第20話 橋上の攻防

 大型トラック三台分はあろうかという巨大な蜘蛛。

 その体は漆黒の液体で構成されていて、表面は細かく波立っていた。しそして赤く光る血管のような管が全身を巡っていた。


 その蜘蛛の頭部には隼人の顔。

 青白い肌に血走った目が、まるで魔界の住人であるかのごとき不気味な様相を醸し出していた。


「あれ、もう人間じゃないね」

「すごくキモイ」


 ブランシュとグレイスが揃ってヴァイスの方を向く。


「ねえヴァイス姉さま」

「空を飛んで逃げませんか?」


 ヴァイスは腕組みをしながらため息をつく。


「そうね。こんな化け物、防衛軍ガーディアンフォースのハルカさんにお任せするべきかもしれないわ。でもね。私たちは大事なものを運んでいるの。アリ・ハリラーのスープラはどうでもいいんだけど、黒剣部長のハイラックスとその積み荷は置いてく訳にはいかないわね」

「始末書なら何枚でも書きます」


 狐耳と尻尾を震わせながらグレイスが訴える。そして、目に涙を貯めながらブランシュも訴えた。


「どうかここは撤退命令を」


 しかしヴァイスは首を横に振る。


「始末書だけでは済まないわ。あの化け物はここで止めます。そうでないと、一般の人たちに被害が出る可能性があるからです」

「人の命を吸う魔石……」

「それを幾つも持っている男……」


 三人は見つめ合い、そして頷いた。

 そして武器を構える三人。


 ヴァイスは細身の刀身を持つ氷の剣。ブランシュは風の渦の鞭。そして、グレイスは炎の穂先を持つ槍。それぞれの武器が眩く光り輝く。


 三人は一斉に各々の武器を振った。

 青、赤、緑。

 光の三原色が混じり合い、眩い白色光となって巨大な黒い蜘蛛の頭へと突き刺さる。それは隼人の顔、生身の顔の部分だった。


「ゲビハァ!」


 黒いタールのような蜘蛛の皮膚が魔力を吸収することはわかっていた。ならば、その黒い皮膚に覆われていない場所を攻撃すれば良い。そう考えたヴァイス達魔女っ娘の攻撃が見事にヒットしたのだ。


「うぐぐぐ、目が見えない。うごおおおう」


 大蜘蛛の口から白い粘液が噴き出す。しかし、何も見えていないのかそれは明後日の方向へと飛ばされた。


「成功ね」

「ではもう一回」

「行きましょう」


 ヴァイス、ブランシュ、グレイスがそれぞれの武器を構えるのだが、妖精のシュシュがコンビニ袋に入った荷物を持ってフラフラと隼人に向かって飛んでいた。


「ちょっと待って」

「シュシュちゃん?」

「何してるの?」


 シュシュは大蜘蛛の頭、隼人の顔の上側に陣取って袋の中から小さな瓶を取り出した。そしてニヤリと笑う。


「やっと視力が回復した。あのアバズレ巨乳女め。絶対に許さん!」

「あら隼人さん。そんなに怒ってはダメです。男は優しくなくてはモテませんわ」

「誰だお前は。姿を見せろ!」


 シュシュが陣取ったのは大蜘蛛の死角部分であり、隼人はその姿を見ることができない。


「だから、女の子には優しくしなさいな。言う事を聞かないイケズな男子にはお仕置きしちゃいますわよ」

「うるさい。姿を見せろ」


 大蜘蛛は頭をブルブルと振る。振り落とされないように飛び上がったシュシュだったが、そのせいで隼人の視界に入ってしまった。


「妖精の小娘か。食われたくなければとっとと失せろ」

「嫌よ。あなた、全然優しくないからお仕置きして差し上げますわ」


 そう言って小瓶を振るシュシュだった。その小瓶からは赤い粒子が舞い散り、隼人の顔面に降りかかる。

 小瓶には「七味唐辛子」と書かれているラベルが貼ってあった。


「うぎゃあ! 何だこれは。目が、目が焼ける。うわあああああ!」


 大口を開けて涙を流しながら叫ぶ隼人。シュシュはその口の中に、七味唐辛子の中身を全て放り込んだ。


「あががががが! 口が焼けるううう。水。水をおおおおお!」


 むき出しの顔は人間そのままだったのか、唐辛子の刺激には酷く脆かった。隼人の瞼は真っ赤に腫れあがり、唇もまた赤く肥大していた。


「はい、お水あげますね」


 大口を開けて荒い呼吸を繰り返している隼人の口に、シュシュは十数個の錠剤を放り込んだ。そして水の入ったペットボトルの飲み口を隼人の口につけてやる。隼人はごくごくとその水を飲みほした。


「はあはあ……。水だ……水をもっとくれ」


 シュシュはコンビニ袋からもう一本のペットボトルを取り出し、よいしょとそのキャップを外した。そして隼人の両目にその水をかけてやる。半分ほどかけたところで今度は隼人の口にその飲み口をあてた。隼人はまたその水を飲みほした。


「水をありがとう……?? お前が唐辛子を使った張本人じゃないか。今のありがとうは取り消すぞ。それに、さっき変な錠剤を飲ませたな?? あれは何だ!」


 シュシュの振舞った水のおかげで一息ついたのか、隼人は勢いづいてまくしたてる。


「何を飲ませた。まさか毒ではあるまいな!」

「それはこれですわ」


 シュシュがコンビニ袋から取り出したのは何かの錠剤が入っていた紙のパッケージだった。そこには有名製薬会社の社名と便秘薬の商品名が書かれていた。


「これはですね。恥ずかしいのですが、わたくし、今朝のお通じがありませんでしたの。それで、ヴァイス姉さまがお持ちのお薬をお借りして、それでお通じを解消しようと思ったのですが、これ、使用期限が一年前のものだったのです。ほらここに」


 隼人の目の前でそのパッケージを見せるシュシュ。刻印されている日付を指さしているのだが、自隼人の目は開かずそれを見ることができない。


「使用期限切れ? そんなものを飲ませたのか?」

「そう、そんなものですわ。あなたにお似合いではないかしら1シート30錠の半分、15錠ほど差し上げましたので、えーっと説明書によれば成人は一日一回、二錠を服用とありますから概ね一週間の分量ですわね」

「下剤を一週間分だと?」

「ついでに申し上げますと、この唐辛子も冷蔵庫の下で見つけたもので賞味期限が2年前に切れておりました。これもあなたにお似合いではないかしら」

「何がお似合いだ。そんな刺激物を人の目や口に振りかけるな。馬鹿者!」

「馬鹿者って言われちゃいました。失礼ですわね。ところであなた、お腹の具合はいかが?」


 シュシュの一言に青ざめる隼人。とは言うものの、瞼と唇は赤く腫れあがっているのだが。


「あ……あ……あ……これは不味い。不味いぞ。ト……トイレは何処だ」

「海ほたるパーキングエリアはあちら方向よ」


 シュシュが遠く川崎市側に見えるパーキングエリアを指さした。大蜘蛛はジャンプしてハイラックスとスープラを飛び越えた。そして横転しているトレーラーに上り乗り越えようとした瞬間だった。


 バン!


 大蜘蛛は砲撃を受けた。


 徹甲弾で腹部を撃ち抜かれたのか、黒い体液をまき散らしながらこちら側へと吹き飛ばされた。そして、キャラキャラと無限軌道キャタピラーの音を響かせながら一両の戦車が接近してきた。横倒しになったトレーラーを無理やり押しのけて姿を現したそれは、日本の74式中戦車だった。

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