第19話 再戦の隼人

 相変わらず仕立ての良いスーツ姿の隼人だが、顔や両手には包帯がグルグルと巻かれていた。当然ながら、昨夜の戦いでの傷が癒えていないようだ。その隼人の傍には二名の女性らしき人影があった。両名ともアサルトライフルを抱えている。


 二人とも赤い水着姿。一人はワンピース、もう一人はビキニだった。そのシルエットはアリ・ハリラー好みのグラマスなボディだったが肌の色とその質感が異様だった。


 真っ黒で、まるで液体のように表面が細かく波立っていた。それは、人間ではない何かであることは間違いがなかった。


「ヴァイス姉さま。アレは?」

「正体はわからないわ。気を付けて!」


 シュシュの問いにヴァイスが答える。その人間ではない何かはアサルトライフルを乱射した。


 ヴァイスは氷の盾、ブランシュは風の盾、グレイスは炎の盾を用いて銃弾を防ぐ。シュシュはヴァイスの肩から首の後ろに回ってちょこんと顔を出している。


 人間ではない何かは弾丸を打ち尽くしたアサルトライフルを放り投げた。


「普通の弾丸では効き目はないか」


 ぼそりと呟く隼人。

 ヴァイスは鋭い視線を隼人に送り付ける。


「何のつもりかしら。貴方には用がないのだけど」

「こちらには大ありだ。この魔女っ娘め。昨日はよくもやってくれたな!」

「自業自得ですわ。私たちは急いでおりますの。さあ道をお開けなさい」


 隼人の言葉に毅然と言い放つヴァイス。

 しかし、隼人は全く動じていない。


「仲間を二人失った。残り二人は病院送りだ。このままじゃメンツが立たねえ。お前たちにはきっちりお仕置きしてやるぜ」

「できるものなら」

「やってみせなさい」


 隼人の言葉にブランシュとグレイスが返答する。

 隼人はにやりと笑って指を鳴らした。


 二人の液状人間からは無数の細い糸が伸びていき、幾重にも重なった蜘蛛の巣のような巨大な網となった。魔女っ娘三名は咄嗟に後退してその網の外へと退避する。


「あれは、魔法無効化の蜘蛛の糸じゃないわ」

「昨夜のものとは別物ね」


 ブランシュとグレイスは、昨夜、隼人の放った魔法無効化の術式に絡め捕られた経験から、更なる防御力を持つ魔法の盾を展開していたのだが、隼人はその術式を使わなかったのだ。


 空を覆うように幾重にも広がった黒い蜘蛛の巣は、今度は急速に縮まって隼人にまとわりついていく。


「私たちも変身よ」


 ヴァイスの合図にブランシュとグレイスが頷く。

 三人はスーツの胸元からと万年筆を取り出した。その万年筆は見る見るうちに魔法のステッキへと変化していく。

 ヴァイスの持つステッキは大きな青い宝石、ブランシュの持つステッキは大きな緑色の宝石、グレイスの持つステッキは大きな赤い宝石がその先端に輝いていた。そして三人は魔法のステッキを空高く掲げる。


「変身! アルヴァーレ!!」


 三人のユニゾンが周囲に響いた。

 そして三人の体は眩しい光に包まれていく。


 紺色のスーツは眩い光にかき消され、下着も消え去っていく。

 三人の魔女っ娘は何も身にまとっていない全裸となったのだが、その体から放たれる膨大な光のために大まかなシルエットしか認識できない。


 スマートなボディと豊満な胸元のヴァイス。

 全体的にヴァイスより豊満なブランシュとグレイス。胸元はヴァイスより二回りほど大きい。そしてグレイスの頭の狐耳とお尻の尻尾も、もふもふ感のある輝きにあふれていた。


 そしてその眩い光芒は消え去った後には、三人の魔女っ娘がその専用の魔女っ娘衣装をまとっていた。


 半袖のブラウスとベスト。極めて短いミニスカートにロングブーツ。そして、魔法のステッキを握る手は肘まである白い手袋をつけている。


 ヴァイスは青と白、ブランシュは緑と白、グレイスは赤と白の組合せの色使いだった。


「先制攻撃します」


 ブランシュが狐耳を震わせながら魔法のステッキを振る。ステッキの先端、赤い大きな宝石からオレンジ色の火球が放たれ隼人を包む黒い蜘蛛の巣に向かう。命中したその火球は、十数メートルの巨大な炎となって燃え上がった。


 その業火は隼人を幾重にも包んでいる黒い蜘蛛の巣を押し包む。そのまま焼き尽くすかのように燃え上がっているが、しかし、蜘蛛の巣は真っ赤な炎を吸い上げ、淡く光りながら肥大した。それはブランシュの魔力をすべて吸い尽くしていた。


「これは熱いぞ。なかなかの威力だ。もっと攻撃してみろ!」


 赤黒く光る蜘蛛の巣の塊の中から隼人が叫んでいる。


「ブランシュ。行くわよ」

「はい、ヴァイス姉さま」


 今度はヴァイスとブランシュが魔法のステッキを振った。

 ヴァイスが放出したのは膨大な量の氷の結晶。細かい結晶は粉雪のごとく隼人の周囲を囲んでいく。

 ブランシュは風を放った。その風はヴァイスが放出した氷の結晶を取り込んで渦を巻く。その渦は徐々に小さく細長くなって行き、一振りの巨大な、刃渡りが2m以上ある大剣へと姿を変えた。それはちょうど隼人の頭上数メートルの位置に浮かび、その切っ先を真下の方向、すなわち隼人へと向けていた。


「刺突氷剣!」


 ヴァイスが叫ぶと同時に、その氷の剣は猛烈な速度で隼人を包む蜘蛛の糸の塊へと突き刺さった。


 しかし、突き刺さったのは剣の切っ先の部分だけだった。

 赤黒く変色した蜘蛛の糸は不意に広がり、その氷の剣を包んでいく。


「あの攻撃を受け止めるなんて」

「まさか、これも吸収するの?」


 ブランシュとヴァイスが声を上げる。

 赤黒く淡い光を放つ蜘蛛の巣は青黒く変色していった。そして氷の剣はその形状を維持できなくなり、細かい結晶へと変化した。その結晶が蜘蛛の糸へと吸収されていく。


「魔力を吸収されないように、物理的な攻撃をしたんだけれど」

「それも見事に阻止されましたね。どうしますか? ヴァイス姉さま」

「戦うわ」


 ヴァイスの言葉に頷くブランシュとグレイス。


「行くわよ」

「はい。姉さま」


 ヴァイスの掛け声にブランシュとグレイスが応える。

 ヴァイス持つ魔法のステッキが青白い細身の刀身を持つ氷の剣へと変化した。ブランシュの持つ魔法のステッキは風の渦の鞭へと変化し、グレイスの持つステッキは炎の穂先を持つ槍へと変化した。


 各々武器を構えた魔女っ娘三人と隼人が対峙している。

 

「フハハハハ。君たちの戦力では私には敵わない。早めに降参した方が身のためかな。しかし、それは認めん。お前たちは徹底的に痛めつけてやる。ハハハハハ」


 高らかに笑う隼人。

 その隼人を包んでいる蜘蛛の巣の塊が不意に弾けて大きな球状へと広がる。細い糸は空中で絡みながらいくつもの塊を作り、それは三つの球体と八本の棒状の物体へと変化した。それらのパーツが組み合わさって巨大な蜘蛛の姿へと変形した。


 それは大型トラックを三台並べたかのような大きさだった。その蜘蛛の頭部、額の部分に隼人の顔が覗いていた。

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