06.猫との遭遇。そして、風呂とトイレを作りたい
――異世界へ転移した男の朝は早い。
……あ、おはようございます。三日目の朝です。「情熱○陸」風の起床でご機嫌を伺ってみたんですけど。いやー、相変わらず腰と背中が痛いっ! いい加減、板間へ直接寝転ぶのを考えないとダメだなあ。
「早いところ、ベッドかマットレスみたいな物を作らないとな……」
とはいえ、それよりも優先して作らなければいけないものがあり、寝具に関してはそれを完成させてから作ろうと考えているのだ。
寝具より優先して作らなければならない物。それは――そう! 風呂とトイレであるっ!
「……湯船、湯船につかりたい! 汗を流したい!!」
古代ローマですら公衆浴場が存在したというのに、異世界転移した現代に生きる日本人が作った家に、なぜ風呂がないのかっ!?
確かに、
着ている物も同じだし、風呂を沸かせば汗を流せる上、残り湯で洗濯もできるだろう。何より、精神衛生上、くつろげる場所は生きる上で不可欠だしな。
衛生面でいうならトイレも必須だ。いい加減、外で用を足すのも落ち着かないし、個室の洋式トイレで腰を落ち着けながら、ゆっくりと用を足したい。
ああ、あと、トイレットペーパー代わりに使っていた、大きくて柔らかい葉っぱ――名前がわからないので、「トイレの葉」と呼んでいる――も補充しておかないと。用を足す前にいちいち採ってくるのは面倒だしな。
さらに言えば、薪や現在の主食となりつつある「ミンゴ」も残り少なくなってきた。昨日採ってきた貝は、昨夜半分ほど海水で茹でて美味しくいただいたので、こちらもなくなる前に採取したいところなのだが……。
「とりあえずは資材の確保だな。優先すべきことからやっていかないと」
大きく伸びをひとつしてから、ストレッチで身体をほぐしたオレは、斧を片手に森へと出かけることにした。
***
森へ足を運ぶ前に、昨日耕した畑の様子を見ようと思った、んだけど……。
「……ナニコレ……」
十メートル四方の畑には、青々とした葉の付いた立派な茎が、所狭しと何本も生えている。確かに『ラボ』の中では三日三晩で作物が収穫できる設定だけどさ。
「何かヤバイものが育っているんじゃないよな……?」
……いや、茶色い種を埋めた時、ゲームと同じ収穫期間だったらいいなあって考えたよ? 考えたけどさ。自分の目で実際に、尋常じゃ無い生育速度の植物を見てしまうと、若干引いてしまうのさ。
今のところ明らかに雑草とは違う“何か”が育っていることはわかるので、それが身体に害のない食べ物であることを祈るのみなのだが。
とりあえず、引き続き経過観察だなと、森へと足を向けようとした、その時だった。どこからか、様子を見られているような、そんな視線を感じたのだ。
辺りをキョロキョロと見渡し、その正体を探ろうとした所、森の手前から、こちらをじっと眺めている生物がいることに気がついた。
「にゃー」
「猫だ……」
少し距離があるので具体的な大きさはわからないが、どうやら成猫のようだ。三毛猫模様で、毛並みも美しい。
「三毛猫かあ。可愛いなあ。一緒に暮らしたいなあ……」
何を隠そう、猫は大好きなのだ。元いた世界ではペット不可の物件だったので、残念ながら飼うことは叶わなかったけど。こちらの世界ではそれも関係ない話だ。
それに、やはり一人きりというのは寂しい。昔見た、無人島に漂着した男を描いた映画の中では、孤独感から、流れ着いたボールを人に見立てて、男の話し相手にしていたぐらいだしな。
猫がいるなら、孤独感も薄れるだろうし、なにより生活に張りがでると思うのだ。
猫と一緒の暮らしを妄想している間、いつの間にか三毛猫は姿を消してしまっていた。……ま、そりゃそうだよなあ。野良猫がすぐに懐くとも思えないからな。
とはいえ、可愛らしい猫が近くに住んでいるというのは、少しテンションが上がるものだ。ここで暮らしていれば、またどこかで出会えるかもしれないし。
近いうちの再会を願いながら、作業へ取りかかろう。
***
伐採は水場への道を切り開くように行った。
昼間とはいえ森の中は薄暗く、水場まででも松明が必要なんじゃないかと思うほどで、水を汲みにいくのも一苦労なのだ。あと、正直少し怖い。
木を切り倒していくことで、水場までの道程に日の光が差し込んでいくのがわかる。さらに、少しでも歩きやすいよう、舗装まではいかないまでも道を整え、水汲みの効率を上げていく。
