11.豆腐ハウス改築計画
こちらの世界に来てから六日目。ワタクシ、慣れない狩りやら、獲物の解体やらで、昨日はすっかり疲れ果てまして……。
昨夜は早々に就寝したんですが、今朝も気付けば隣には全裸のアイラがいましてですね、疲れているのに、早朝から飛び起きてしまったワケでございます。
……そんなわけで、昨日と同様、罠に魚が掛かっているかを確認するため、海へとやってきたんだけど。
「慣れれば問題なかろう。慣れれば」
元凶であるアイラは、相変わらず忍者のような服に身を包み、浜辺の流木に座ったままである。まだ眠いのか、大きなあくびをしながら、猫耳をぴょこぴょこ動かしている。むしろ、オレが悪いとでも言いたげな感じだ。
「目を開けたら、全裸の女の子がいるんだぞ? 慣れるわけないだろ?」
「しかも美人じゃしな」
ぬふふ~、と笑って、アイラが応じる。くそう……、否定できないのが悔しい……。
「せめて、今みたいに服を着たまま寝るとかできないのか?」
「いやのぅ、家の中じゃと、裸で寝た方が気楽でなあ」
「だからって、わざわざオレに抱きつかなくても……」
「おぬしのそばは、暖かいからいいんじゃよ」
「カイロ代わりかい……」
言い合うのも疲れるな……。大きく息をはいて、気を取り直してから、オレはおとなしく罠を回収することにした。
それはさておき、昨日の狩りだって、不慣れな中を手伝ったのだ。アイラもこういう罠の回収を手伝ってくれたっていいんじゃないだろうか?
振り返り、流木へ視線をやろうとした瞬間だった。目と鼻の先までアイラの顔が近付いていることに気付かず、オレは思わず声を上げる。
「わっ! ビックリした、脅かすなよ……」
「ぬふふ~、スマンスマン。脅かすつもりはなかったんじゃ」
「なんだ? 罠の回収、手伝ってくれるのか」
「いや、そうではないんじゃが。ひとつ言っておこうと思っての」
「何だよ?」
尻尾を立てて、上目がちにオレの顔を覗き込んだアイラは、波間にかき消されるのではないかというほどの声で囁いた。
「どうしても裸体に慣れぬというのであれば……。私に手を出してもかまわんのだぞ?」
「!?」
「私の裸体の感触さえ覚えてしまえば、嫌でも慣れるじゃろ」
「あ、あのな……」
「私も別に、おぬしだったらかまわんしな」
うるうるとした瞳。熱っぽい表情。オレが言葉を失っているのを、しばらくの間、じぃっと眺めていたアイラは、ぱっと表情を切り替え、悪戯っぽく笑った。
「……なぁんての。冗談じゃ、冗談。焦ったか?」
「冗談にしちゃ、随分タチが悪いじゃないか、おい……」
「スマンな。おぬしがカワイイもんで、ついついからかってしまうのじゃ」
そう言いながら、浜辺へ駆けていくアイラ。猫耳も尻尾もぴょこぴょこ動かし、まったくもって上機嫌なようである。
オレも三十歳の健康的な男子。正直なことをいえば、魅力的な女の子が側にいるというのは嬉しいのだが……。だからといって、すぐに手を出すとか、そういうのは信頼を裏切るというか、誠実さに欠けるような、何か違う気がするのだ。
「……はあ。これは考えていたことを実行に移さないとダメだな。」
固い決意のもと、考えていた計画を実行するべく、オレは罠に掛かった魚の回収を急ぐのだった。
***
「家の改築じゃと?」
罠に掛かった魚を捕まえた後、家路への道すがら、オレが口にした言葉に、アイラは不満そうな顔を見せる。
「正確に言えば、家の建て直しだな。前々から考えてはいたんだよ」
「必要なかろう? 二人で暮らすなら、今のままでも十分な広さじゃ」
「どこがだよ。家の大部分が、イノシシの肉で占拠されてるんだぞ?」
昨日、捕ってきたイノシシは、もちろん全てを食べきれるはずも無く。少量を食べたあと、残りは燻して長期保管ができるように加工したのだが。
