第21話 防衛軍のハルカさん

 74ななよん式戦車……陸上自衛隊の正式装備である。現在の主力は10ひとまる式、およびその前型の90きゅうまる式であるが、この世界アドリアーナで自衛隊に相当する組織、防衛軍ガーディアンフォースにおいても採用されている。


 避弾経始ひだんけいしを重視した曲線基調のフォルムが特徴的な鋳造砲塔を持つ。その砲塔に搭載されているのは105mmライフル砲である。これはいわゆる第二世代の戦車に搭載されている主力兵装となる。


 ちなみに、現在戦車における世代について言及するなら、第一世代は大戦後に主力となった90㎜ライフル砲、および類似の戦車砲を搭載しているモデル。丸っこい、球形に近い形状の鋳造砲塔を採用している戦車が多い。米国のM46~M48戦車などのパットンシリーズ。日本の61式戦車。ソ連のT54やT55など。次の第二世代は105㎜ライフル砲を搭載しているモデル。曲面形状の鋳造砲塔は健在だが、より避弾経始ひだんけいしを重視した角度の付いた全高の低い砲塔を採用しているモデルが多い。第三世代とは装甲に防御力の高い複合装甲を採用し、120㎜滑腔砲とパッシブ型の暗視装置を持つ。砲塔は平坦な複合装甲を溶接で組み合わせたデザインとなり、直線基調で避弾経始ひだんけいしは重視されていないものが多くなっている。120㎜滑腔砲かっこうほうは砲身内にライフリングがなく、高い初速の砲弾を発射する戦車砲である。この世代に属する戦車は米国のM1エイブラムス、ソ連のT-80、日本の90式戦車などである。


 さて、もはや現代では旧式となった74式戦車であるが、ここアドリアーナ防衛軍ではバリバリの現役として活躍している。というのも、この世界では国家間の戦争行為は発生しない。その代わり、得体のしれない武装組織がいくつも暗躍しているし、時には体長が数十メートルの巨大怪獣が出現したりする。この74式戦車も、この世界では十分に実力を発揮できるのだ。


 74式の砲塔ハッチが開き、中から赤毛の女性が顔を出した。

 ヘルメットは被っておらず、大きめのゴーグルとヘッドセットを装着していた。


 赤毛の女性は砲塔上部の12.7㎜重機関銃を掴むと迷わず黒い大蜘蛛へと向けて発砲した。


 パパパン! パパパン!


 タールのような大蜘蛛の皮膚から黒い液体がはじけ飛ぶ。

 魔法に対する防御力は滅法強いその体は、実弾兵器の前には脆弱なようだ。俯角を取った105㎜砲が再び火を噴いた。


 バン!


 今度は榴弾りゅうだんでの射撃だった。

 砲弾内の炸薬が爆発し、破片と黒い大蜘蛛の体液がまき散らされた。そして大蜘蛛はその体を維持できなくなったのか、ぐずぐずとその形状を崩していく。黒いタールのような体液は再び二人の女性の姿を成し、それは隼人を両脇から支えていた。隼人は瞼と唇を赤く腫らし、両手で腹を抱えて唸っていた。


「うぐぐぐぐ……」


 隼人は何かと必死に戦っているようだ。

 もう一刻の猶予もない。そんな様子がうかがえる切迫した表情をしていた。


 女性の形をした黒いタールでできている人形はお互いが見つめ合い、そして頷いた。二人の体は再び不定形な黒い塊となり一つになる。そして黒い大鷲の姿となってその翼をはばたかせた。


 それは黒い羽毛をまき散らしながら東京湾の上空へと飛び上がった。そして猛烈な速度で千葉方面へと消えた。


「逃げたか」


 ゴーグルを外しながら赤髪の女性がつぶやく。


「そのようですわね」


 ヴァイスがため息をつきながら首を振った。

 

「ところでハルカさん。助太刀いただきありがとうございます」


 深く頭を下げるヴァイス。ハルカと呼ばれた赤毛の女性は手を振りながら笑っていた。


「いや、礼には及ばん。私もあの化け物を追っていたのだから。今夜も匿名の情報があって半信半疑で駆け付けたのだ。こんな場所で戦闘してしまうとは残念だよ。私としては無駄足であって欲しかったのだがな」


