16.ぽっちゃり系ハイエルフのエリーゼ

 ハイエルフの名前はエリーゼといい、ベルの指摘通り、元々は遙か北に位置する、山間の村で暮らしていたそうだ。

 そしてアイラの指摘通り、容姿端麗、眉目秀麗として知られるハイエルフの一族で、彼女だけがふくよかな体型らしい。


「ワタシ、その……。食べることが大好きで……。食べ物があるとついつい手を伸ばしちゃうクセがあるんです……」


 一族の中でも、彼女は「大食いのエリーゼ」として有名で、村で収穫した食べ物も、彼女には多めに渡されていたそうだ。二年前までは。


「二年前?」

「別のハイエルフ一族の村が隣にあるんですが、二年前に土地を巡って争いが起きまして……」

「なるほど。推測するに、争いに負けて土地を割譲。その影響で耕作地を失ったと、そんなところじゃな?」

「スゴイです……! どうしてわかるんですか!?」

「食うに困ったヤツらの考えることなど、種族が違えど大体同じじゃ。自分より弱い者から奪えば、簡単に飢えを解消できるしの」


 感心の眼差しでアイラを見つめるエリーゼだが、当の本人は吐き捨てるように言い終えた後、一転して口をつぐみ、腕組みをして目を閉じている。

 忌み子として暮らしていたのだ。何か思うことがあるのかも知れない。ふと、そんな考えが頭をよぎったが、いまはエリーゼの話へ耳を傾けることにした。


「それで? それから、どうなったんだ?」

「耕作地を失った影響で、穀物の収穫量が減少しまして……。蓄えもなくなり、代わりに狩りなどで食料を賄っていたんですが」

「それでもギリギリの状況が続いてた、とか?」

「はい……。村の全員がなんとか暮らしていけるだけの食料が精一杯で……」


 うなだれるエリーゼに、ベルが問いかける。


「そっかあ☆ それじゃあ、食べることが大好きなエリちゃんは、大変だったんじゃない?」


 この短時間でエリちゃん呼びかい。距離感の詰め方相変わらずスゴいな。これもギャルのなせるコミュ力の高さだろうか。

 一方で、呼ばれた本人も、それを大して気にしていないほど落ち込んでるみたいで、今にも泣き出しそうな顔を浮かべながら口を開いた。


「はい……。他のみんなに比べて食べる量が多いので、肩身が狭く……」

「う~ん……」

「せめて労働面で、村に貢献できないかと考えていたのですが……。ワタシ、鈍くさくて、なかなか役に立てなくて……」


 エリーゼは顔を上げ、悲壮感溢れる声で続ける。


「今回、村の人たちが新たな猟場を開拓するというので、自分でも食料を調達できないかと、ワタシも立候補したんですが」

「一緒に探索しているうちにはぐれてしまった?」

「はい……。いつの間にか迷ってしまったようで……。村へ戻ろうと数日歩いていたのですが、気付いたらここまで……」


 エルフも森で迷うことがあるのかと思ったのだが、ベル曰く、この辺りの森はかなり特殊で、方位がわからなくなることが当たり前の上、遭難しやすいことで有名だそうだ。

 ふーむ。一瞬、口減らしのような形で、わざと仲間に置いて行かれたのかと思ったけど、森の環境を聞いてしまうと、どうやら本当に迷っただけみたいだな。


 オレがそんなことを考え込んでいる中、「……アレ、ちょっち待って?」と、ベルが疑問を呈した。


「ねえねえ、数日歩いてたって言ってたけど、どーやって? この森の中で野宿とか、ちょーヤバイんですケド?」

「ヤバイって?」

「んとね☆ カンタンに言うと、死んじゃうっていうか☆」

「簡単過ぎだな、おい」

「だってホントなんだもーん。ここら辺のこと、みんな『黒の樹海』って呼んでるし☆」

「猛獣なども、うじゃうじゃおるしな。慣れていない者なら、生きて帰るのは難しいじゃろうて」


 ベルの話にアイラが割って入る。いや、アイラさん、そんな危険な森にオレを連れていったんスか……? そんなこと初めて知ったんですケド……。

 そうか、道理で、他に人を見かけないはずだよ……。そんな危ない場所なら住みたくもないよな。……まあ、オレは暮らしてるけどさ。


「ああ、それなら。ワタシ、結界魔法を扱えるので、夜はそれを使って危険を回避していたんです」


 エリーゼは少しだけ表情を明るくしてから両手を合わせ、その疑問に応じてみせた。


「そっか☆ ハイエルフなら精霊魔法が得意だもんね♪ 結界作ればノープロって感じ?」

「確かにのぅ。眠りの精霊を併せて呼び寄せれば、周囲の猛獣どもも大人しくなるじゃろうしな。『黒の樹海』の中でも安全に過ごせるじゃろうて」


 ベルとアイラは納得したように頷いているが、他の世界からやってきたオレにはピンとこない。そもそも、ゲームの中には精霊魔法がなかったしな。まるっきり、ファンタジーの世界の話だな。