元々、急ごしらえした「豆腐ハウス」である。六畳間がせいぜいといった広さの部屋に、狩りで捕ってきたイノシシ肉の大半を置いてしまっては、倉庫と何ら変わらないのだ。
それに、だ。食べられなかったウサギ肉、畑で収穫した丸麦や、罠に掛かった魚を保管する場所も必要になるだろう。安定して食料を入手できるようになったのは喜ばしいが、衛生的にも、食料を保管する場所と寝室は分けた方がいいに決まってる。
「寝室だけじゃなく、ちゃんとした台所も欲しかったしな。ついでに倉庫も作ればいい。これもいい機会だろ」
「もちろん寝室はひとつじゃな?」
「何言ってんだ。オレとアイラの分、ちゃんと別の個室を作るに決まってんだろ」
「おぬし、そんなに私と一緒に寝るのがいやなのかえ?」
ふくれっ面のアイラは、猫耳を伏せ、面白くなさそうに呟いた。
「一緒に寝るのが嫌とかそんなんじゃなくてだな」
「ふん、だったら何だというのじゃ」
「オレが起きると、お前も一緒に起きちゃうだろ」
「……? それがなんじゃ?」
「いや、アイラ、ずっと眠そうにしてるじゃないか。本当はもっと寝ていたいんだろう?」
昨日今日と、寝ぼけ眼で大あくびしていたことを思い出したのか、アイラは口ごもる。
「それは……。まあ、そう、じゃな……」
「寝室を別々にすれば、そういうのを気にすることなく、ゆっくり眠れるぞ、ってことだよ」
「べ、別に……。おぬしと一緒に起きるのも悪くな」
「あと、あれもどうにかしないとな」
いつの間にか家の前まで着いたオレの目に飛び込んできたのは、昨日捕ったウサギの皮と、イノシシの皮で。そのままだと縮こまってしまうらしく、アイラに教わりながら、木材で枠を作った内側に、皮をピンと張り伸ばし、乾燥させているのだった。
「あの皮も寝具に加工できるだろうし、そうしたら、借りているあの敷物もアイラに返せるな」
「……」
「あ、悪ぃ。アイラが話してる途中だったな。えっと、それで何だっけ?」
「なんでもないわ! この阿呆ぅ!」
そう言い捨てると、アイラは尻尾を逆立てて、家の中に消えていく。……何だ? オレなんか悪いこと言ったか?
まあ、アイラが乗り気じゃなくても、「豆腐ハウス」はどうにかしないといけなかったしな。とにもかくにも、捕ってきた魚でお腹を満たしてから、作業へ取りかかろう。
***
炭火で焼いた魚の匂いに釣られたのか、それとも空腹だったのか。しばらくすると、家に籠もっていたアイラは、尻尾をだらんと垂らしながら、力なく外へやってきた。
「お。アイラ、いま呼びに行こうと思ってたんだ。そろそろ魚も焼き上がる……」
「のう、タスク」
アイラは伏し目がちに続ける。
「やっぱり家は改築せねば、まずいかのう?」
「まあなあ。今のままだと流石に手狭だし」
「改築などせんでも。……他に作らねばならぬものがあるんじゃないかえ?」
「他に……って、例えば?」
「例えば……。えっと、そうじゃな……えーっと」
しばらく考え込んだ後、名案を思いついたらしく、アイラは耳をピンと立てた。
「……そうじゃ! 井戸なんかどうじゃ!?」
「あー、井戸か。確かに井戸は掘らないとダメだな」
「そうじゃろそうじゃろ」
ぬふふ~と、得意げなアイラ。井戸があれば飲料水だけでなく、風呂に水を貯める他、畑の水やりなど、格段に生活レベルが向上するだろう。
「んー……。そうだな、それじゃあ家の改築が終わり次第、井戸掘ってみるか」
「はえ?」
「いや、流石に食料と一緒の部屋で寝続けるのもキツいからな。まずは家の改築からとりかかろうぜ?」
「そ、そうか……」
再び元気をなくすアイラ。何だっていうんだ、おい。オレとしてはアイラに感謝しかないので、ゆっくり休んでもらうためにも、別々の寝室を作ろうと思っているんだけどな。
