしゃる。何だな、食べ物の恨みは怖いってやつだな。とはいえ、どうやって捕まえたものか。
そもそも、どういった動物が食い荒らしにきてるのかもわかんないしな。対策の立てようがないんじゃないか?
「麦を好物とする動物といえば……。真っ先に思いつくのは
「……随分物騒なネーミングの動物だけど。どんなヤツなんだ?」
「ウンとねー☆ 成長すると、頭から角が十本生えてくる、草食だけど凶暴な、結構ヤバめのシカっていうかー」
「そのまんまじゃねえか」
あっけらかんと話すベルだが、他の二人もそれを不思議がる様子は見えない。……はあ、もう少し穏やかな動物とかいないのかな、ここには。
「ワタシの村では、十角鹿対策に電撃矢を用意してましたが」
「……何それ?」
「精霊魔法を付与した矢のことで、刺さると高電圧が流れるっていうものなのですが……」
「うわー……。結構えっぐいのな」
「まー、柵を作っても、よゆーで壊しちゃうしね☆ 定期的に駆除して、ここは危ないよって教えないとキリがないんだよ」
「うーん。まあ、そんなもんか……」
日本でも、農家のシカ対策は電気柵を使うって聞いたことがあるしな。結構、強めの対策を講じなければ、被害が防げないって事なんだろう。
「ここでも、その電撃矢だっけ? 用意できるのか?」
「正直、難しいかと……。昼夜関係なく定期的に畑を見回る必要がありますし、鹿を見つけてから矢を準備する必要があるので……」
「私が森に入って狩ってきてもいいんじゃがの。奴ら群れをなしておるのでな、一度に数多くを相手にするのは流石にしんどいのう」
「お手上げってことか」
「いえ。高さのある柵を二重に張り巡らせれば、飛び越えることは難しいですし、壊すのも時間が掛かるので、それなりに効果があります」
「でもでもー。細かく柵を修理していく必要があるっしょ? ちょっちメンドイかなーって☆」
なんてこった……。さらに労力をかける必要があるのか……。まあ、農業をやる上で、害獣・害虫対策は必要だと思っていたけどさ、まさかこんな苦労をしなきゃいけないとは思ってなかったな。
それに正直、人手が足りない。二重柵を作るのはいいだろう。柵のメンテナンスも問題ない。それに加えて、広大な畑の世話もしなければならないのだ。四人だけでは時間がいくらあっても足りない。
オレだってせっかく
とはいえ、アルフレッドには『遙麦』を卸さないといけないし。どうしたもんかなあ……。
「ねえねえ、タックン☆」
考え込んでいるオレに、明るい声をかけたのはベルだった。
「もしよかったら、なんだけどぉ。ウチの友達、ここへ呼び寄せていいかな?」
「友達?」
「ウンっ☆ 力仕事も得意だし、十角鹿にもマジ強いんだっ♪ きっと力になってくれると思うなっ」
「それはありがたい話だけど……。こんな何も無いところに住んでくれるかな?」
「アハッ☆ まっかせて! そろそろ腰を落ち着けたいって前に聞いてたし、ちょっち話をしてくんね♪」
三日ぐらいで帰ってくるからと言い残し、ベルは東の樹海へ消えていった。友達の部屋を用意しておいた方がいいかな、と思ったのだが、ベル曰く「好みの家があるかも知れないから、組み立てる材料だけ用意しておいて☆」とのことらしい。
とりあえず、残されたオレたちは、食い荒らされた畑を再度耕し、『遙麦』を植え直しつつ、ベルの言葉に従い、木材や石材などを大量に集めていくことに。
今後のことを考えると、少しずつ樹海を切り拓いていった方がいいだろうと、草原近くの樹木を切り倒し、資材の収集がてら、拠点の敷地を広げていく。
ベルの説得が上手くいくがどうかわからないけれど、人が増えるなら、収穫する作物の量なども増やす必要がある。畑の拡張で苦労しないためにも、やれることは積極的に進めていこう。
同時にアイラには森での狩りをお願いした。食料はいくらあっても困らない。エリーゼも畑で実った調味料の加工や、野生の果実の収集などに一生懸命だ。
そんなこんなであっという間に三日が経過し、ベルはいつもどってくるのだろうかと思いながら、伐採作業を進めていたのだが。
その途中、聞き覚えのある声が耳へと届いた。
「お~い☆ タック~ン! たっだいまー!」
「おー! ベル! おっかえ……」
「友達連れてきたよー!」
ベルの帰りを喜ぶのも束の間、オレは早々に言葉を失った。ギャル系ダークエルフが後ろに引き連れてきたのは、全部で十頭はいるであろう、筋肉ムキムキなワーウルフの群れだったからだ。
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