 そんなオレのことなど気にすることもなく、三人は魔法の話題で盛り上がっている。


「あ、でも。ワタシ、本当に鈍くさくて……。詠唱も人一倍時間が掛かるから、結界を張るのも大変で……」

「またまたー☆ そんな謙遜しなくてもいーっしょ?」

「そうじゃの。あの危険な森を、傷ひとつ無く過ごすことができるんだからの。さぞかし、広範囲な結界が作れるんじゃろうな」

「うんうん☆ もしかして、半径五メートルぐらいはヨユーだったりして♪ なぁんて……」

「その……。半径二十メートルです」

「……はい?」

「ワタシが作れる結界の範囲、半径二十メートルで……。あ、でもでも! 時間はすっごく掛かっちゃうんですけどっ!」


***


 エリーゼの言葉に、二人は絶句している。


 ……なんか、おかしいことでも言っていたのだろうかという疑問が顔に出ていたのか、ベルが説明してくれた。


「あのね、タックン。魔法って、使う人によって効力が変わるんだけどぉ……」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「んとね、結界魔法って、大体半径三メートルぐらいがふつーなの。ウチの村の長老おじーちゃんたちでも、使えて五メートルぐらいかなー?」

「ふむふむ」

「いわゆる賢者と呼ばれる、魔法の達人でも半径十メートルが限度じゃな」

「へ~、そうなのか」


 オレの反応に、アイラがため息をつく。……何だよ、呆れたような目で見て。


「阿呆ぅ。わからんか? 半径二十メートルの結界魔法など、おとぎ話の中でしかお目にかからない代物じゃ」

「……マジで?」

「マジもマジ。大マジだって。めっちゃヤバイよ?」


 まじまじとエリーゼの顔を見やる。だがしかし、視線を一身に受けた本人は戸惑いよりも照れたように赤面し、恥ずかしそうにうつむくのだった。


「ワタシ、昔から加減が上手くできなくて……。伐採を手伝おうとして、辺り一面の木を切り刻んじゃったりとか、漁をしようとして、川の水のほとんどを吹き飛ばしちゃったりとか……」


 みんなと同じように上手く魔法を使えたらいいんですけど、と、気恥ずかしく続けるエリーゼとは対照的に、アイラとベルは口をポカンと開けたままで、言葉も無いらしい。


 ……ついさっき、口減らしとか思ったけど。もしかしたら、強大な力を持て余した村が、エリーゼを厄介払いしたんじゃないか? 彼女を上手く扱えたのなら、ハイエルフ同士の争いでも負けることなんかないだろうし……。


 どう反応していいのか迷っていると、エリーゼは家の中をキョロキョロと見渡し、そして意を決したように切り出した。


「あのぅ……。皆さんは、こちらで暮らしてらっしゃるんですよね?」

「うん。まあ、暮らしてから日は浅いけどね」

「助けていただいた上、お食事までごちそうになって、こんなことを言うのは非常に厚かましいとは思うんですけど……」

「……?」

「ワタシも、ここに住まわせてもらえないでしょうか!?」

「え?」

「お願いしますっ! 鈍くさいですけど、お仕事ならなんでもやりますので!!」


 勢いよく椅子から立ち上がり、頭を下げるエリーゼ。いきなりの申し出なので戸惑うものの、話を聞く限り、このまま無事に村へ帰ったところで、エリーゼのためにならないような気がするんだよなあ。


「う~ん、その、ここで暮らしはじめたばっかりだからさ。見ての通り、環境的にはまだまだ厳しいけど、それでも大丈夫?」

「はいっ! 全然問題ありませんっ!」

「……ということで、オレは喜んで彼女を受け入れようと思うけど。二人はどう?」


 ギャルのダークエルフと、三毛柄の猫人族へ交互に視線を向けると、それぞれ表現は異なるものの、二人なりの歓迎の言葉が返ってきた。


「モチおっけーだし☆ これからヨロシクね、エリちゃん♪」


 ベルが満面の笑顔で抱きついてきたことに、若干、困惑の混じった微笑みを浮かべつつも、エリーゼはよろしくお願いしますと応じている。


「ま。開拓を進める上で人手は必要じゃろうて。根は真面目そうじゃし、問題なかろう」


 アイラは椅子の上で足を組みながら、じゃれ合うエルフたちを眺めている。お前、なんでそんな偉そうなんだよ……。見た目は四人の中で一番幼く見えるんだけどな。


 視線に気付いたのか、アイラはくるりとオレを見やり、それから不敵に笑って見せた。


「よかったのぅ、タスク」

「なにが?」

「四部屋作った寝室、無駄にならず済んだではないか」

「ああ、そのことか……」

「おぬし、ひょっとして、こうなることを見越しておったのではないかえ?」

「超能力者じゃあるまいし、そんなことできるかよ」

「おぬしは異邦人じゃからのう。おぬしも気付かない、何かしらの超越した力があるかもしれんぞ? 知らず知らずのうちにおなごを引き寄せる能力、とかな」

「馬鹿馬鹿しい。そんな力があれば、元の世界でモテモテだったわ……ったく」


 ……三十歳にもなって、結婚はおろか、彼女すらいなかったとか知られたら、アイラにバカにされそうだし、絶対に言わないけどな。


「まあよい。今後、改築する時は寝室の数に気をつけるんじゃな」

「まだ言うか。心配しなくても、そんなすぐに改築するようなことは無いから安心しろよ」

「ふーん、どうだかのぅ」


 少し拗ねたような声でアイラは口をつぐんだ。何だっていうんだ、一体……?


 とにかく、新たにハイエルフが加わったことで、今後の生活はもっと賑やかになっていくだろう。異世界でのサバイバル生活を始めた日の孤独感が嘘みたいだ。


 人手が増えることで、やらなければいけないことはもちろん、やりたいことも増えていく。みんなが不自由なく暮らしていけるよう、もっともっと頑張らないとな。

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