10.はじめての狩り、アイラの能力
相変わらず鬱蒼とした森の中だが、アイラは慣れた様子でガンガン先に進み、オレはおっかなびっくりしながら、その後ろをついて行く。
「そんなに怯えんでも、置いていかんから安心せえ」
「いや、安心しろって言われてもな……」
ワケのわからん動物の鳴き声やら叫び声が響き渡ってるんだぞ? 何を持ってして安心しろというのだろうか。
「大丈夫じゃ。熊じゃろうが巨大蛇じゃろうが、出てきた瞬間、私が狩るから問題ない」
「狩るっていうけどさ。武器っぽいもの何も持ってないじゃんか」
アイラは変わらず忍者みたいな格好の動きやすそうな服装で、弓矢はおろか剣すら持っている気配がない。疑わしげなオレの視線に気付いたのか、アイラは肩をすくめた。
「武器ならもう持っておる」
「……あ。もしかして魔法とかか?」
「いや、魔法とは違うんじゃが……。とにかく実際に見てもらった方が早いかの」
そう言うと、アイラは静かにしゃがみ、鋭い眼光を前方へ向ける。
「? どうしたんだ?」
「静かにっ。 おぬしも伏せろ」
何が起こっているのかさっぱりわからないが、とにかくその場へしゃがみ込むと、アイラは頭上の猫耳を伏せ、それから口を閉ざした。聞きたいことは色々あるが、様子から察するに、話しかけない方がよさそうだ。
しばらく同じ方向を睨んでいたアイラだが、やがて静かに腕を振りあげ、そしてそのまま、すさまじい勢いで振り下ろした。
瞬間、前方から「ピィッ」という鳴き声と、何かが草むらに落ちた音が聞こえ、アイラはゆっくり立ち上がった。
「ふむ。野ウサギじゃな」
「……は? いま何やったの?」
「うむ、付いてくればわかる」
そう言って歩いて行くアイラの後を、ついて行くこと三十メートル。そこへ横たわっていたのは茶色い毛をした野ウサギで、首のところに鋭い針が刺さっているのがわかる。
「なかなかの大きさじゃな。ありがたくいただくとしよう」
「これ、アイラがやったのか」
「うむ。昔から投げ針は得意でな。狩りを生業に生活しておった」
「はあ~。すごいもんだな……」
服の中から取り出した小さなナイフを片手に、アイラはそのまま野ウサギの皮を剥ぎ、処理をし始めた。家からできるだけ離れた場所で内臓を処理しないと、それを目的とした猛獣たちを近付けてしまうらしい。
「まあ、例え近付いてきたとはいえ、私が退治してしまうがのう」
「そりゃあ頼もしいけどさ、武器っていっても針なんだろ? 大きな動物相手だと厳しいんじゃないか?」
熊でも巨大蛇でも問題ないっていってたけど、何本も針を突き刺したところで倒せるとは思えないんだよなあ。
と、思っていた矢先、野ウサギを処理していたアイラが、突然、ピクッと身体を動かし、その場に立ち上がった。猫耳は伏せた状態で、尻尾の毛は激しく逆立っている。
「……下がっておれ」
「どうした?」
「ふーむ。血のニオイを感じ取ったかの」
「は? 何言って……」
聞き終える間もなく、遠くから地響きと共に猛烈な音が近付いてくるのがわかった。落ちた枝が割れる音、鳥が悲鳴を上げて飛び去る音が次々に耳元へ飛び込み、揺れはますます酷くなる。
大地震か地割れかと錯覚するほどの揺れに、何が起きているのかまったく理解が追いつかない。
事情を把握しているのはアイラだけで、変わらずまっすぐ前を見据えたままだ。
「なあ、アイラ! 何が起きて――」
「来るぞっ!」
アイラが叫ぶと同時に、猛突進してきたのは、二本の牙が生えた巨大なイノシシで。脇目も振らず一直線にこちらへ向かってくる。
猪突猛進とはよく言ったもんだなあ……じゃなくて!! これ、ヤバいんじゃないの!?
「アイラ! 危ないっ!」
オレの叫び声も聞かず、アイラは不敵に笑い、イノシシ目掛けて走り出した。そして、高く飛び上がったかと思うと、空中で腕を大きく振り上げる。
無茶だ! 投げ針が通じるような大きさじゃない! オレがそう思ったのも束の間、アイラの指先はみるみるうちに長く伸び、一瞬にして、槍のようなものが五本出現した。
あれは――爪? 爪を伸ばしたのか!?
