18.畑の拡張と井戸掘り、それからドラゴン。
朝食後、オレたちは家の外で、アイラの言う「行商人を呼ぶ儀式」とやらを見せてもらうことになった。
ベルとエリーゼが暮らしていた村では、他の村との直接の繋がりで物品の取引を行っていたため、行商人に会ったことがないらしく、興味津々といった様子だ。
いつものように、動きやすい忍者のような服に身を包んだアイラは、円筒を地面に置き、そこへ火をつける。
「これでよし。下がっておれ」
アイラが言うと同時に、「しゅぼっ!」という発射音が耳元へ届いた。円筒の中から何かが飛び出して空高く登っていったかと思うと、それは音もなく爆発し、宙に煙の球体を作り出す。
……いわゆる信号弾みたいなものだろうか? なんていうか、格好も相まって、やってることが本当の忍者っぽいな。
「終わったぞ」
「今ので行商人が来るのか?」
「そうじゃ」
随分あっさりとした合図だけど、あんな煙が行商人に見えるのだろうか? そのことを尋ねると、アイラは軽く肩をすくめて応じるのだった。
「あれはオマケみたいなもんでの。肝心なのは爆発と同時に発する音じゃ」
「音なんて何も聞こえなかったろ?」
「相手にのみ聞こえる、特殊な音を発しておるからの」
あー、特定の周波数みたいな感じか、モスキート音みたいなやつ。聞こえる人には聞こえるってアレ。
「アイラっちー☆ 行商人呼ぶのはいいけど、いつぐらいにやってくるん?」
「ん~。そうじゃな。近くにおれば今日中。どこかで商談などしておれば、その分、時間はかかるの。遅くとも三日以内には来るとは思うぞ」
「ワタシ、行商人さんと会ったことないので楽しみですっ! どんな物を取り扱っているんでしょうか?」
「うむ。大陸中飛び回っておるからな。何でも取り扱っておるぞ。エリーゼが食べたことのない珍味の類などもな」
きゃいきゃいと盛り上がる三人を眺めながら、オレはふと考えた。行商人を呼び寄せたところで、こっちから売れるような物、あんまりないよな……?
アイラは丸麦が売れるとか言っていたけど、収穫量で言えばまだまだだし、それ以外にめぼしい物はこれといってないんだけど、相手にとって無駄足にならないだろうか。
そんなことをアイラへ伝えると、返ってきたのは大きなため息だった。
「わかってないのう、タスク。来てもらって早々、取引する必要などないんじゃよ」
「どういうことだ?」
「要は顔見せじゃよ。おぬしがここにいて、こういう物があるということを相手に知らせることと、おぬしがどのような物を欲しているか、つまりは要望を伝えるのじゃ」
「なるほど」
「向こうも持ち運べる商品には限度があるからの。次回以降、円滑な取引ができるようにしておくのがいいじゃろう?」
言われてみたらその通りだ。会ったことのない相手と紹介状もなしに、いきなり金銭のやり取りっていうのも難しいだろうし。回数を重ねて、信頼関係を気付かないとな。
ま、実際に行商人が来てからじゃないと、話は始まらないし、少しでも取引に使える物は増やしておいた方がいいだろう。
今のところ、手持ちで金銭にできるものは丸麦しかないが、生産量を増やすことはできる。オレは三人へ声をかけ、畑の拡張に取りかかった。
***
これまでの収穫作業で、手持ちの丸麦の種子はかなり増えた。アイラだけでなく、ベルやエリーゼも加わったこともあり、オレは一気に畑を広げることに決める。
まず、現在、十メートル四方で作っている丸麦の畑を西側へ伸ばす。横六十メートル、縦十メートルの横長な畑を二列作り、全面に丸麦の種を植えていく。
畑を耕す作業は、オレの独壇場みたいなもので。ゲーム中と同じく、クワを地面に入れるだけで一メートル四方を耕すことのできる能力に大きく助けられた。
初めてそれを見たベルとエリーゼは目を丸くしたあと、スゴイスゴイと言ってくれたが、実際に耕しているオレが照れくさくなっているのに対し、アイラが「あやつに掛かれば、こんなもの簡単じゃ」と、ドヤ顔を決め込んでいるのはなんとなく納得がいかない。どういう立場なんだお前はと、問い詰めてやりたいほどである。
とにもかくにも、二列耕した畑は三人に種まきを任せ、オレは少し離れた北側へ、もう一つ畑を作ることにした。
こちらの畑は十メートル四方のものをひとつだけ。昨日、森で収集した綿花や植物の種を試験的に植えるためだ。
何が育つかわからないため、種と種の間はなるべく間隔を開ける。綿花以外に、調味料や野菜などが育ってくれるとありがたい。
育成期間が丸麦と一緒なら、三日間で育つはずだが、果たしてどうなることやら。とりあえず、後日のお楽しみにしよう。
***
んで。畑を拡張して思ったことがひとつ。やっぱり、井戸が欲しい。
流石にここまで手広く畑を広げてしまうと、水やりも大変になる。森の水場へいちいち水を汲みにいくのも面倒だし、生活用水も必須だ。
とはいえ、地下水がどこにあるかわからない現状、むやみやたら穴を掘ったところで水脈を見つけるのは難しいだろうし。
さらに、地中深く穴を掘り進めていけば、酸素不足になることも考えられる。途中でガスが出るかもしれないしなあ……。
その昔、炭鉱工事の際、有毒ガスを検知させるために、カナリアを連れていったって話があるぐらいだ。作業をするなら危険を排し、準備を万全にして取りかかりたい。
