13.ベルからのプレゼント

「ふふーん、どうよ☆ すごいっしょ?」

「……ダークエルフって、みんなこういう魔法を使えるのか?」

「ええ~? 違うよ? この魔法はウチのオリジナル☆」

「オリジナル?」

「そうそう♪ 村で保管している綿花とか皮を使ってね、じーちゃんたちにバレないよう、早く服を作らなきゃとか思ってたら、いつの間にかできるようになってたっていうか」

「執念を感じるのう……」

「それにしても、これはスゴいな……」


 オレとアイラが感心の眼差しで、食い入るように敷物を見ていたことに、ベルは気分を良くしたらしい。「他にもこんなのが作れるよー☆」と、何も無い空間へバッグを出現させ、中から綿花を取り出すと、同様に魔法を唱え始めた。


 次の瞬間、出来上がっていたのはフェイスタオルで、柔らかな肌触りの上質な仕上がりに、オレは思わず感動を覚えるのだった。


「スゲー! 服以外にも、こういう物も作れるのか!」

「エッヘヘ! まー、ウチに掛かればヨユーっしょ? さっきの応用みたいなモンだしネ☆」

「ふーむ、見事なもんじゃのう……」

「いや、マジでスゴいわ。売ってる物より上等なんじゃないか、これ?」

「ちょ、褒めすぎだし! ちょーはずいじゃん!」


 ベルは顔を真っ赤にさせ、慌てふためいた様子で、オレからタオルを取り上げた。むう、残念。かなり欲しかったんだけどな……。


「……こんなに褒めてもらえたの、生まれて初めてだし……」

「ん? なんか言ったか?」

「ううんっ! なんでもないよっ、なんでも☆」


 首を勢いよく横へ振り、タオルを胸元へギュッと抱えたベルは、やがて何かを思いついたのか、意を決したように視線を上げた。


「ねえねえ、タックン♪ ここで暮らしはじめて、まだ日が浅いんだよね?」

「ああ、うん。そうだけど」

「それじゃあ、着替えとか、身の回りのモノ、揃えるの困ってない?」

「確かに。近いうちに揃えなきゃいけないとは思ってるけど……」

「うん☆ じゃあ、それ、ウチが全部作ってあげる!」

「……マジで?」

「任せて! その代わり、といったらなんだケド……」

「?」

「……ウチもここに住んでいいかな?」


 思いもよらないベルの提案に、オレ以上に驚いていたのはアイラだったようで。耳を伏せて、尻尾を立てると、ものすごい勢いでベルに詰め寄っていく。


「だ、ダメじゃ! ダメじゃ! そなたがいかに見事な魔法を使えたとしても、それとここで暮らすのは、まったく違う話でっ!!」

「もう、アイラっちったら~……。心配しなくてもいいのに……」


 声を荒げるアイラをなだめてから、ベルは物陰にアイラを誘い、二人きりで話を始めた。


「そんなに警戒しなくても、アイラっちのジャマはしないって♪」

「な、何の話じゃ?」

「だ~か~ら~、アイラっちとタックンとのことだってば☆」

「~~~~~~~っ!!」

「ウチから手を出すようなことはしないから、安心して、ネ?」

「……う。そ、そうかの。それなら……。まあ……」

「もう、アイラっちってば、カワイイんだから☆」


 ……何を話しているのかさっぱりわからないが、しばらくすると、お互い納得した表情で物陰から姿を現した。ベルはニコニコとした顔で、アイラは……何でアイツ、あんなに顔が赤いんだ?


 軽やかな足取りで俺の前に立ち止まったベルは、片手を差し出し、握手を求めてくる。


「とりあえず、女の子同士で話はついたから☆ これからヨロシクね、タックン☆」

「ああ、それはいいけど……。本当にいいのか? 揃えなきゃいけないものは山ほどあるし、ここで暮らしていくのは不便だと思うぞ?」

「ノープロっしょ! むしろ、何もないところから、作っていくことのほうが楽しいジャン?」


 満面の笑顔を見せるベル。確かにな。作る楽しみと喜び、それに関してはオレも同感だ。何より、衣類が作れる仲間が増えるのは心強い。


 改めてよろしくという意味を込めて握手を交わすと、ベルは振り返り、悪戯っぽくアイラを眺めやった。


「そうそう、アイラっち☆ ウチからは手を出さないけどさー」

「……?」

「ウチが手を出されたら、その時はゴメンね☆」

「なんじゃと!! 話が違うではないか!」

「え~? だって、それはしょーがないっしょ!」

「しょうがなくない! 待たんか、このっ!」


 そう言い合いながら、「豆腐ハウス」の周りをぐるぐる追いかけ合う二人。いや、マジで何やってんだ、あいつら……?