アイラは身を翻しながら勢いよく腕を振り下ろし、鋭利な刃物と化した爪をそのままイノシシの頭上に突き刺した。
猛烈な勢いで突進してきたイノシシは、断末魔の叫びを上げ、その巨大な体軀をふらつかせる。
爪を抜き取ったアイラは、何事も無かったかのように爪をしまい、その場に倒れゆくイノシシの姿を見やっている。
ドスンという音を立てて横たわり、ピクリとも動かなくなった亡骸を眺め、尻尾をゆっくり振りながら、一仕事終えたようにひとつ息を吐いた。
「いつもならこんなすぐ反応することはないんじゃが……。空腹だったものが近くにおったようじゃのう」
イノシシをまじまじと見やりながら、アイラが呟く。
「まあ、予定外とはいえ、肉も皮も手に入ったし、いうことなしじゃろ。……どうしたタスク? 固まっておるぞ?」
呼びかけられて、オレはようやく身体を動かすことができた。あんなイノシシも、あんな能力も、ゲームの中で見たことないんですけど!?
どうやらこの世界は、『ラボ』での経験も役に立たない上、オレの想像も追いつかない、不思議なことが山のようにあるらしい。
とはいえ、不用意に森へ立ち入らなかったのはどうやら正解だったらしい。あんなイノシシと出会ってたら、確実に死んでただろうしな、うん。
狩りに来るのはアイラと一緒の時だけにしよう、そうしよう。そんな決意を胸に秘めていると、イノシシの前に佇むアイラが声を掛けてきた。
「おい、タスク。ボーッとしてないで手伝え」
「手伝えって……。何を?」
「何をも何も、解体に決まっておろう。この大きさを一人で処理するのは、流石に堪えるでな」
話しながら、アイラは近くの木へイノシシを吊し上げていく。……えっと、解体っていうからには、アレっすか……?
「解体って、皮を剥いで、内臓を取るっていう、あの解体?」
「他に何の解体があるのじゃ? いいから手伝え」
「ムリムリムリ!!! イノシシなんて捌いたことねえもん!」
「何を言うか、魚を捌くのと大して変わらん」
「全然違うわ!!」
「何事も経験じゃ。ほれ、さっさとこっちに来い」
いやはやマジですか……。覚悟もしてないところで、なかなかハードな作業が待っているじゃないっスかとウンザリしたのも束の間、オレは、はっと、閃きを覚えた。
(あれ、これもしかして、
思ったら即実行と、意気込んで一歩前に歩み出たオレを、アイラが感心したように見やっている。
「うむうむ。やる気があって実によろしい。男たるもの、そうでなくてはな」
フフフ……、アイラはまだ気付くまい。この能力の凄さを見せつけてくれるわっ!
「
木に吊されたイノシシへ手を当て、オレは呟いた。すると、見る見るうちに皮が剥がれて、地面に落ち、イノシシは肉の部分が丸出しになった状態へ変わる。
「ほー。便利な能力じゃのう」
地面に落ちた皮を手に、アイラはしみじみと呟いた。
「熟練の狩人でも、こんな綺麗に皮を剥ぎ取るのは、なかなか難しいじゃろうて。見事なものじゃ」
目を見張るアイラをよそに、オレは内心焦っていた。……予定では、皮と肉と、内蔵とがキレイに分かれるはずだったんだけど……。
「リ、再構築!」
もしかすると、皮を剥いだ後じゃないと、肉と内蔵が分かれないんじゃないかと考え、オレはもう一度、再構築をしてみたのだが、残念なことに結果は変わらず。
……え? もしかすると、再構築できるものって限界があるのか? 樹木や岩石とかは加工できてたのに!?
「どうしたタスク? ぽかーんと口を開けおって」
呆然と立ちすくむオレに、すっかり上機嫌のアイラが、尻尾を大きく揺らして話しかけてくる。
「これだけ見事に皮を剥ぎ取ったのじゃ。内蔵の処理はラクにできるぞ?」
「あ~……。それじゃあ、あとはアイラに任せてもいいかな?」
「何を言うておるか、この阿呆ぅ。一度は手を出したのじゃ。最後まで責任を持って捌いてやらねば、この獲物にも失礼であろう?」
「い、いや、オレちょっと疲れちゃっ……」
「ほれ、教えてやるから、ナイフを持て。ここから刃を入れてな、こう、するのじゃ」
――それからしばらくの間、何をやったかの記憶が曖昧だったワケです……。ええ、言われるまま、されるがまま、ただひたすらにイノシシを捌いておりました……。
はあ、予想していたとはいえ、自給自足って思ってた以上に大変なんだな……。
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