伐採しては木材を確保し、岩石があればそれを破壊。拓いた場所を整える……そんなことを繰り返しているうち、草原には結構な量の資材が集まったのだった。
「このぐらいあれば、風呂もトイレも作れるかな」
まずはトイレ作りに着手した。とはいえ、家の中だとニオイが気になるし、遠すぎても行きにくい。
とりあえず、家の入り口左斜め前方、十五メートルほど離れた所へトイレを作ることにする。最初は穴掘りからだ。
木材で作ったはしごを横に置き、シャベルを地面へ突き刺すと、サクッという音と共に、土が掘り上がった。それも、五十センチ四方のサイコロ状に形を変えて、だ。
「なるほど、ゲーム中に土を掘り起こした時と、まったく同じ変化をするんだな」
サイコロ状の土自体、さほど強度はないようで、そのままの形で持ち運びはできるものの、少し力を込めるとバラバラになってしまう。
なかなか面白いなと思いながら、そのまま穴を掘り進め、ある程度の深さになったら、はしごを掛けてさらに掘り進める。
あまり深く掘ると酸素不足やガスが不安なので、少しでも息苦しくなったら引き上げようと思っていたものの、何の問題も無く五メートル程度を掘ることができた。
穴の上に、木材を構築して作った洋式トイレを置く。その周囲を、ガスや空気がこもらないよう、上部に穴を開けた壁で囲み、ドアを取り付けたら完成だ。
次に風呂場を作る。
風呂場はトイレと逆方向、家の入り口右斜め前方を場所として定めた。火を扱うし、建物との間は少し離した方がいいだろうと思ったのだ。
「給湯器があれば便利なんだけどなあ」
異世界でのサバイバル生活にもちろんそんなものはない。今回作るのは昔ながらの五右衛門風呂だ。
とはいえ、そのままでは味気ないし、少しアレンジを加えることにする。書籍などで見た五右衛門風呂は円形状で、膝を曲げて入るものだが、せっかくの風呂なのだ、足を伸ばして入りたい。
そんなわけで、オレが作り上げた浴槽は長方形である。浴槽の底は石材、縁は木材を組み合わせて
風呂場の外側から薪を燃やし、底の石材を熱してお湯を沸かす。お湯が沸いたら、ヤケドをしないよう、木材で作った底板を沈めて、風呂に入れるという寸法だ。
計画通りのものができれば、快適な風呂の時間が楽しめるはずっ! 鼻歌交じりで順調に風呂場を作っていったのだが……。
いざ完成した物を前にして、頭を抱えることになるとは、この時のオレは考えてもいなかったのである。
***
「水が全然貯まらねえ……」
……そうなのだ。浴槽を足を伸ばせるぐらいの大きな長方形にした分、水の量が増えることを考えていなかったのである。はっきり言って、バカだった。
「そうだよな……。小さい円形の風呂なら、その分、水を貯める量も少なくて済むもんな……」
とはいえ、作ってしまったからにはもう遅い。ゼエゼエいいながら、水場と風呂場を往復し、浴槽へ少しずつ水を貯めていく。
あまりの重労働で汗だくになり、途中、身につけていたTシャツと短パンを脱ぎ捨てたほどだ。パンツ一枚、靴だけ履いた、ハダカ同然の姿で水汲みに奔走するのは、変態以外の何物でも無い。
「他に人がいなくて良かった……。いい大人として完全にアウトだもんな、この格好……」
残り湯で洗濯する予定だったが、何かもう、途中でどうでも良くなってしまい。パンツ一枚の姿で洗濯を済ませ、水汲みを続行することに。風呂上がりにはTシャツも短パンも乾いているだろう。
それと、水汲みの途中なのだが、早々と風呂場のかまどに火をつける。水が貯まってから火を起こすと、湯が沸くまでさらに時間が掛かると考えたのだ。こうなった以上、一刻も早く風呂に入りたい!
というか、むしろ、この方が温度調節しやすいかもしれないな。水を浴槽へ入れる時に確認すればいいだけだし。うん、ケガの功名と、少しでも前向きに考えよう。そうしないと心が折れてしまいそうだ。
そんなこんなで、水場と風呂場を往復すること百数十回。浴槽へちょうどいいお湯が貯まる頃には、すっかりと夕暮れを迎えてしまい。
オレはオレで、ぱっと見、シャワーを浴びたあとなんじゃないかと思えるぐらい、全身汗でびしょ濡れの状態になってしまっていたのだった……。
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