22.ブランド麦の誕生

「丸麦が売れない?」

「正確に言えば、今のままで売るのがもったいない、です」


 紺色のボサボサ頭をかきむしり、アルフレッドは補足した。


「先程、『等級鑑定人』によってグレードが決められるというお話をしましたが、丸麦は五段階のグレートがありまして」

「ああ。ここで作ったやつは、その最上位よりいい出来だったんだろ?」

「それです。最上位のものより優れた丸麦なのに、最上位のものとして売らなければならないという問題が」

「つまり、本来なら最上位以上の価値があるのに、価値を下げて売らなければならない。そういうことかの?」


 アイラが口を挟むと、アルフレッドは同意した。


「その通りです。鑑定の結果、適正価格は最上位のものから二倍程度が望ましいという結論が」

「そんなにいい物なら、もう一つ上のグレートを作ればいいじゃないか」

「市場に流通する量がある程度あれば、それも可能でしょうが……」

「ナルホドね☆ 作ってるのはタックンだけだモン♪ ちょっち厳しいよネー」

「丸麦自体が高級品ですからね……。作れる場所も限定されますし……」


 ベルとエリーゼが口々に呟く。うーん、オレとしては育った丸麦と他の物を取引できればよかっただけなんだけど、何だか大事になってきたなあ。


「そういったわけでして、適正価格のまま販売するために、何かいいアイデアはないものかと」

「アイデアねえ……?」

「ええ、今のままですと既存の丸麦として売らねばなりません。それは非常にもったいない話で」

「ではこういうのはどうじゃ? 丸麦ではない、別の物として売るというのは」

「そんなムチャクチャな……」


 悪戯っぽく笑うアイラの一言に、アルフレッドが頭を抱える。……別の物、別の物ねえ?


「丸麦なのに、丸麦じゃない、かあ。アハッ☆ なぞなぞみた~い♪」

「知らずに聞いたら、何だろうそれって、食べてみたくなりますけどね」

「コラコラ。二人とも、アイラのくだらない冗談に乗らな……」


 ベルとエリーゼの話を聞きながら、オレはボンヤリと、記憶の片隅にある何かの断片が、脳裏へ浮上していることに気がついた。


「丸麦だけど、丸麦じゃない、か……。なるほどね」

「……なんじゃタスク。私の冗談を、そんな真剣に考え込みおって」

「いや、いけるかも知れないぞ、それ」

「……は?」

「オレたちが作った丸麦に、ブランド名を付けるんだよ」


 言っていることが理解できないという顔で、四人はオレを見やっている。そこでオレは、元いた世界で流通していた、ある主食について話をすることにした。


***


「オレが住んでいた国には、米っていう食べ物があったんだけどさ」


 それからオレは、日本人の米に対するこだわりや品種や銘柄の多さ、さらにはブランド米のことを話し始めた。


「――つまり、同じ米でも付加価値の高いブランド米は、特別な名前が付いていて、それだけ価格も高くなるって話でな」

「なるほど。同じ事を丸麦でやればいい、そのようにお考えなのですね?」

「その通り。今までの丸麦とは異なる品種、ブランドとして販売できないかなと思ってさ」


 アルフレッドは身を乗り出して何度も頷き、興奮気味に口を開く。


「いける……。いけますよ、タスクさん! 新たな商品として売り出せば、そちらでグレードの設定ができるので、ある程度、価格も調整できます」

「まあ、結構強引な考え方だし、問題は商人ギルドが認めてくれるかってことなんだけど……」

「それなら問題ないでしょう。すでに既存の丸麦と比較できないほど上質なものと認定されてますし、ギルドとしても別の代物として考えた方が取り扱いやすいでしょうから」


 むしろ、既存の丸麦と混ぜ合わせて販売しまうと、グレードの再設定や価格の見直しなど、今後、やらなければならないことが増えるでしょうし、と、苦笑気味にアルフレッドは付け加えた。


「要はどちらがより効率的か、という話です。基本、商人は損得で動きますので」

「そりゃ、納得だな」


 釣られてオレも苦笑する。できるだけラクをしたいのは、どこでも同じ話のようだ。


「それで、結局、どういう名前で売り出すのじゃ?」

「そうですねえ。できれば、既存の丸麦を連想させない名前がいいかと思うのですが。何か案はありますか?」


 アルフレッドの問いかけに、妙案を閃いたらしく、アイラは耳をピンと立てる。


「『猫神印の丸麦』とかどうじゃ!?」

「却下」

「ぶー。なぜじゃ?」

「いや、猫関係ないし、丸麦って言っちゃってるし。そもそも、そのネーミングで、よく賛同されるって思ったな、お前……」


 瞬時に頬をむくれさせるアイラに代わり、「ハイハイハイッ!」と、勢いよく手を上げたのはベルだった。


「『ベルマークのエモエモ麦』なんてどうかなー☆」

「却下だ」

「えー。なんでー?」

「ベルマークは止めとけって前にも言ったろ? あと、エモエモ言われても、ほとんどの人が意味わかんないと思うぞ」


 むー、と不満そうな顔を見せるベル。遠慮気味に挙手をしたのはエリーゼである。


「あの……。『タスク麦』とかどうでしょうか? タスクさんが作った丸麦ですし……」

「却下です」

「ど、どうしてですかっ? いい名前だと思うのですが……!」

「オレの名前を褒めてくれるのは嬉しいけど……。売り物に自分の名前が付いているのは非常に照れくさいからですっ!」


 そうですかねえと納得いかない表情を浮かべるエリーゼ。いやいや、冷静に考えてご覧なさい、ダメに決まってるでしょ?


「そんなに却下却下いうぐらいじゃ。おぬしには何か、よい名前が思いついているのであろうな?」

「そーだよっ! タックンこそ、ちゃんと意見をいいなよ!」

「そうですっ。タスクさん、ズルいです!」


 ……うわ、ナニコレ? 何でオレこんなに責められてんの? 正直な意見を口にしただけなんだけどなあ。


 とはいえ、何かしら発言しないと、いつまでも文句を言われそうだな、こりゃ。うーん……。そうだなあ……。


「……アルフレッド。龍人族の国は、西にあるんだよな?」

「ええ、その通りです」

「ここからだと結構遠いのか?」

「そうですね。黒の樹海を抜けた後も、険しい山脈をいくつも越えなければいけないので。遙か遠く、といえばいいでしょうか」

「遙か遠く、ねえ」


 思えばオレも、遙か彼方の世界から転移してきたのだ。西方に住む龍人族の皆さん方にも、遠方に思いを馳せてもらいながら、オレたちの作った丸麦を食べてもらいたい。


「そうだな……。『遙麦はるかむぎ』っていう名前はどうだろう。遠く離れた場所で作ってる物だし」


 ぱっと閃いた名前で、これといってひねりもないが……。聞いていた四人はシーンと静まりかえっている。……な、何か反応してくれよ。


「……いいのではないでしょうか。どことなく詩的ですし、新品種の名前として格式も出そうです」

「ふ、ふん。おぬしにしてはなかなかよいネーミングではないか……」

「うんうん☆ タックン、ちょーイケてるよ!」

「ええ、素敵な名前です。流石、タスクさん!」


 二秒ほどの間の後に、返ってきたのは全員からの絶賛で、思いつきで言ったオレとしては気恥ずかしくなってしまう。……まあ、結果オーライだろうか。


***


 その後、アルフレッドは今日収穫した半分の丸麦……じゃなかった、『遙麦』を持ち帰ることになり、今度こそ一週間後にやってくると約束した。


「新商品の登録はすぐに済むでしょう。ですが……」

「まだ何かあるのか?」

「高級品としてブランドを確立するのはいいのですが、やはりある程度の流通量は必要です」

「今日持っていった分だと少ないって事?」

「ええ。少なくとも、次回からこの倍は用意していただきたいですね」

「今日の二倍の量か……」

「品質の問題もあるでしょうし、ご負担を増やしてしまうのは心苦しいのですが……。ご配慮いただけると助かります」


 そう言い残し、アルフレッドはドラゴンの姿に変化して、西の空へ飛び去っていく。……倍の量ねえ? それってつまり、いまの『遙麦』の畑を単純計算で二倍の面積にしないといけないって話だろ?


 別の畑で作った綿花や調味料なども順調に成長してるし、併せて畑を拡張しようと思ってたからなあ。なんだか、一日のほとんどを農業に費やす時間になっちゃいそうだな。

 いや、自給自足の生活をやりたいと思ってた以上、それも本望なんだけど、正直、他のこともやりたいわけで……。


「いいじゃん、タックン☆ ウチらが作ったものを、欲しいって言ってくれる人がいるんダヨ? 頑張って畑広げよーよ♪ ね?」

「ベル……」

「そ、そうですね。僭越ながら、ワタシも頑張ってタスクさんのお役に立てるよう、お手伝いします!」

「エリーゼ……」


 ギャル系のダークエルフとぽっちゃり系のハイエルフは、オレの手を取り、励ますように応援をしてくれている。……二人とも、ありがとな。

 その後ろへ視線を向けると、腕組みをした猫人族が照れくささを誤魔化すような、ぶっきらぼうな口調で切り出した。


「ま、まあ、なんじゃな。私も美味しい食事にありつけるなら、労働もやぶさかではないし……。その、手伝ってやらんこともないぞ?」

「ああ。助かるよ、アイラ」


 あいつなりの不器用な好意の表現なのだろう。オレは苦笑いを浮かべ、そして、景気を付けるためにかけ声を上げた。


「よし! それじゃあみんなで、畑の拡張頑張るぞ!」

「「「おー!」」」

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