12.ギャル系ダークエルフのベルデナット
アイラが言っていたダークエルフは、乾燥させているイノシシの皮の前へしゃがみ込み、じぃっとそれを眺めている。
褐色の肌、灰色の長い髪、紅の瞳と長い耳。なるほど、ぱっと見て、身体的な特徴が目立つので、ダークエルフ以外に見間違うこともないだろう。
しかし、オレにはそれ以上に気になっていることがあり。何というか、愛読していたファンタジー小説などでの描写とは異なる、外見の奇抜さに違和感を覚えたのだ。
「なあ、アイラ。こっちの世界のダークエルフって、みんなあんな格好なのか?」
「いや? 長いこと生きておるが、ああいう格好のダークエルフは見たことがないのう」
家に向かいながらヒソヒソ話を交わしていると、ダークエルフはこちらに気付いたらしい。その場に立ち上がり、頭上でブンブンと大きく手を振りはじめた。
「おーい☆ そこの君タチ、ちょっち聞きたいんだけどサ♪」
人好きのする笑顔を浮かべながら、ダークエルフはフランクに切り出した。革製のロングブーツ、白のホットパンツ、お腹周りがはっきり見え、胸だけを隠すようなショート丈のトップス。そして、サイドポニーのヘアスタイル。
言動も含め、ギャルとなんら変わらない姿に、オレは軽く意表を突かれる。アイラに確認しなければ、この世界のダークエルフは全てギャル系なのかと、危うく、勘違いしてしまうところだった。
「ここにある動物の皮って、君タチが獲ってきたヤツ?」
こちらの戸惑いをよそに、ギャル系ダークエルフは続ける。かなりの高身長で、一八〇センチ近くはあるかも知れない。オレは支障がないが、アイラは見上げるような視線になってしまい、若干、話しにくそうだ。
「そうだけど……。それがどうしたんだ?」
「アハッ☆ それなら話が早いっしょ! ちょっち相談なんだけど、この皮、譲ってくれないカナ~って」
……ダークエルフが動物の皮を何に使うんだろう? 同じ疑問をアイラも抱いたらしい。尻尾を一度大きく振ってから、ギャル系ダークエルフへ問い尋ねた。
「おぬし、ダークエルフであろう? 動物の皮なんぞ、狩りでいくらでも手に入るだろうに、なぜこれが必要なんじゃ?」
「ああん♪ それを聞かれると、ちょっち困るっていうか……。……ん~。
「いや、まあ、話したくないなら無理に話さなく」
「うんうん! そこまで言われちゃ、しょーがないなー☆ この話、他のみんなにはヒミツにして欲しいんだけどサー!」
「おい、タスク。こやつ、人の話を全然聞いておらんぞ?」
「……なんというか、ノリが独特だな……」
オレとアイラが話しているにも関わらず、それを気にも留めることなく、ギャル系ダークエルフは自分語りを始めてしまう。あ~、うん、何だろう、ギャルというのはこういうモノなのだろうか? 知り合いにギャルがいないのでよくわからんが……。
とにかく、会話を進める上では、このダークエルフの話を聞き終える以外に選択肢はないらしい。オレたちは黙って、ダークエルフの語りに耳を傾けることにしたのだった。
***
彼女の話をまとめると、次のようなことだった。
このギャル系ダークエルフ、名前はベルデナット(フルネームは可愛くないので、「ベル」と呼んでと釘を刺された)といい、元々は、遙か北東、森と山間に拠点を構える、ダークエルフの村で暮らしていたそうだ。
村は比較的裕福で、衣食住には困らず、ベルも平和な日々を過ごしていたのだが。彼女には唯一にして絶対に譲れないことがあったらしい。
「ウチ、将来はアパレルをやりたいなって、ずっと思ってて!」
「……あぱれる? あぱれるとは、なんじゃ?」
「ああ、洋服とかを作る仕事のことだな」
「自分自身のブランド立ち上げて、『ベルマーク』っていう名前で売り出すの☆」
「そのブランド名はマジでオススメできないから、変えた方がいいと思うぞ」
「そっかなー? と・に・か・く! みんな反対するんだモン! ちょームカつく!」
何でも、ベルの暮らしていた村では、収穫した綿花や、狩りで獲ってきた動物の皮などは、全て村の物として保管されるそうで。
それらは必要に合わせて、ダークエルフの一族に伝わる民族衣装へ加工されたり、あるいは他の村との取引に使われ、個人で自由に使うことはできないらしい。
