09.収穫と、ゆうべはお楽しみでしたね?

 ……どぉも。すっかり寝不足ですが、皆さん、おはようございます……。ワタクシ、本日は早朝から海にやってきております。


 あ、昨日から一緒に暮らしている同居人ですけど、ほら、後ろで耳をぴょこぴょこ動かしながら、大あくびなんぞして眠そうにしておりますでしょう? 猫人族も、元いた世界の猫と同じように、生活リズムは夜型なのかねえとか、考えちゃう今日この頃なワケですよ。


「……こんな朝早く起きんでも、罠に掛かった魚は逃げんじゃろ? もっとゆっくり寝ていればよかろうに……」


 いやいや、アイラさん。あなたのせいで眠れなかったんですよ、こっちは。……まったく、健全な成人男子をなんだと思ってるんだ、本当にアイツは……。


 何でオレが寝不足なのか。そもそもの原因はアイラなのである。


 昨日、色々ありつつも、同居することとなった猫人族には、とりあえず常に服を着るよう説得。ふてくされながらも、それを了承したアイラだったのだが。それに安心したのが良くなかったのだろうか。


 就寝前、寝具が無いことを伝えると、バッグから毛皮の敷物を取り出したアイラは、オレにそれを差し出しながらこう言ったのだった。


「これを使うといい。板間へ直接寝るより、多少はマシになるじゃろ」

「使わせてくれるならありがたいけど、アイラはどうするんだ?」

「私はない方が気軽でな。服もまとっている上、家の中も暖かい。このまま眠らせてもらうぞ」


 もしかすると、猫人族特有の寝方があるのかもしれない。そう考えたオレはお言葉に甘え、敷物を使わせてもらい、眠りへつくことにしたのだった……が。


 早朝、柔らかい感触に気がついて目覚めると、寝ぼけ眼に映ったのは、全裸の状態でオレに抱きついて眠るアイラの姿で……。


「~~~~~~~~~~!!!!」


 声にならない声を上げ、アイラを起こし、説明を求めたのだった。


「なんじゃ……。唐突に起こしおって……」

「なんだじゃないって! なんで抱きついて寝てるんだよ!!」

「いやあ、場所が変わったせいか、なかなか寝付けんでの……。寝やすい格好と寝やすい場所を求めたら、おぬしのところじゃったというわけでな……」


 目をこすりながら、何か問題でもあるのかといいたそうな顔のアイラに、オレは何も言うこともできず。

 かといって、そのままおとなしく二度寝などできるはずもなく。仕方なしに罠の回収へ足を運ぶことにしたのだ。


***


 罠に掛かっていた魚は合計四匹で、なかなかの成果といえる。どれも、体長二十センチぐらいと程よいサイズで、縦縞の入った魚だ。アイラに魚の名前を尋ねたところ、シマアジというらしい。元いた世界のシマアジとは大分違うな。


 というか、「ミンゴ」と名付けた例の果実も、アイラに聞いたら、こっちの世界の「リンゴ」だっていってたし。同じ名前でも、元の世界とは種類が大分異なるケースが多いってことなんだろうな。


 とりあえず、魚を手に家路へ着いてから、石材で構築ビルドしたナイフを使って下処理をすることに。

 趣味が料理とゲームだったこともあり、内臓の処理や、うろこ取りはお手の物である。手早く魚を捌いていると、その様子を眺めていたアイラが口を開いた。


「しっかし、おぬしも初心ウブよなあ」

「何が?」


 尻尾を大きく振りながら、アイラは続ける。


「魅力的な裸のおなごが抱きついてきたのじゃ。役得ぐらいに思って、そのまま寝ていればよかろう」

「役得って……。それより何よりビックリするだろ? ていうかさ、自分で自分のことを魅力的とか言うかね?」

「何じゃ? 私の身体が貧相とでもいいたいのか?」

「い、いや、そんなことはないけど……」


 確かに抜群のスタイルだし、魅力的には違いなんだけど……ってそういうことじゃなくてだな! オレが言いたいのは……!


「ぬふふふ~」


 言葉を続けようとした矢先だった。突然、アイラが目と鼻の先まで顔を近付けてきたかと思えば、ニコニコとした表情を浮かべている。


「おぬしはカワイイのう」

「はい?」

「何も言わんでも、顔を見ていれば、何が言いたいか大体わかるものじゃ」


 そう言い残し、尻尾を大きく振りながら畑へと駆けていく。まったく、調子狂うなあ、ホント……。こっちはカワイイって言われるような歳でもないんだけどねえ。


「三十歳の男にカワイイも何も無いと思うけどな」

「なんじゃ? おぬし三十歳なのか。異邦人というのは意外と若く見えるもんじゃのう」

「そういうアイラはいくつなんだ?」

「おなごに齢を尋ねるとは……。無粋なヤツじゃのう」


 そう言って、アイラはぷいっと横を向く。うーむ、どう見ても、高校生ぐらいにしか見えないんだよなあ。にしては、言葉遣いが妙に年寄り臭いし……。ホント、謎だ。


「しっかし、本当に三日間で育ちきったの」


 強引に話を打ち切り、アイラは畑の丸麦を眺めやった。全体的に茶色へ染まった丸麦は、その名の通り、丸々と実った穂を垂らし、今や遅しと収穫の時を待っているかのようだ。


 下ごしらえを終えた魚を串に通しつつ、オレはアイラに尋ねた。


「そういやこの間、丸麦は高級品とかいってたけど。この世界って麦が貴重なのか?」

「いや、麦にも種類があってな。一般的に食べられているのは細麦ほそむぎという品種じゃな」

「細麦?」

「うむ。丸麦と違って、細い実が特徴の麦じゃ。過酷な土壌でも育つので、どこの農家も育てておる」


 ただし、精製すると可食部が極端に少なくなってしまうため、いわゆる「ふすま」と呼ばれる皮の部分ごと粉にしてしまうのが普通らしい。

 そこに、とうもろこしの粉やじゃがいもの粉など、他の穀物を混ぜ合わせ、パンにして食べるのが主食だそうだ。うーん、黒パンみたいなものだろうか?


「そうさな。丸麦のみを精製して作ったパンは、貴族や上流階級の食べ物じゃ」

「へえ、そりゃあ貴重だな。……でもさ、そこで育ってる丸麦の種、元はといえば雑草を切った時に手に入れたやつなんだけど」

「阿呆ぅ。そんなことがあるわけなかろうが。冗談も休み休み言うんじゃな」


 ……阿呆って言われてしまった。ホントなんだけどなあ……。ゲーム中と同じ方法で種を手に入れただけなんだけど、この世界ではやっぱり非常識っぽいな。


 魚をかまどに突き刺して、遠火でじっくり焼きながら、オレは丸麦の収穫に向かった。話を聞いてもらうより、実際に能力を見てもらった方が早いだろう。


 豊かに実った丸麦へ手刀を向け、刈り取るような動きで触れる。


 ――スパッ!


 音を立てて丸麦は切り取られ、藁と麦穂に分かれた状態で畑に落ちていった。食べられる麦穂の部分だけでなく、藁も構築すれば敷物などに使えるため、大事に取っておきたい。

 振り返ると、アイラが興味深そうにこちらを眺めている。


「しっかし、見れば見るほど面白い能力じゃのう。異邦人というのは、皆、同じ能力を使えるのか?」

「さあ? ここに来てから、他の人に会ってないからわかんないな」


 もし、他にも『ラボ』のプレイヤーがこちらに来ているのなら、その人も同じように、この能力に驚かれたりしているんだろうか?

 そんなことをぼんやり考えながら、黙々と収穫作業を行っていると、様子を見ていたアイラが話しかけてきた。


「ところでタスク。この後、私に付き合ってもらえんかの?」

「付き合うって、何をするんだ?」

「なに、せっかく丸麦があるのじゃ。パンを作るなら、それに見合った料理を用意しようと思ってな。食材の調達にいくぞ」


 それはいいんだけど、今でも魚と貝は問題なく取れるから、それなりの食事は用意できると思うんだがな?

 まあ、海のものばかりだから、肉があればなあとは多少思わなくもないけど……と、そこまで考えたところで、ハッとなった。


「……いくって、もしかして」

「うむ、察しがいいな。あの森で狩りをするのじゃ」

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