 ミスミス総統が匿名情報を使って防衛軍のハルカを動かしたのだと、ヴァイスは認識した。


 そこへ、けたたましいサイレンの音を響かせながら、数台のパトカーが駆けつけてきた。その中の一台から下りてきたのはシュラン警部とシャイン・ハイル巡査長だった。


 シュラン警部は、横倒しになったトラックやトレーラーをしかめっ面で睨みながらヴァイスに質問する。


「何があった。防衛軍まで引っ張り出して何をしている」

「おや? シュラン警部の元には匿名の情報は届いていませんの?」

「匿名の情報? 何の事だそれは!」


 語気を強めてヴァイスに問い詰めるシュラン警部であったが、ヴァイスニコニコと微笑みながら首を振る。


「さあ?」

「はあ? はっきりと答えろ、ヴァイス」

「私からはお答えできません。うふふ」


 ヴァイスに掴みかかろうという勢いでヴァイスに近寄るシュラン警部だったのだが、74式から下りてきたハルカが彼を制した。


「そういきり立つな。短気は馬鹿にされるぞ」


 今度はハルカを睨むシュラン警部だった。


「貴官が何か知っているのか? ハルカ・アナトリア大尉」

「匿名のメールだよ。この場所と時間が記載されていた。そして、重武装で駆け付けろと」

「何? それを見せろ」

「嫌だね。情報が欲しいなら防衛軍宛てに開示請求をしろ。隠すことじゃないが、簡単に喋るわけないだろ」

「ぐぐぐ」


 魔法調査室と防衛軍が結託している。そして警察は疎外されている。シュラン・メルトはその事に苛立っていた。


「まあれだ。この場所に15m級の怪物が現れた。この事を予見した誰かが防衛軍宛てに情報を漏らした。それで私がここに来たんだ。お前ら警察じゃ手におえん相手だからな」

「15m級だと。それならば防衛軍の出番だが……それが何故そこの魔女っ娘と関係があるのだ」

「多分、例の魔石絡みよ」


 ヴァイス一言に再び顔をしかめるシュラン・メルト警部。


「そういう事なの。私たちは急ぐから、この場はお願いね。事情は妖精のシュシュが詳しくお話しますわ」

「え? ヴァイス姉さま。わたくしを置いて行かれますの?」

「ごめんなさいね。シュシュ。ここは貴女にお任せするわ」


 ヴァイスの言葉を受けて俯くシュシュ。しかし、意を決したように顔を上げて微笑んだ。


「わかりましたわ。ヴァイス姉さま。ここはこのシュシュにお任せくださいませ」

「お願いね」


 シュシュの額にヴァイスが口づけする。シュシュは頬を赤らめてその身を震わせた。


「仕方がないな。お前たちは行け……と、あの青い車が邪魔してるな。あいつをどけろ」

「任せな」


 シュラン警部が青いスカイラインを指さすとハルカが頷いた。ハルカが手で合図を出すと、74式が前進し始めた。スカイラインを戦車で押し出して道を開けようというのだろう。


 その動きを見ていたシャイン・ハイル巡査長が大声をあげて戦車の前に出てスカイラインを庇った。


「この娘に戦車をぶつけるなんてひどい事をしないで。キーが付いていれば私が移動させますし、ついてなくても直結でどうにかしますから」

「キーがなくてはどうにもならんだろう。今時の車は……」


 訝し気に眉をひそめるシュラン警部であったが、それを無視したシャイン・ハイル巡査長は青いスカイラインに駆け寄ってドアを開けた。


「キャー! アッハァ~ン! シ・ビ・レ・ル! V37型の400Rだわ。そしてインテリジェントキーがあああああ。シートの上にありました!!」


 狂喜のあまり小躍りしているシャイン・ハイル巡査長はそのまま運転席に乗り込んでエンジンを始動した。

 消音機の付いていない排気管から黒煙と炎が吹き上がり、そして落雷のような爆音が響く。


「ウッキャー!」


 奇声を上げてスカイラインを発車させたシャイン・ハイル巡査長はそのまま千葉方面へと全開加速して行き、消えた……。


「しょうがない奴……ちゃんと戻って来いよ」


 諦め気味にぼやくシュラン・メルト警部だった。

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