「しっかし、助かった」
「……何がじゃ?」
「アイラのお陰で生活に張りができたし、動物の肉や皮も手に入った。一人だったら、こうはいかなかっただろうしな」
「ふん、心にも無い世辞は無用じゃ」
「お世辞なんかじゃないって。本当に感謝してるんだぞ? オレだけだったら怖くて、森に入ることすら躊躇するんだからな」
「……」
「いや、ホント、アイラがいてくれて良かったよ」
ピクピクと耳を動かし、尻尾をゆっくり振り始めるアイラ。
「……それは本当か?」
「嘘言ってどうするんだよ。オレ一人でもなんとかなるかなとか思っていたけどさ、やっぱり頼りになるやつがいてくれると、心強いよなあ」
「そ、そうかの?」
「昨日の狩りとかも鮮やかだったし。凄いよなあって思ってさ」
そこまで言い終えると、いつの間にか表情に元気を取り戻したアイラは、尻尾を大きく動かし、自信満々に口を開いた。
「ふふーん、そうであろう、そうであろう? 私の狩りの腕前はなかなかのものじゃろ?」
「ああ、見事なもんだよ、ホント。あれだけ鬱蒼とした森もスイスイ進めるもんな」
「私にしてみたら、あんな森、平地を歩いているのと大して変わらん。何がどこにあるか、把握しておるからのう」
「それって、あれか? キノコとか山菜とかの場所もわかったりするのか?」
「もちろんじゃ! おぬしが望むなら、採ってきてやるのもやぶさかではないぞ?」
「マジで!? いや、嬉しいなあ。ちょうど野菜類も欲しいと思っていたんだよ」
「ぬふふ~、任せろ! おぬしが驚くほどの山の幸を、収穫してきてやろうではないか!」
そうと決まれば腹ごしらえからじゃな、と続けて、アイラは焼き魚が刺さった串に手を伸ばす。うんうん、元気が出たようで何よりだ。
……しっかし、何でアイラは、あんなに家の改築を嫌がっていたんだろうか……? 個別で寝室も増えるし、広くなる分には住みやすくなっていいと思うんだけどなあ?
***
「それじゃあ、また後での。しっかり材料を集めるのじゃぞ?」
「いわれなくてもわかってるって。アイラも山菜採り、よろしく頼む」
食後、オレとアイラは森の手前で別れ、それぞれ別の作業に取りかかった。オレは改築するための資材を集めるため、主に木の伐採を。アイラは森に入って山菜採りを。
現在、家が建っている草原は、ぱっと見た感じ、四方が二百メートル程度拓けているものの、今後、畑などを増やしていくことを考えたら、もう少し空き地を広げておいた方がいいだろう。
周辺の伐採を進めることで、木材を集めるだけでなく、拠点となる場所を拓いていくことができる。まさに一石二鳥だ。
……とまあ、それはさておき、だ。前から思っていたことだけど、この森、広大すぎるだろ!
もしかして、永遠に続いているんじゃないかという錯覚を感じるほどに、相変わらず木々は生い茂っているし。どこまで切り拓いても、他の村や町まで辿り着かないんじゃないか、これ?
思っていてもしょうがないから、黙々と作業は進めるけどさ。資材集めの能力と、構築と再構築の能力が使えなかったら、詰んでたよな、ホント……。
とにもかくにも、ひたすらに伐採を進め、無心で木材を集めていくこと二時間弱。オレの後方にはいつの間にか、木材が山のように積まれており、その上から木桶を抱えたアイラがひょこっと姿を現した。
「おぅい、タスク。山菜採ってきたぞ」
「おお、助かる。それじゃ、少し休憩するか」
「それはいいんじゃが……。家の前に客が来とるぞ?」
「客?」
客って言われてもな。こっちの世界で知り合いなんかいないぞ?
「うむ。私の見間違いでなければ、あれはダークエルフじゃな」
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