21.専属商人と丸麦問題
「ホンット! あの時はちょービックリしたし!」
褐色の肌を陽光が照らしている。小さな綿菓子が連なるように、たわわに実った綿花を収穫しながら、ベルは感情を込めて言い放った。
「急にドラゴンが来るとかマジヤバイっしょ? アイラっちも、ぎょーしょーにんが龍人族だって、教えてくれればいーのにさー☆」
「うむ、おぬしらを驚かせようと思うての。しかし、私もあやつがあんな風に来るとは思ってなかったのでな、それに関しては悪かったのう」
「まー、終わったことだから、もういいケドさっ」
詫びるアイラにベルとエリーゼが、微笑んで応じている。アルフレッドから来てから二日後。オレたちは畑の収穫作業をこなしながら、先日の一件について話をしていた。
「殺気の件についてはアルフレッドも謝ってたぞ。次は普通に来るからって」
「ワタシ、ドラゴンは見たことがないので、次回は是非お目にかかりたいです!」
「ドラゴンって、そんな珍しい生き物なのか?」
「龍人族自体、西にある険しい山に囲まれた国からあまり出ることがないからのう。滅多に姿を見るようなものではないの」
「ワイバーンなら見るんだけどネー☆ ウチも、たまーに狩ったりするよ?」
ワイバーンって、アレだろ? 小型のドラゴンみたいなヤツだろ? ……あれを狩るのか。すげえなダークエルフって……。
「みんなスゴイんだな……。自分が普通の人間だっていうのを思い知らされるよ」
「何を言っておるんじゃ? 私にしてみれば、ドラゴン以上に珍しい存在じゃぞ、おぬし」
「は? 何が?」
「あのさぁ、タックン。異邦人とか、メッチャレアだかんね?」
「そうですね……。ワタシもおとぎ話の中でしか、異邦人って聞いたことがないですし」
「そ、そうなの?」
うんうん、と、三人は首を縦に振っている。なんてこった……。普通だと思っていたオレが一番珍しい存在だったとは……。
いや、まあ、確かに? こうやって平穏に暮らしていると異世界転移した事実を忘れそうになりますけどね? オレからしてみたら、魔法とか使えるみんなの方が、どうしてもスゴイと思えちゃうんだよな。
とはいえ、この世界でマイノリティなのはオレのようで……。三人の苦笑するような眼差しを一身に受けつつ、オレは思わずため息をついた。
(ま……。そんなオレでも、こうやって普通に接してくれる人がいるだけ、ありがたい話だよな)
アイラも、ベルも、エリーゼも、それぞれ種族が異なるとはいえ、仲良く生活を送れている。その事実にオレは改めて感謝した。
ここへ来た頃は見慣れなかった、空に燦然と輝く二つの太陽も、今では不思議に思わなくなっている。むしろ、元の世界で一つだけの太陽を見たら、逆に物足りなさを覚えるんじゃないかと思えるぐらいだ。
いやはや、順応性というものは素晴らしくも恐ろしくもありますな、とか、そんなことを考えて天を仰いでいると、西側から、見覚えのある紺色の巨大な飛行体がやってくるのが見えた。
「なあ、アイラ。アルフレッドが来るのって、確か一週間後だったよな?」
「うむ。間違いないの。何かあったんじゃろうか?」
家の南側へ着陸しようとしているドラゴンを眺めやりつつ、オレたち四人はその後を追った。
***
「急にお邪魔してすみません、タスクさん」
人の姿に変わったアルフレッドは、開口一番、非礼を詫びる。
「それはいいんだけど。どうしたんだ? 聞いてた予定よりずっと早いけど」
「それがですね……」
クセのように、アルフレッドはずれ落ちそうなメガネを手で直している。その仕草はどことなく間を作るようにも感じられ、何から話したらいいのか迷っているようにも見えた。
「お預かりしていた丸麦なんですが」
「ああ、サンプルで預けたやつ」
「ええ、それです。実は問題が起きまして……」
それからアルフレッドが話してくれたことは、次のようなことだった。
龍人族の国へ戻ったあと、アルフレッドは加盟する商人ギルドの『等級鑑定人』に、丸麦のサンプルを手渡したらしい。
『等級鑑定人』は食品類だけでなく、鉱石や宝石、各種素材などの質を見極める専門家で、市場へ売りに出す商品の全てが、彼らによって、グレードをつけられるそうだ。
「グレードごとに相場が決まっておりまして。公正な価格での取引ができるように配慮されているのですが……」
「……もしかして。丸麦の質が悪くて、売り物にならなかったのか?」
「いえ、その逆です」
「?」
「お預かりした丸麦が、最上位の質を凌駕する代物でして」
「……は?」
「流石に何かおかしいと、商人ギルドの『等級鑑定人』全員が検証したのですが、その判定が覆ることはありませんで……」
高級品として知られる丸麦の、超高品質なものが持ち込まれたことにギルドは騒然とし、持ち込んだアルフレッドは質問の嵐に見舞われたらしい。
「大変でしたよ……。相手は同業、百戦錬磨の先輩方ですから。何とか、この場所のことはごまかせたと思いますが……」
紺色のボサボサ頭をかきむしりながら、アルフレッドは疲れた顔を浮かべている。まあ、確かに平穏な生活を送りたいと思ってはいるけど、そのことと、ここで暮らしていることが知られることに何の関係があるのだろうか?
「おわかりになりませんか? 高品質の丸麦、しかもそれが、おとぎ話でしか聞いたことのない異邦人の手によって作られたとなれば、こちらへ人々が殺到しますよ」
「あ~……。そうか、この世界ではレアキャラだったな、オレ……」
「それに」
アルフレッドは一瞬だけアイラを見やり、すぐに視線を戻して続けた。
「僕にとっても、皆さんにはできるだけ静かに暮らしていただきたいと思っていますので。同じ商人仲間とはいえ、ここを知られるのは本意ではありません」
「そうか……」
皆さんに、とは言っているが、恐らくアイラのためを思ってのことなのだろう。忌み子が関わっている場所で作った物に、悪意を抱くヤツもいるだろうしな。
「それにしても……」
ため息交じりにアルフレッドは切り出し、オレたちの顔へ視線を走らせた。
「皆さん、普段から丸麦を召し上がっているのですよね? 高品質なものだということに気付かれなかったのですか?」
その問いかけに、アイラとベルとエリーゼはそれぞれの顔を交互に見やってから、一様にきょとんとした顔を見せる。
「というかじゃな。そもそも、ここに来るまで丸麦を食べたことがなかったしの」
「うんうん☆ ウチも同じだし! タックンが作るお料理はどれも美味しいし、丸麦もこんな味なんだって、ずっと思ってた♪」
「わ、ワタシも、こちらへ来るまでは、黒パンしか食べたことがなかったので……。スミマセン……」
「そ、そうですか……」
何とも言い様のない表情を浮かべ、アルフレッドは再びメガネを直した。
「丸麦が高品質なものだっていうことはわかったけどさ……。急いでここにきた理由は何だ?」
「そうですね、本題に入りましょう。簡潔に申しますと、こちらで作った物の売買を僕に一任してもらえるよう、専属商人として契約を結んでいただきたいのです」
***
「専属商人?」
「はい。言い換えれば、御用商人あたりが適切だとは思いますが……」
「ちょ、ちょっと待って。御用商人とか、アルフレッドのメリットになるような権力なんかないぞ、こっちには」
「メリットなら双方にあります」
アルフレッドは断言し、互いの利点を説明し始めた。
まずこちらの利点。特定の商人と専属契約を結ぶと、他の商人が手出しできなくなること。商人ギルド内では、専属商人がいる相手との取引を固く禁じているらしい。
「そりゃまたどうして?」
「他の商人が故意に仕入れ価格をつり上げて、専属商人の妨害をするなど、不当な価格での売買を禁止するためです。信頼関係を損なうことがあっては困りますから」
また、専属商人が付いた相手への勝手な訪問もできなくなるそうで、それによって、ここでの生活が脅かされることもないだろうということだ。
「でも、中には来るヤツもいるんじゃないか? バレなきゃいいって思ってさ」
「ムリでしょうね。ギルドの情報網は大陸中に張り巡らされていますので。露呈した瞬間、生きてはいけなくなりますよ」
……それはまた恐ろしいな。まあ、そういう鉄の掟を厳守してもなお、ギルドから得られる恩恵が多いんだろうな。
反対に言えば、ギルドに加入しなければ、ロクに商売もできないって事になるのか。うーむ、つくづく怖い話だ。
「……あれ? 今の話だと、こっちのメリットしかないよな。アルフレッドにとってのメリットは?」
「いわずもがな、こちらで作られる希少な物を独占して販売できることですよ。異邦人の手によって作られた、高品質な丸麦ですからね。多少値が張ってでも、欲しいという客はいるでしょう」
そう言って、商人のしたたかな表情を見せるアルフレッド。ま、隠すことなく正直に話してくれた方が、オレとしても好感が持てるかな。
「先程もお話しした通り、ギルドの情報網はすさまじいものがありまして。ここの場所がバレてしまうのも時間の問題かと。他の商人が殺到する前に、契約できればと伺った次第で」
「なるほどねー……」
道理で一週間の予定だったのが、二日でくるはずだよ。焦る気持ちもよくわかるわ。
「よし、わかった。専属商人の契約を結ぼう」
「……随分、あっさりとご決断されましたね。本当によろしいのですか?」
「嫌なのか?」
「いいえっ! 僕としては非常にありがたいお話で……」
「同じ取引なら、見知った相手とやっていきたいしね」
オレとしては、ここで静かに暮らしていきたいのだ。野次馬のように、次から次へと商人連中に押しかけられても困る。
その点、アルフレッドなら問題ないだろう。アイラとも長い間親交があるようだし、こちらの生活を阻害することもなさそうだしな。
「ま、そんなわけで、これからよろしく頼む」
「こちらこそ。改めてよろしくお願いいたします」
オレが差し出した手を、がっちりと握り返すアルフレッド。やり取りを眺めていた三人に異論はないようで、オレたちの握手を微笑ましく見守っている。
「それではタスクさん。早速なんですが、ひとつ、ご相談したいことがありまして……」
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