***


 追いかけっこに満足したのか、息を切らしたベルにアイラがしがみつき、何やら抗議の声を上げている。……まったくもって、何が何だかよくわからん。


「あ、そうだ☆」


 アイラにしがみつかれながらも、ベルは何事もないように両手を合わせ、笑顔を浮かべた。


「せっかくだし、ウチの作った服、二人にプレゼントしたいんだけど☆」


 思いもがけない申し出は、正直嬉しいし、つい今し方まで騒ぎ立てていたアイラも、ピタッとおとなしくなる。


「それは嬉しいんだけど……。こっちは何もしてないのに、なんだか悪いな」

「うむ……。好意はありがたいがの。何かお返しをせねば申し訳ないな」

「いいのいいの☆ 気にしないで! ウチの魔法、褒めてもらってメッチャ嬉しかったし、なんていうか、引っ越しのご挨拶っていうヤツ? これからヨロシクねって意味も込めて、プレゼントさせて、ね?」

「そういうことなら……」


 せっかくの好意を無碍にするのも申し訳ないしな。何より、先程、ベルの魔法を見たばかりなのだ。あれほどスゴイ魔法を扱うアパレル志望のダークエルフが、どんな服を作るかということも興味がある。


 それに、着替えがない現状、服のプレゼントはとてもありがたい。「家の中に置いとくから、ぜひぜひ着替えてね☆」というベルの言葉に従い、喜び勇んで「豆腐ハウス」へ戻った……のだが。


 ……う~ん、なんていうのかな? オシャレって、難しいねということを考えさせられるモノが用意されていて。


 オレはそれをまじまじと眺めながら、ベルからのプレゼントが何かの間違いであって欲しいと願いつつ、仕方なしに着替えを始めるのだった……。


***


「キャー☆ タックン! ちょーカッコイイ!! ウチの想像通り、めっちゃイケてるし!」


 プレゼントされた服に着替え終え、外に出たオレを待っていたのはベルの黄色い声と、アイラの爆笑する姿だったワケで……。


「うひゃひゃひゃひゃ!!! よいっ!!! よいぞ、タスク!! いかに世界が広かろうと、その服が似合うのはおぬししかおるまいて!!!!」


 最大限の賛辞とは裏腹に、アイラは涙を流し、腹を抱え、草原を笑い転げている。……こんにゃろう……。


「あのさ、ベル……」

「どうしたの☆ タックン?」

「プレゼントしてくれた服、間違ってないよな?」

「え? 間違いなく、その服だけど……。どうして?」


 どうしても、なにも……。えーっと、まず、パンツはキラッキラのラメが入った短パンだし、シャツの代わりに用意されていたのは、これまたキラッキラの胸飾りで、さらに何か変な髪飾りを被らなきゃいけないし……。


 とどめは背中いっぱいに広がる、クジャクのような羽根飾りでしてね。どこからどうみても、リオのカーニバルの衣装のアレです、どうもありがとうございましたな感じなワケですよ、コレが。


 あんな見事な魔法を使うことと、服のデザインをすることは、まったく違う能力なんだなとしみじみ思うと同時に、ダークエルフの長老たちが猛反対した理由もなんとなく納得してしまう。


 ……なんだな、ここでベルが服を作る時は、事前に相談してもらうことにしよう、うん。カーニバルな格好での開拓は流石にキッツイからな。


 しかし……、いつまで笑い転げてるんだ、アイラのヤツ。オレのことを見て、爆笑しているのはムカつくけど、アイツ、肝心なこと忘れてやしないか?


「おい、アイラ」

「ひーっひー……。ぷぷ……な、なんじゃ……」

「お前、いつまでも笑ってられると思うなよ?」

「……どういう意味じゃ?」

「ベルは、オレたちふたりに服をプレゼントしてくれたんだぞ。な、ベル?」

「うん☆ モチロンだよ!」

「ま、まさか……」

「そのまさかだ。家の中に、お前の分の服が用意されているぞ? まったく同じデザインでなぁ!」


 じりじりと歩み寄るオレとベルから避けるように、アイラはゆっくりと後ずさっていく。


「せっかくベルが用意してくれたんだ……。好意はありがたく受け取らないとなあ……?」

「い、いやじゃ……。私は着替えとうない……」

「どぉしてぇ? アイラっちにもきっと似合うと思うのにぃ」

「嘘じゃ……。似合うわけがない……」

「大丈夫よぅ♪ 絶対、カワイイんだから☆ だから、着替えて見せて、ネ?」


 オレたちが言い終えるよりも早く、その場からアイラは逃げ出した。その後を必死に追いかけるベル。そして再び始まる追いかけっこ。……何やってるんだ、ホント。


「もう、アイラっちったら、シャイガールなんだから☆ お願いだからぁ、お着替えしたところ、お姉ちゃんに見せて、ネ?」

「おぬしの妹になった覚えはないっ!」

「え~っ? だって、ウチ、一六〇歳だよ~? アイラっちより、年上だと思うな~?」

「私より年下ではないかっ! この阿呆ぅ!」


 ぎゃーぎゃーとくだらない言い争いをしながら、「豆腐ハウス」を駆け回る二人を眺めつつ、オレはちょっとした衝撃を受けた。いやいや、二人とも百歳超えてんのかよ! 見た目が十代だから、違和感ありまくりだわ!


 ……ゴホン。とにかく! 騒がしい同居人がもう一人増えたということに間違いはなく。改築計画は見直さなきゃいけないだろう。


 何より、地味目でも普通の服をできるだけ早く入手しなければと、着させられたという表現がしっくりくる、華々しい衣装に身を包みながら、オレはそんなことを考えたのだった。

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