……と、畑仕事が終わった後の休憩中、そんなことを話していたのだが。途方に暮れかけていたオレに、ベルとエリーゼは予想だにしない言葉を返してきたのだった。
「タックン☆ 井戸の水脈なら、ウチが魔法で探せるよ?」
「あ、あの……、タスクさん。時間が掛かってもいいのなら、ワタシも探せるのですが……」
「……マジか、おい。っていうか、なんで?」
何でも、ハイエルフもダークエルフも、険しい山脈や過酷な土地に拠点を構えることがあるそうで、水源探索は生きる上で必須の能力らしい。なるほどなあ……。
というわけで、休憩後、家の周辺に水脈はないか二人に探してもらったところ、三カ所、井戸を掘るのに適した場所を発見。運がいいことに、そのうちの一つが畑と風呂場の近くだったため、そこを掘り進めることにした。
平原の中央に位置する家、家の南西に位置する風呂場、家の西側に位置する畑。この三つを結ぶ十字路の中心を井戸の場所に定め、作業に取りかかる。
穴を掘り進めていくことも、ベルとエリーゼに大きく助けられた。ベルは暗闇を明るく照らす照明魔法が扱え、エリーゼは風と木の精霊魔法で、毒ガスから身を守る結界を作り出すことができる。結界内では自由に呼吸もできるらしい。
……畑を耕すことだったり、
エリーゼの結界魔法は時間が掛かるとのことで、準備ができるまで待機していたのだが、これといってやることがないらしいアイラは、大きなあくびをひとつして、そのまま、家の近くに座り込み、ウトウトとひなたぼっこを始めたのだった。
……まあいいか、猫にしてみたら、眠ることも大事な仕事みたいなモンだろうしな。畑仕事も手伝ってくれたことだし、何か用ができたら起こすとしよう。
間もなくエリーゼから声をかけられ、オレは命綱を腰に巻き付けると、一心不乱に穴を掘り始めた。ベルとエリーゼの見立てでは、二十メートルほど真下へ掘り進めれば水脈にあたるらしい。
うーむ、能力のお陰で掘り進めるのはラクなんだけど、二十メートルって話を聞くと気が遠くなるな……。
トイレの時と同じく、スコップを地面に刺すと、五十センチ四方の土ブロックが掘り上がる。今回はオレの身体全体が入り、掘り進める作業をラクにするためにも、ある程度広さが必要だ。
一.五メートル四方に穴を広げ、そこからひたすら真下を目指す。穴の中はベルのお陰で昼間のように明るく、エリーゼのお陰で呼吸困難になることもない。まさに「ザ・万能!」という感覚で、何というか、ラノベの主人公的なチート感を味わっている気分である。
あっという間に地上は遠くなり、穴を覗き込んだベルからの「タックン、大丈夫~?」という声も、残響音を含んでオレの耳へ届くようになった。
掘っては土ブロックを乗せた木桶を、地上で引っ張り上げてもらう作業も、こう永遠と続くと大変だよななんて思っているうち、足下から冷たい感触が伝わってくる。……水だ!
さらに掘り進めていくと、四方からしみ出した水が貯まりだしていくのが目に見えてわかるようになった。うん、この分なら大丈夫そうだ。
合図を送り、地上へ引き上げてもらったオレは、休む間もなく石材を構築して、井戸の枠を作り始めた。流石にこのままの状態だと、この穴に落ちる危険性が高いしな。
「……あれ? よくよく考えたら、もっと掘り進めた方がよかったのか? 水が出てきたから戻ってきちゃったけど」
「いえ、それは問題ないかと……。ある程度、時間が経てば、自然に水も貯まっていきますし……」
「そうなのか?」
「うんうん☆ ずっと深くまで、水汲みのバケツを入れるのも大変っしょ? 明日ぐらいには、そこそこの高さまで水位が上がってると思うなー♪」
言われてみれば、そうだよな……。地下二十メートルの水を汲み上げるのは重労働だもんな。何のための井戸だよって話になるし。
何はともあれ、本格的に使えるようになるのは明日以降だとしても、自由に水が使えるのはありがたい。風呂に入ることや、飲料水を確保することが、もっと簡単になるしね。
……しっかし、何だなあ。前にも思ったけど、本当に地味な異世界転移になっちゃったなあ、おい。
こう、ド派手な魔法とか、魔物退治とか、宮廷にはびこる陰謀術中とか、ファンタジーの世界ならではの出来事とは無縁の生活だし。やっていることが生活に密接しすぎじゃないだろうか?
多少は、努力・友情・勝利みたいな、インパクトのあるイベントが起きてもいい頃合いじゃないかと、オレは心の中で苦笑した。血気盛んな十代だったら、尚更、それを強く望んでいただろう。
とはいえ、三十歳となった今では、元の世界で過酷なサラリーマン生活を送っていただけに、こちらでは平穏無事に過ごしたい気持ちの方が強いワケで……。何事も平和が一番だよな、うん。
……なんて、そんなことを一瞬でも考えたのが良くなかったのだろうか?
先日アイラが言っていたように、オレの知らない、異邦人ならではの特殊能力が身についているのかも知れない。
例えば、知らず知らずのうちに、フラグを立ててしまう能力――みたいな、あるとしたら本当に厄介でしかないシロモノが。
翌朝、我が家に向かい猛烈な勢いで飛んでくる、巨大なドラゴンの姿を見やりながら、オレはそんなことを考えていた。
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