村の衣服は全て同じで面白みがない。更に言えば、交易に使うなら、素材そのものを売るより、デザイン性に優れたものを作って売った方が利益が出る。
……ベルはそう言って、長老たちを説得したものの、受け入れられることはなく。ならば実力で認めさせてやると、一旗揚げるため、村を飛び出したそうだ。
「ホンット! じーちゃんたち、ちょー頭固いっていうか、ガンコっていうか、いわゆる、『ろーがい』って、ヤツ? 全っ然、ウチの話聞いてくれないし!」
「はあ……、なるほどね」
「それに、ウチひとりだけだと、大型の動物を狩るのは、流石にちょっち厳しくてサー☆」
「……で? 結局は何か? 方々を巡り、行く先々で材料を集めては衣服を作っておる、と?」
「やあん、アイラっち☆ 話が早ぁい! そゆことそゆこと♪」
「アイラっち……って、おぬし……」
出会って間もなく、距離感のかけらも無いフレンドリーさで話しかけられることに、流石のアイラも慣れていないらしい。表情に戸惑いの色を浮かべ、頭上の猫耳はやや伏せ気味になっている。
「ていうか、アイラっち、猫人族っしょ? 猫人族なのに、ちょー肌の色白くない? あと、めっちゃ髪キレイなんですけど!」
「……ああ、私は三毛柄じゃからな」
「うっそ! 三毛柄とか、ちょーレアじゃね? マジ色白とか羨ましいんだけど!」
そう言うと、ベルは目をキラキラさせながら、アイラの全身を眺めやり、対照的にアイラは呆れるような眼差しで、興奮するベルを見やっている。……何か、いつの間にか話が脱線しているような気がするんだが……。
「……おい、三毛柄は猫人族の呪われた象徴じゃなかったのか?」
「それはあくまで猫人族と、人間族の中の話じゃ。とはいえ、こうも好奇心剥き出しの種族も珍しいがの」
小声で尋ねるオレに、アイラはため息交じりで応える。まあ、なんていうか、ベルがちょっと変わっていると思った方がいいんだろうな。
「ていうか、家、小っちゃくない? マジ四角なんですけど」
「あ? ああ、ここに住み始めたばっかりで、家も急いで作っ」
「マジで!? 引っ越したばっかりで、こんな大きいイノシシ狩ってくるとか、ちょーウケる☆」
……ベルの話題の方向性がまったくわからず、話が一向に進まない。イノシシを狩ってくるのがどうしてウケるのか、小一時間ほど問い詰めてやりたい気分だが、ぐっと堪えた。とにかく、話題を元に戻さないと。
同様のことをアイラも思っていたらしい。気を取り直したのか、耳をピンと立て、腕組みをしてからベルに向かい直った。
「話を戻すがの。イノシシの皮を譲ってもいいが、対価は持っておるんじゃろうな?」
「お金ならないよ?」
「話にならんの」
「その代わり、別の物をお礼に作って渡してるんだけどネ☆」
「別の物?」
「う~ん、やって見せた方が早いっしょ。ちょっち待っててね♪」
ベルは辺りを見回し、家の近くへ積んでおいた、麦わらの束を手に取って振り返った。
「ねえねえ、タックン。これ使ってもいい?」
「あ、タックンってオレのことか。別にいいけど……」
「アハッ☆ アリガト! じゃ、見ててね♪」
両手に麦わらを持ったベルは集中するように目を瞑り、何かを口の中で呟き始める。次第に両手は光に包まれ、そして、それは次第に収束していった。
魔法を唱えているのだろうか? そんなことを思っていたのだが、光が消え去ると同時に、バラバラだったはずの麦わらが、編み目の美しい敷物へ変化してベルの両手に現れたので、オレとアイラは顔を見合わせた。
「……ああいう魔法、この世界にあるのか?」
「いや、見たことがないの……」
……実を言うと、オレも
昨日、イノシシを
ところが、今、極めて構築に近い能力を、いとも簡単に使っている人物を目撃している。
驚いて言葉も無いオレたちへ駆け寄ると、ベルは得意げに敷物を差し出した。実際に触ってみると、よりその凄さがわかる。麦わらで作ったとは思えないほど柔らかいし、編み目に隙間はなく、繊維が毛羽立っていることもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます