06.猫との遭遇。そして、風呂とトイレを作りたい

 ――異世界へ転移した男の朝は早い。


 基紀もとき 多諏玖たすく、三十歳、独身。寝起きに覚える体中の痛みが、彼に生きている実感を抱かせる――。


 ……あ、おはようございます。三日目の朝です。「情熱○陸」風の起床でご機嫌を伺ってみたんですけど。いやー、相変わらず腰と背中が痛いっ! いい加減、板間へ直接寝転ぶのを考えないとダメだなあ。


「早いところ、ベッドかマットレスみたいな物を作らないとな……」


 とはいえ、それよりも優先して作らなければいけないものがあり、寝具に関してはそれを完成させてから作ろうと考えているのだ。


 寝具より優先して作らなければならない物。それは――そう! 風呂とトイレであるっ!


「……湯船、湯船につかりたい! 汗を流したい!!」


 古代ローマですら公衆浴場が存在したというのに、異世界転移した現代に生きる日本人が作った家に、なぜ風呂がないのかっ!?


 確かに、構築ビルド再構築リビルドで加工した物の持ち運びに重さを感じることは無く、力仕事はさほどないのだが、体力を消耗することには変わりなく。


 着ている物も同じだし、風呂を沸かせば汗を流せる上、残り湯で洗濯もできるだろう。何より、精神衛生上、くつろげる場所は生きる上で不可欠だしな。


 衛生面でいうならトイレも必須だ。いい加減、外で用を足すのも落ち着かないし、個室の洋式トイレで腰を落ち着けながら、ゆっくりと用を足したい。

 ああ、あと、トイレットペーパー代わりに使っていた、大きくて柔らかい葉っぱ――名前がわからないので、「トイレの葉」と呼んでいる――も補充しておかないと。用を足す前にいちいち採ってくるのは面倒だしな。


 さらに言えば、薪や現在の主食となりつつある「ミンゴ」も残り少なくなってきた。昨日採ってきた貝は、昨夜半分ほど海水で茹でて美味しくいただいたので、こちらもなくなる前に採取したいところなのだが……。


「とりあえずは資材の確保だな。優先すべきことからやっていかないと」


 大きく伸びをひとつしてから、ストレッチで身体をほぐしたオレは、斧を片手に森へと出かけることにした。


***


 森へ足を運ぶ前に、昨日耕した畑の様子を見ようと思った、んだけど……。


「……ナニコレ……」


 十メートル四方の畑には、青々とした葉の付いた立派な茎が、所狭しと何本も生えている。確かに『ラボ』の中では三日三晩で作物が収穫できる設定だけどさ。


「何かヤバイものが育っているんじゃないよな……?」


 ……いや、茶色い種を埋めた時、ゲームと同じ収穫期間だったらいいなあって考えたよ? 考えたけどさ。自分の目で実際に、尋常じゃ無い生育速度の植物を見てしまうと、若干引いてしまうのさ。


 今のところ明らかに雑草とは違う“何か”が育っていることはわかるので、それが身体に害のない食べ物であることを祈るのみなのだが。


 とりあえず、引き続き経過観察だなと、森へと足を向けようとした、その時だった。どこからか、様子を見られているような、そんな視線を感じたのだ。


 辺りをキョロキョロと見渡し、その正体を探ろうとした所、森の手前から、こちらをじっと眺めている生物がいることに気がついた。


「にゃー」

「猫だ……」


 少し距離があるので具体的な大きさはわからないが、どうやら成猫のようだ。三毛猫模様で、毛並みも美しい。


「三毛猫かあ。可愛いなあ。一緒に暮らしたいなあ……」


 何を隠そう、猫は大好きなのだ。元いた世界ではペット不可の物件だったので、残念ながら飼うことは叶わなかったけど。こちらの世界ではそれも関係ない話だ。


 それに、やはり一人きりというのは寂しい。昔見た、無人島に漂着した男を描いた映画の中では、孤独感から、流れ着いたボールを人に見立てて、男の話し相手にしていたぐらいだしな。

 猫がいるなら、孤独感も薄れるだろうし、なにより生活に張りがでると思うのだ。


 猫と一緒の暮らしを妄想している間、いつの間にか三毛猫は姿を消してしまっていた。……ま、そりゃそうだよなあ。野良猫がすぐに懐くとも思えないからな。


 とはいえ、可愛らしい猫が近くに住んでいるというのは、少しテンションが上がるものだ。ここで暮らしていれば、またどこかで出会えるかもしれないし。


 近いうちの再会を願いながら、作業へ取りかかろう。


***


 伐採は水場への道を切り開くように行った。


 昼間とはいえ森の中は薄暗く、水場まででも松明が必要なんじゃないかと思うほどで、水を汲みにいくのも一苦労なのだ。あと、正直少し怖い。


 木を切り倒していくことで、水場までの道程に日の光が差し込んでいくのがわかる。さらに、少しでも歩きやすいよう、舗装まではいかないまでも道を整え、水汲みの効率を上げていく。


 伐採しては木材を確保し、岩石があればそれを破壊。拓いた場所を整える……そんなことを繰り返しているうち、草原には結構な量の資材が集まったのだった。


「このぐらいあれば、風呂もトイレも作れるかな」


 まずはトイレ作りに着手した。とはいえ、家の中だとニオイが気になるし、遠すぎても行きにくい。


 とりあえず、家の入り口左斜め前方、十五メートルほど離れた所へトイレを作ることにする。最初は穴掘りからだ。


 木材で作ったはしごを横に置き、シャベルを地面へ突き刺すと、サクッという音と共に、土が掘り上がった。それも、五十センチ四方のサイコロ状に形を変えて、だ。


「なるほど、ゲーム中に土を掘り起こした時と、まったく同じ変化をするんだな」


 サイコロ状の土自体、さほど強度はないようで、そのままの形で持ち運びはできるものの、少し力を込めるとバラバラになってしまう。

 なかなか面白いなと思いながら、そのまま穴を掘り進め、ある程度の深さになったら、はしごを掛けてさらに掘り進める。


 あまり深く掘ると酸素不足やガスが不安なので、少しでも息苦しくなったら引き上げようと思っていたものの、何の問題も無く五メートル程度を掘ることができた。


 穴の上に、木材を構築して作った洋式トイレを置く。その周囲を、ガスや空気がこもらないよう、上部に穴を開けた壁で囲み、ドアを取り付けたら完成だ。


 次に風呂場を作る。


 風呂場はトイレと逆方向、家の入り口右斜め前方を場所として定めた。火を扱うし、建物との間は少し離した方がいいだろうと思ったのだ。


「給湯器があれば便利なんだけどなあ」


 異世界でのサバイバル生活にもちろんそんなものはない。今回作るのは昔ながらの五右衛門風呂だ。


 とはいえ、そのままでは味気ないし、少しアレンジを加えることにする。書籍などで見た五右衛門風呂は円形状で、膝を曲げて入るものだが、せっかくの風呂なのだ、足を伸ばして入りたい。


 そんなわけで、オレが作り上げた浴槽は長方形である。浴槽の底は石材、縁は木材を組み合わせて構築ビルドした。底には栓も付いていて、排水も簡単にできる。


 風呂場の外側から薪を燃やし、底の石材を熱してお湯を沸かす。お湯が沸いたら、ヤケドをしないよう、木材で作った底板を沈めて、風呂に入れるという寸法だ。


 計画通りのものができれば、快適な風呂の時間が楽しめるはずっ! 鼻歌交じりで順調に風呂場を作っていったのだが……。


 いざ完成した物を前にして、頭を抱えることになるとは、この時のオレは考えてもいなかったのである。


***


「水が全然貯まらねえ……」


 ……そうなのだ。浴槽を足を伸ばせるぐらいの大きな長方形にした分、水の量が増えることを考えていなかったのである。はっきり言って、バカだった。


「そうだよな……。小さい円形の風呂なら、その分、水を貯める量も少なくて済むもんな……」


 とはいえ、作ってしまったからにはもう遅い。ゼエゼエいいながら、水場と風呂場を往復し、浴槽へ少しずつ水を貯めていく。

 あまりの重労働で汗だくになり、途中、身につけていたTシャツと短パンを脱ぎ捨てたほどだ。パンツ一枚、靴だけ履いた、ハダカ同然の姿で水汲みに奔走するのは、変態以外の何物でも無い。


「他に人がいなくて良かった……。いい大人として完全にアウトだもんな、この格好……」


 残り湯で洗濯する予定だったが、何かもう、途中でどうでも良くなってしまい。パンツ一枚の姿で洗濯を済ませ、水汲みを続行することに。風呂上がりにはTシャツも短パンも乾いているだろう。


 それと、水汲みの途中なのだが、早々と風呂場のかまどに火をつける。水が貯まってから火を起こすと、湯が沸くまでさらに時間が掛かると考えたのだ。こうなった以上、一刻も早く風呂に入りたい!


 というか、むしろ、この方が温度調節しやすいかもしれないな。水を浴槽へ入れる時に確認すればいいだけだし。うん、ケガの功名と、少しでも前向きに考えよう。そうしないと心が折れてしまいそうだ。


 そんなこんなで、水場と風呂場を往復すること百数十回。浴槽へちょうどいいお湯が貯まる頃には、すっかりと夕暮れを迎えてしまい。


 オレはオレで、ぱっと見、シャワーを浴びたあとなんじゃないかと思えるぐらい、全身汗でびしょ濡れの状態になってしまっていたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る